人類史体系 Episode1 星から来た…
佐藤万象
プロローグ
「ダメだ…。追いつかれる…。ワープに入ろう…」
敵はすぐそこまで迫ってきていた。
果てしなき戦いの果てに、艦隊の提督ダミラスが下した結論は、戦隊の中から若い有能な男女を数名選びだし、小型光速艇に乗せ主船から脱出させて、自分たちの未来を彼らに託くそうとしていた。そして、選出された若者を前にして提督はこう告げたのだ。
「諸君、わが艦隊はほとんど全滅に近いか、大半の艦隊は再起不能に陥っている。この艦も恐らく長くは持ち応えられないだろう…。幸い、この艦には最新鋭の光速宇宙艇が数台無傷のまま残っている。
諸君は、その宇宙艇に乗り込み本艦より脱出して、どこかの他所の星系で、われわれの住めような惑星を探し出して、新しい世界を築いてほしいのだ。もう時間がほとんどない。早く乗り込んでくれたまえ。私の未来は君たちに懸かっているのだ。早く徃きたまえ。諸君の検討を祈る…」
こうして、提督の見守る中。本艦から数基の宇宙艇が飛び立って行った。
しかし、敵の惑星連合もこれを見逃すことはなかった。敵の艦隊からも追撃用の宇宙艇が複数送り出されたのだ。
地球では、まだ人類も存在していなかった、遥かなる昔、宇宙の果てのある星系では、数百年にも及ぶ惑星戦争が繰り広げられていた。
惑星連合は、ただひとつ独立を固持している惑星シーラサスを、是が非でも惑星連合に加盟させようと躍起になっていたが、シーラサス側はそれを頑なに拒んでいた。業を煮やした連合側は如何にしても連合に加盟させようと、あらゆる手段を用いて、シーラサスを傘下に収めようと、数限りない攻撃を仕掛けてきて、ついに数百年の歳月が経っていた。
さらに、この百年間で次第に逼迫してくる情勢を重く見た、惑星シーラサスの統治者たちは残された資源を最大限に費やして、敵である惑星連合に対抗するべく大船団を造営し、惑星連合を迎え撃つべく大宇宙へと繰り出して行った。
だが、惑星連合の大船団はシーラサス側の数より遥かに勝っていて、戦いは延々と続いたがシーラサスの船団は目に見えて敗北の色が濃くなって行った。
統治者たちの下した決断はこうであった。
「このままではわれわれには、もはや勝ち目は残されていない。われわれは敵の勢力を軽んじていたようだ。非常に残念ではあるが、このままでは恐らく全滅してしまうだろう……。その前に各船団の中より、複数名の有望な男女を選び出し船団に搭載されている、小型光速艇にて脱出させよ。
われわれ誇り高きシーラサス人の血を絶やしてはならぬ。生き延びた者は、この宇宙のどこかで新しい惑星を見つけて、シーラサスの歴史を築いてくれるだろう。偉大なるシーラサスは滅びてはならぬのだ。わが偉大なるシーラサスの未来に栄光あれ…」
こうして送り出された数隻の光速艇は、大宇宙の真っただ中に飛び出して行ったが、敵の船団もそれを見逃すはずもなく、やはり光速艇を送り出して追撃してきたのだった。
脱出した光速艇の一機に、ランディーとミライダという、ふたりの若い男女が乗っていた。
このふたりも艦隊の提督により、選び出された精鋭中の精鋭だった。敵の追撃隊は執拗に追いかけてきて、何機かの光速艇は撃破されたのか、すでに通信は途絶えていた。
「ダメだ。こっちも追いつかれてしまう…、もう限界た。ワープに入ろう…」
ランディーがワープの始動装置をオンにした時だった。激しい衝撃がふたりの機をおそったのだ。
「きゃー…」
「うわぁー…」
敵の攻撃がどこかに当たったらしかった。コントロールパネルを見ると、計器類はどれも停止したままだった。艇内は空気漏れを起している様子もなく、物音ひとつ聞こえてこないから、光速艇はうまく亜空間に入ったようだったが、通常の宇宙空間では飛んでいるという感覚はあるが、亜空間の中では前進しているという感覚がまったくない。むしろ、静止しているといった感のほうが強いのだ。
そんな、飛んでいるのか停止しいるのかさえ、判然としない中でかなりの時間が、過ぎ去って行ったような気もした。何故なら亜空間の中では時間という感覚さえも、感じ取ることができないからだ。
通常の光速飛行なら亜空間などは、あっという間に通り過ぎて、目的の地点に到達するのだが、今回は少しばかり事情が違うようだった。
そんな中、ランディーはコントロールパネルの片隅に、緊急時用ボタンがあるのに気がついた。
「あ、こんなところに、こんなものがあるよ。ミライダ…」
「何かしらね。これ…」
彼は急いで、そのボタンを押してみた。
すると、ふたりの目の前に光速艇の設計図と、マニュアルが浮かび上がってきた。しかし、ふたりともそんなものを見せられたところで、何をどうしたらいいのかも検討すらつかなかった。
しばらく、困惑気に設計図とマニュアルに見入っていたふたりに、どこからともなく男性の声が聞こえてきた。
『何か、お困りでしょうか。ランディー、ミライダ』
「誰…」
ふたりは辺りを見渡したが、どこにもそれらしい姿も形も見えなかった。
『これは失礼をいたしました。わたくしは、この船に搭載されている人工頭脳のガイサーと申します。いささか、おふたりを驚かせてしまったようで、大変申し訳ございません。
何かお困りのことがございましたら、何なりと質問してくださって結構です。
わたくしは、この船に乗り込まれた方たちの、補佐役として搭載されているのですから、わたくしに記録されていることであれば、最大限に協力ができるかというデータも出ておりますので、どうぞ…』
ガイサーと名乗る人工頭脳は、そこまで話すと一旦音声を消した。
「しかし、驚いたね。君のような人工知能が搭載されていたとは…、そうだ…。このガイサーに訊いてみよう。さっき惑星連合の追撃に合って、ワープに入ろうとした時に攻撃を受けて、この光速艇のどこかに被弾したらしくて、気が付いたら計器類が止まったままななんだ。船そのものは動いているみたいだけど、計器が止まっていては亜空間からも抜け出せないんだ。どうしたらいいだろうか…」
光速艇に搭載されている人工知能は即座に答えた。
『お答えします。ランディー。先ほどの攻撃は、ワープに入るのとほとんど同時に受けたため、際立った被害はまったくありませんでした。あと一秒ほど遅かったなら、航行は不能となり亜空間からの脱出は、永久にできなかったものと判断されます。従って、計器類の停止はごく一時的なものと判断され、回復までの時間がどの程度かかるのかは、不明でわたくしにも判断はできかねます』
「じゃあ…、本当に危機一髪だったんだ。でも、助かってよかったね。ミライダ…」
「でも…、そんなに喜んでばかりいていいのかしら…。もしもよ。もしも、このまま亜空間から抜け出せなかったら、あたしたちどうなるの…。艦隊の提督や故郷のシーラサスのみんなに面目が立たないわ。あたしたちは、みんなから未来を託されているのよ…。あたしたちは故郷の
『ミライダ、もう少しだけ時間を頂ければ、計器類は回復するものと判断しました。ですから、今しばらくお待ちください』
それまで音も動きも感じられなっなかった亜空間で、突然ガクンというエアポケットに落ち込んだような激しい衝撃に見舞われた。
「うわぁ…、今度は何だぁ…」
「きゃあ…」
ショックはすぐに収まり、ミライダが計器に目をやった。
「あら…、計器が元に戻っているわ。ランディー、見て…」
「うん…。よし、これで亜空間から抜けられそうだ…。ガイサー、再試行してみてくれ」
『了解しました。ランディー』
ランディーが前方スクリーンをオンにすると、白とグレーの入り混じった空間が浮かび上がり、その一点が次第に光を増して行きやがて真っ暗な空間に抜けだした。
「やったぞー。やっと通常空間に戻れた…。ありがとう、ガイサー」
『そう、喜んでばかりはいられませんよ。ランディー、この星座をごらんください。これまでに、わたくしたちの見てきた星座とは、まったく違う星座のように見受けられますが、ただいま測定しておりますが、わたくしたちのいたシーラサス星系より、三一四七光年離れたある銀河系の末端の領域と推測されます』
「さ、三一四七光年…。そんなに流されたのか…」
「まあ…」
『はい。ですから、もうわたくしの推力を以てしても、もはやシーラサス星系まで戻ることは不可能と判断されます。従って、この先に小さな恒星系の存在が確認されておりますので、まずは、そこから居住可能な惑星の存在の有無を検索いたします。しばらくお待ちください』
光速艇は静かに宇宙空間を進み、ひとつの恒星系へと近づいて行った。
しばらくすると検索結果が出たらしく、またガイサーの音声が聞こえてきた。
『お待たせいたしました。検索結果が出ましたので報告いたします。
この恒星系には、十一個の惑星が周回しております。その内のふたつの惑星はガス惑星で、外側を周る惑星群は構成素材・大気成分も異なり、恒星から離れているために表面は氷結しています。第三惑星と第四惑星のみが、大気成分もシーラサスに共通していますが、第四惑星のほうにはすでに先住生物がいて、かなりの水準の文化を築いているようです。
反対に第三惑星には、生物はいるものの進化の度合いが浅く、未だに原始的な生き物が中心のようで、シーラサスでは太古の昔に絶滅したような生物が、いま全盛期を迎えようとしています。この恒星系では、このふたつの惑星がハビタブルゾーンに、属しているものと判断されます。
いかがいたしましょうか。ランディー、どちらの惑星に向かわれますか』
「そうだね…。第四惑星には先住生物たちがいるんだろう…。うっかり入り込むと、僕たちのいたシーラサスのように、惑星戦争にもなりかねないから第三惑星にしよう。それでいいだろう…。ミライダ」
「わたしはいいわ…。でも、シーラサスの太古にいたような原子獣が棲んでいても、危険じゃないのかしらね…」
「それなら、大丈夫だよ。彼らは自分たちが大きすぎるから、僕たちみたいな小さなものなんて目にも入らないさ。それに、もし襲われたとしても僕たちには、ちゃんとした武器があるだろう。それでしっかり、追い払ってやるから心配しなくていいよ。ミライダ」
「そう…。だけど、見ず知らずのまったく違う環境なのでしょう…。まだまだ危険なことが、たくさんあるかも知れないわ…」
「その時は、僕が生命に代えてもミライダを守ってあげるから、もっと元気を出して…。ほら…」
「ええ…」
ランディーに励まされて、幾分元気を取り戻したミライダだったが、その横顔には不安の色が色濃く残さていた。
「よし、決まりだ。ガイサー、この第三惑星に目標を合わせて、軌道を修正してくれないか」
『はい、了解しました。目標を第三惑星に修正いたします』
こうして、小さな恒星系の第三惑星に軌道を修正すると、ランディーたちを乗せた光速艇は、亜空間から抜け出した時点で遭遇した。とある銀河系の外れに位置する、小さな恒星系の第三惑星を目指して推進を開始していった。
その
「まあ…、なんて綺麗な惑星かしら…」
ミライダが歓喜するのも無理はなかった。惑星全体が水に覆われていて、陸地は二か所ほどに寄り集まっている。まさに惑星としては青年期にも満たない、若い惑星なのだろうとランディーは思った。
『ランディー。これより、この惑星の周回軌道に入ります。併せてこの惑星の大気成分の解析も行います。よろしいでしょうか』
「オーケーだ。ガイサー、よろしく頼むよ」
やがて、光速艇は惑星の周回軌道に入り、ガイサーは大気成分の分析に入ったらしかった。コントロールパネルのスクリーンに映し出された惑星の景観は、やはり若い惑星らしく至るところに、火山の噴火らしい噴煙が立ち昇るのが見て取れた。
「ねえ、ランディー。なんて綺麗な海なんでしょう…。この惑星に着陸(おり)られたら、わたし絶対にあの青い海で泳いでみたいわ。ランディーも一緒に泳ぎましょうよ…」
「ダメだよ。そんなの、危険すぎるよ。もう忘れたのかい。ミライダは、原始の惑星には見た目はいくら静かで美しく見えても、海中には恐ろしい原始獣がウヨウヨいるんだぜ。それでもいいのかい…」
「そうね…。やっぱり、止そうかしら…」
「そのほうがいいって、陸の上なら何とかなるからさ。それにガイサーの大気分析も、そろそろ終わる頃だろうから、それからでも遅くないさ。何しろ僕たちには時間がたっぷりあるんだからね。慌てる必要もないってことだよ」
ふたりで話していると、ガイサーの声が聞こえてきた。
『ランディー、ミライダ。お待たせいたしました。大気の解析結果が出ましたので報告します。この惑星の大気成分の構成元素は、次の通りです
N2 (窒素) 七六、〇四三%。O2 (酸素) 一八、八八六%。Ar (アルゴン) 〇、八七六% CO2 (二酸化炭素) 〇四九% と、極めて原始的な大気組成をしてはいますが、ランディーたちが呼吸をする分には支障はないものと判断されます』
「そうか…。それじゃ、この惑星に降りても、僕たちは生きて行けるんだね。
ミライダ、この惑星に決めよう。この惑星は、大宇宙の創造主が僕たちのために引き合わせてくれた、最大のチャンスかも知れないんだ…。
こんな名もない宇宙の果てのちっぽけな恒星系だって、たまたま亜空間航行中の事故で偶然見つけたにしても、最初から時間をかけて探し出するよりは遥かに効率的だし、僕たちはものすごく幸運だったと思うんだ。
第一、この光速艇は緊急時の脱出艇だから、食料もほとんど積んでないし、下手をしたらこのまま餓死してしまうかもわからないよ…」
「でも、あんな原始惑星に食料になる生き物なんているの…。ランディー」
「いくら原始に近い惑星(ほし)といっても、あれだけの豊かな海を湛えた惑星(ほし)だもの、それなりの生き物だっているに違いないだろう…。
もし、そうでなかったら、この惑星に故郷の惑星(ほし)シーラサスを復活させることなんかできないよ。僕たちに自分らの未来を託して死んで行った。多くの仲間たちに合わせる顔もなし、僕たちの未来だって失くなってしまうんだ。
さあ、行こう。勇気をもって、僕たちの明日を掴むために…」
「わかったわ…。ランディー」
ようやく、納得したミライダの手を握りしめ、ランディーはコントロールパネルに向かった。
『ランディー、ミライダ…』
と、突然光速艇に搭載されている、人工知能のガイサーの音声が艇内に流れた。
『失礼ですが、わたくしは艇内に搭乗された方々の、安全を守ることが使命と認識しています。ランディーとミライダがこの惑星に降りるのであれば、おふたりの安全を守るためにわたくしも同行しなければなりません。よろしいでしょうか』
「ど、同行と云ったって…、ガイサーはこの光速艇に組み込まれた人工知能なんだろう。どうやって着いてくるんだい…」
『その心配には及びません。ランディー、あなたの席の後部にあるポッドを開けてください。その中に、わたくしの個体ボディーが収納されています。
これから、わたくしの人工知能を分離して、個体ボディーのほうに移しますので、協力をお願いいたします』
ランディーが座席後部にあるポッドを開けると、一体の男性型のボディが収まっていた。一見したところでは、どう見てもいわゆるロボットとは思えないものだった。
「え…、これが本当に君のボディーなのかい…」
「まあ…、素晴らしいわ…。まるで眠っているみたいね…」
あまりにも自分たちと変わらない容姿で、横たわっているガイサーの個体ボディーを見て、ランディーとミライダも驚きの声を上げた。
『はい、これはボラントリュームという素材でできています。わたくしも滅多には使いません。わたくしの本体はあくまでも、この光速宇宙艇なのですから。さあ、それではは移動いたします』
パシューン…。と、いう軽い音とともに、ガイサーの個体ボディーは収納ポッドから立ち上がった。
「初めまして、というのも変ですが、わたくしがこの光速宇宙艇に搭載されている、人工知能ガイサーです。よろしくお見知りおきください」
「まあ…、ガイサーの声質が変わったみたいよ…。ランディー」
「ホントだね…。どうなっているんだい。ガイサー…」
『宇宙艇本体と個体ボディーとでは、音声センサーに若干の隔たりがありますので、致し方のないことなのです。さあ、ここからの操縦はわたくしにお任せください』
そういうと、ガイサーは前に移動してきて、ランディーの横の席に腰を下ろした。
『さあ、どちらに降りましょうか。ランディー』
陸地面は大きなふたつの大陸に分かれていた。ランディーは少しの間考えてから、ふたつ浮かんでいる大陸を指差した。
「あのふたつ並んでいる、上のほうに降りてみようか…。ガイサー」
『了解しました。それでは降下いたします』
ガイサーはパネルの操作もせずに、いともゆっくりと原始惑星に近い、まだ誰も踏み入ったことのない未知の惑星に降りて行った。
人類史体系 Episode1 星から来た… 佐藤万象 @furusatoha
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