第29話 オーク戦士団長ギース
どれほどの時間が流れ、どれほどのさ迷い歩いたのか、ギース率いる戦士団は満身創痍で洞窟に潜んでいた。
みな息を潜め辺りに神経を尖らせている。
雨が岩肌を打つ音が反響している。その雨音の中にいまだ混乱が治まる気配は見せてはいない魔物の雄叫びが混ざっている。
「しばらくこの洞窟で体を休めるんだ」
ギースの言葉にみなは無言で頷き、岩場に腰を下ろした。ある者は目を閉じ、ある者は空腹を満たすために木の実を食う。
各々が休息のために必要なことをした。
アデルもそれに倣い体を休めた。
一息つくとアデルには鮮烈な記憶が甦ってきた。殺されていく仲間が助けを求めている。数時間前まではくだらないやりとりをして笑っていたのだ。
それが一瞬にして……。
どこからか震えが這い上がってきた。恐怖や怒り悲しみが入り交じったその感情を必死に抑えるように震える肩を両手で掴んだ。
ギースに問いかけた。
「兄者……何が起こってるんだ? なんで急にリザードマンが?」
その妹の問いかけにギースは返事をしてはこなかった。ただ沈黙が洞窟内を支配する。
「あいつら……村のみんなを、村のみんなを……早く、早く村に帰らないと、みんなが」
うわ言のような声だけが洞窟内に流れる。
「……今は、無理だ」
ギースからやっとその言葉だけが返ってきた。
はっと兄をは振り替えると戦士の頭は無言で首を降るだけだった。
「ダメだよ。……兄者今すぐじゃないとダメなんだ。おばちゃんが死んじゃう……んだよ」
アデルは立ち上がり洞窟の外へと歩いていく。
「アデル……?」
うわ言のように繰り返される言葉。
ふらふらと歩いていくアデルを他のオーク達はレイスでも見ているような視線で追いかけていた。
「どこへいく」
ギースの言葉がアデルの背中に投げかけられる。
「どこへ? どこへって決まってる、おばちゃん達を助けにいくんだよ、じゃないと、みんな、みんな、死んじゃう」
アデルが洞窟の外へと足を一歩ずつ進めていくと肩を捕まれた。がしりとした武骨なごつごつとした手。
それは頼もしい兄の手だ。
「今は、……無理だ」
兄はいつだって苦難を乗り越えてきた。
みなが不可能だと言うことを可能にしてきた。私たち森のオーク族歴代一の戦士だとみなが認めている偉大な兄だ。
肩から伝わる、その兄の手は震えていた。
悔しさが、苦しさが込み上げてきた。
「兄者!! 我らが森のオーク族が誇りが! リザードマンに踏みにじられてるんだ!! 私は! 必ず助けを呼んでくると言った!……」
「力無き兄を許せ。今の我らでは奴らに一矢報いることさえ、……できぬ。今は堪えてくれ」
アデルは見た。洞窟に倒れこむように蹲る戦士団を。すべてのオーク達がアデルの視線から逃げるかのように下を向いていた。
「……ごめん、みんな」
アデルは悔し涙を流し続けた。
ドンッと震動が波打った。
「ーーっなんだ?」
ギースが背後を振り返った。
洞窟の奥の闇が蠢めき何かがこちらに押し迫ってくる。
眼が紅く染まり怒りに己を忘れていることが分かる。洞窟を塞ぐように立ちふさがったそれは岩肌を蹂躙しながら現れた。
その大木のような脚が地面にめり込み、怒りに狂った眼がこちらを威嚇している。
その背には亀の甲羅のようなものによって体全体が覆われていた。
「あ、アダマントン……だと」
「よりにもよってアダマントンの巣かよここは……」
誰かが絶望の声をあげた。
アダマントン。アデルの記憶では稀少な魔物の1匹だと認識していた。
その甲羅ドラゴンの炎さえ弾くと。
その甲羅には生半可な攻撃ではかすり傷一つつけることさえできないと。
赤に染まる眼が己が棲みかに不法に侵入した者達を捉え、その巨体をいきり立たせ突進してきた。
「貴様ら! 立てぇぇぇ!」
アデルの視界には突進してきた巨大亀に向かっていく兄の後ろ姿が映っていた。
アダマントンとギースの中心から魔素が爆発したように空気の放流が発生する。
「……」
アデルの目にはアダマントンの突進ををたった1人で抑え込むギースの姿が映っていた。
「兄者!!」
アダマントンを抑え込むギースの姿に奮い立ち、オーク達が次々に手に武器を取り立ち上がる。
「頭! 今いきます! おいオメーら! 頭に後れをとるな!」
「「おおおおお!」」
「やめろぉぉぉぉ!!」
ギースの声に死地へと向かおうとした戦士達が止まる。
「お前達も分かってるはずだ。こいつには生半可な攻撃は通用しねー。俺が抑えてる間お前らは逃げろ!」
「か、頭?……」
戦士団にどよめきが起こる。
「妹を頼んだぞ。はやく行けぇぇぇぇ!」
「兄者? 兄者!」
「アデル! ここは頭に任せて逃げるんだ! 」
「嫌だ! もう嫌だ!」
○○○
兄を残してアデル達は洞窟を後にした。
外にでればまだ興奮覚めぬ魔物が襲いかかってきた。それでも戦士団は残る力を振り絞りなんとか切り抜けていった。
「ここを抜ければ中層だ!」
希望の声に歓声をオーク達が上げようとしたとき、それを押し潰すように甲高い鳴き声が上がった。
耳障りな羽音が空から降りてくる。いくつもの羽ばたきが地上に舞い降りた。
アデルは立ち竦んだ。
「ギリフォン……の群?」
それはアデルにとって圧倒的な恐怖だった。オークの戦士はこのギリフォンを1人で倒しその顎を我が武器として手にすることで戦士として認められた。
だが、この数は……。
「なんだこのギリフォンの大群は……、こんなのどうやって」
絶望的であった。いくらギリフォンを倒してきた戦士団とはいえこの群を今の疲労困憊の状態で相手にすることは自殺行為に等しかった。
「……ここ、までか」
戦士団の手から武器が離れていく。
1匹のギリフォンが羽を一度羽ばたかせ、音もなくアデルの目の前に着地した。それは一瞬の出来事だった。
誰もが動けぬ中、顎がアデルを両断しようと迫り閉じられる。
アデルの脳内に死が浮かんだ。それは村を襲われたときの仲間の姿だった。
「ーーごめん。みんな。助けに行けなかった」
目を開くと、鋭い顎はアデルの体を挟みきらぬまま止まっていた。
目前には、見知った背中があった。それは血だらけでボロボロの姿だったけど頼もしい我が兄の背中だった。
「我は森のオーク戦士団長ギース!! 森のオークは決して敵に背を向けぬ! 背中の傷は戦士の恥! 貴様らぁぁぁ! 武器を手放すなぁ! 戦士よ! 力を奮い起こせぇぇぇ! 魂を震わせろぉぉぉ! 我らここをまかり通らせてもらう!! 行くぞぉぉぉカァァァァァっ!」
バチン!!っと両者の間から火花が飛び散った。
ギリフォンの巨体が退き、ギリフォンの群が地鳴りのような雄叫びをあげた。
武器を手放していた戦士団が奮い起こすように再び手に取り、空気を切り裂くような雄叫びをあげギリフォンの群に突進していく。
先ほどまでの絶望的状況など吹き飛ばし窮地を蹴散らせていく。
これが森随一の槍の使い手オーク戦士団長、我が兄であるギースの本当の力。圧倒的な統率力だ。
戦士団は魔人のごとき力を見せギリフォンを圧倒していった。
その後、オーク戦士団は無事に中層へと生きながらえ3年に渡り逃げ延びた仲間を集め拠点を築いた。
異世界DIY生活 九重 まぶた @18-18
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