第28話 何でもない日々は今思えば幸せだったんだ
「みなよく集まってくれた。今日はこの集落にとって大切な話がある」
壇上に上ったギースが神妙な顔で集まったオーク達に告げる。
これから何が語られるのだとオーク達には困惑している者、何故か表情を輝かせている者、様々な表情でギースの言葉を待っていた。
ダイクもまたこれから何が始まるのだと当惑していた。
「いったい何が始まるんだ?」
「ついに取り返す時が来たんだよ!」
「取り返す?」
アデルは興奮してるのか目を爛々と輝かせ壇上のギースの次の言葉をいまかいまかと待っている。
「我ら森のオーク族はこの地を永住の地へとする!」
そう、オークの長は宣言した。
その宣言に集まったオーク達はざわめく。
「お、お頭……? ちょっと待ってくれ、じゃあ先祖代々の土地を奴らにやるってのかよ? おれの耳はおかしくなったのか?」
「いや、オレも確かにお頭がそう言ったように聞こえたぞ?」
「どういうことだよ? これはこの集会は、俺達の先祖代々の土地を取り戻すっていう決起集会じゃないのかよ。これじゃあ、奴らに敗けを認めておとなしく惨めにここで暮らそうってことじゃねーか!」
ギースの宣言に対するオーク達の反応は困惑だった。
先ほどまで穏やかだったオーク達の様子が殺気だっていくのがわかる。
状況の整理が追いつかずアデルに助け舟を求めようと視線を送るが彼女もまた顔を唖然とさせ事態の把握ができないといった表情であった。
「……アデル?」
「何かの間違いだ……。兄者があんなこと言うはずない」
その顔はあそこに立っているオークは本当に我が兄か? といった疑心の顔であった。
その異様な様子にギースの言葉がオーク達に望ましくないものであったことは理解できた。
荒々しいオーク達の集団であるこのままではいくらその長であるギースの言葉だとしても許せるものではないと暴動が起きるのではないかと爆発寸前の火山のような緊張感が張りつめていく。
「文句があれば前へ出ろ! このギースが正面からお前たちの怒りを受け止める!」
ギースの雄叫びともとれる怒声が群れに伝播する。
言葉とともに周囲は波を打つように静まり返った。
どうやろ暴動の心配は消えたようだった。
「あ、あれは……、あれは兄者ではない!」
アデルは失望とともに吐き捨てると人混みをかき分けこの場から走り去った。
「アデル!? ちょっと待ってよ」
ぼくはそんなアデルの背中を慌てて追いかけた。
○○○
集落から少し離れた、以前ギリフォンを仕留めた近くにアデルはいた。
「どうしたんだよ突然」
「あれは兄者じゃない! 兄者があんなことを、言うはず……ない」
ぼくはアデルの側に腰を下ろす。
「事情を教えてもらってもいいかな?」
アデルはぼくの目をじっと見つめていたが、やがて腹の底に溜まっていた怒りを吐き出すように口を開いた。
「奴らの、奴らがやったことは許されることではない! 必ず復讐してやらなければ死んでいったモノ達は浮かばれない!」
物騒な言葉を吐き出すと、それから怒りに震えながら語りだした。
○○○
「兄者……」
「心配するなアデル、すぐに片付けて帰ってくる」
ギースの手がアデルの頭をぐしゃぐしゃと力任せに撫で、ぶっきらぼうな笑みをつくる。
「なっ! あ、兄者やめろ! 痛いだろっ」
そのやりとりに戦士団から笑いが漏れる。
この日はいつもと様子は違っていた。
集落の入り口には完全武装したオークの戦士団が連なっていた。
普段であればここまでの武装はしないのだが、今回は違った。
詳しくは聞いてはいないが集落の近くに強力な魔物が出現したとのことであった。
ある日森の恵みの採集を行っていたオーク達の元に森で見たことのない魔物に遭遇し、護衛を1人やられたのだ。
護衛はギリフォンを1人で倒すほどの手練であったこともあり集落に緊張が走った。
もしその魔物が集落へと襲来したら、犠牲は図り知れないかもしれない。
そこで、先手をうちギース初め戦士団が完全武装のもとにその魔物の討伐に向かうことになったのだ。
ギースはいつもと変わらぬ態度を装っているがその武装が今回の戦の厳しさを物語っていた。
ただ例え相手がいかに強くとも我が兄が率いる戦士団は森でも最強の1角を担うほどの手練れ達だ。
アデルは心配は無用だと言い聞かせ兄達を見送った。
「さあ! あたい達は疲れて帰ってきたあいつらを迎えるための食事の準備をするよ!」
残ったご婦人オーク連中が張り切った声を一斉にあげる。それを皮切りに集落はにぎやかな空気に包まれていく。
ご婦人オーク達のかけ声とともに、見張りに残った男連中が大きな鍋を広場へと運び、年寄り連中が森でとれた果物や魔物の肉を持ち寄ってくる。
その周りを子供のオークたちが駆け回る。
まるでお祭り騒ぎだった。
「ほらアデル! あんたもこっちきて手伝いな! 族長の妹だからって甘えてちゃダメだよ! 族長の妹だからこそこんな時は残った集落の連中の陣頭指揮をしなくちゃいけないよ! 今は亡き先代の妻つまりはあんたの母親なんかはね男衆が留守の間、立派に集落をまとめあげてきたもんさ。そりゃぁ凄かったんだよ。2人とも先の戦で亡くなっちまったけどね……そりゃ凄かったんだ」
口うるさいご婦人オークの1人だ。
何かと余計お世話を焼きたがるので、アデルはこの人が苦手であった。
「その話は何回も聞いたよ。耳にタコができちゃったよ」
「なんだって!」
などと言おうものなら、婦人から拳骨が降ってくるからたまらない。
脳天がかち割れるような衝撃にたまらずうずくまると、周囲からは笑い声が響いてくる。
まったくろくな集落じゃない。
「おばちゃん手加減してよ」
涙ながらに訴える。
アデルは他の女達と討伐から戻ってくる戦士団のためとご婦人オークに迫られ仕方なく食事の用意を手伝うことにした。
集落の手練れは魔物討伐に出払い疲れて帰ってくるのだ。残った非戦闘員と少ない憲兵もそのモノ達の為に惜しみ無く準備を手伝っていた。
「あーあ、あたいも討伐に加わりたかったな。あたいだって毎日訓練してるんだ。今だったら決して足手まといなんかにならないのにさ」
などと包丁をくるくると回しては食材に突き立てる。
「アデル!」
ご婦人オークに二度目の拳骨をくらいふて腐れているとき、
「キャー!」
悲鳴が鳴り響いた。
何事だと駆け出すと、そこには緑の鱗のリザードマン達の軍勢が完全武装のもと集落に押し入って来ていた。
「な、なんでリザードマンが!?」
「手薄になってる今のうちだ!オークどもを蹴散らせぇぇ! 」
リザードマンたちの足元には先ほど悲鳴をあげたであろう集落の者が血を流し倒れている。
無惨に踏み付けられ、集落のオークはまともな抵抗をすることもできずになす統べなく奴らの槍の餌食になっていく。
「アデル! に、逃げるんだよ!」
アデルにいつも拳骨をくれるご婦人オークが背中を押し逃がしてくれた。
「お、おば、ちゃん!」
ご婦人オークはリザードマンの刃のもと血飛沫をあげ糸の切れた人形のように倒れた。
あまりにも呆気ない最後だった。
「おばちゃん?……」
何が起こったのかわからなかった。
わかっていたのは大事な仲間が次々にリザードマンに殺されていることだけだった。
「アデル……、ギースに知らせるんだ…」
ご婦人オークが声を絞り出すように告げてくる。
アデルは恐ろしくなり必死で目の前で起こった現実から逃げるように集落から飛び出した。
自分たち魔物には確かに弱肉強食という不変のルールがある。
ただそれは自分たちには関係のないことだと思っていた。
それほどには森のオークの勢力は不動のものであり、犬猿の仲だとはいえリザードマンにこちらを襲撃するメリットがわからなかった。
ただリザードマンは言っていた。手薄になった集落と。ギース達がいないことを奴らは知っていた。
訳もわからずに住みかを襲撃され必死の体でアデルは逃げた。
逃げた先はギース率いる戦士団の元だ。
おおよその位置は把握していた。このまま走れば戦っている音が聞こえてくるはずだ。
「そっちに行ったぞ!」
「任せろ! でりゃぁぁぁ!」
魔物の悲鳴が轟いた。
森の先に見知った戦士団の姿を見つけアデル泣き出しそうになるのを抑えた。
「兄者!!」
「…アデル?! ……何があった?」
さすがは頭をやっているだけある。ギースはアデルのただならぬ様子にすぐに何かを察しこちらの言葉を待った。
「あ、兄者、いきなりリザードマン達がーー」
アデルが戦士団に事情を説明していると、
たっているのもやっとだというぐらいの震動が森に走った。
「な、なんだ!?」
「も、森が揺れている!!」
まるで森が脈動しているようだった。
一斉に森が騒ぎだし混乱が起こりだす。
「あ、兄者!」
「みな離れるな! 陣形を組め!」
ギースが大声を張り上げる。
オーク達は1ヵ所に塊事のなりゆきを見守った。
突如起こった震動により森がざわめきだし、それは目に見える驚異となってすぐさま戦士団に襲いかかってきた。
森の魔物が混乱し見境なく暴れ始めたのだ。ギースはこれを察知し妹を守る形で陣形を組ませていた。
「お前らー!! 堪えろよ!!」
「おォォォォォォ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます