第19話
再びタワーの最上階に上り、景色を眺める。
後数時間もすれば、俺が拷問室を抜け出して、丸一日経つ。
「そろそろ戻らなくちゃな……」
「もう少し、一緒にいられない?」
「無理だな。これ以上はお前に迷惑がかかりすぎる。誤魔化すのも限界だろう」
俺は武器とスーツをクラウンに返した。
「それと、答えだが」
「うん……」
「やはり無理だ。話せない」
「そっか……」
クラウンは悲しげに笑う。
「じゃあ、また……敵同士だね」
「ああ。残念だ」
拷問室へ戻り、抜け出す前の状態に戻る。
それからおよそ一時間たって、扉が勢いよく開かれた。
血走った目で俺を睨む、緑色の男。耳と鼻が尖っていて、目が顔の大部分を占めている。体の大きさはルーシーよりちっちゃい。小学生低学年サイズだ。
世にいうゴブリン。ということは、第二幹部のグールか。
「ノアを殺したらしいな」
ああそういや……出る前に殺してたな。
「それが? モンスターのくせに、情でも湧いてたのか?」
「あいつとの付き合いは魔王様より長い」
「なるほど、そりゃ悪かった。まさか縛られた上ぼろ雑巾みたいな俺に、一撃でやられるほど弱いと思わなかったんだ」
「なんだと……?」
「ど素人が。どんな状況でも油断するな。平和にお友達と侵略ごっこがやりたいならよそでやれ、クソガキ」
「俺はこう見えても百を超えている!」
「じゃあ、意味のない百年間だったな」
「今すぐぶち殺してやろうか!」
「ペースを乱されるな!」
俺に掴みかかったグールを、もう一人男が現れて止める。
赤い体に角の生えた頭……オーガだ。つまり、第一幹部バキだ。
魔法のグール、体技のバキ。そう呼ばれてるらしい。
「安い挑発に乗るなど情けないぞ」
「止めるなバキ。こいつを殺す」
「いや。そいつはまだ情報を握っている。殺すな」
「こいつに吐く気があるのか? 襲撃まで、口八丁で誤魔化して生かしてもらう腹だ」
「そんなことわかっている。そして殺すかどうかは、お前の決めることではない。お前は下がれ」
グールの体がピクリと動いて、その血走った目で今度はバキを睨んだ。
「おい、さっきから誰に向かって命令してる。邪魔をするなら貴様から殺すぞ」
バキ眉間に血管を浮き出た。
「やってみろ」
先に動いたのはバキだ。あっという間に距離を詰めて、グールを壁に投げつけた。
体勢を整えるより先に再び距離を詰めて、今度は蹴りを入れる。その破壊力は抜群で、壁にクレーターができて、そこに体をめり込ませた。
グールは血反吐を吐き、バキは薄ら笑いを浮かべる。
「どうしたチビ。立てよ!」
そういって、暴走したみたいにグールを蹴り続ける。
だが、グールは笑う。
「ふふふっ、この脳筋が……ッ!」
バキの周りに魔方陣が現れる。
逃れようと飛びのいてが遅かった。バキの体が爆発する。
バキが血を吐いて膝をつけた隙を付いて、グールは青い波動で反対の壁に吹き飛ばした。
さらに追撃しようとするが、流石に散々蹴られたのが効いたのか、ガクリと膝を落として血を吐いた。
見た感じ……こいつら二人とも、デュークとほとんど同レベルの戦闘力を持っている。かなり強いな。
「なあおい。喧嘩もいいんだが、別のとこでやってくれないか? 巻き込まれそうだ」
「それは名案だな。二人まとめて殺してやる」
「グール!」
バキが吠える。
「こいつには魔王様が直々に会いたいとおっしゃられた。俺はそのために来た。こいつを殺すことは反逆と同意だぞ!」
「チッ、命拾いしたな……。だが、お前は死んだほうが良かったとすぐに後悔する。魔王様の拷問は心を抉るからな」
そうして俺は、魔王の部屋へと連れて行かれた。
目の前の王座は薄いカーテンで包まれていて、たしかな姿は見えないが、魔王が座っていることはわかる。
両側にはクラウン含めた四人の幹部達。
「たしか、デッドブレッドと言ったな。聞かない名だ。貴様この国の冒険者じゃないな?」
「大正解。ジャッカス君に一ポイント」
俺が煽った瞬間、バキとグールは俺を殺そうと殺気立ち、ほとんど一メートルもない距離で止まった。ギリギリ堪えているらしい。
ヴェルファイアも剣を抜いて握りしめ、クラウンまでもが苦い顔をしている。
「……ずいぶん慕われてるんだな」
「ああ。家族のようなものだ。よくもまあ、わしの家族を殺しまわってくれたもんだな」
「仕事だ。仕方ないだろう」
「貴様の持っている情報を話せば、必ず生かして逃がしてやろう」
「顔も見えない相手を信用なんてできるか」
ついにグールがブチ切れた。俺の胸倉を掴む。
「貴様いい加減にしろ!」
「もはや止める理由はなし!」
バキまでもが、ヴェルファイアの剣を奪い取って俺の首に剣先を当てた。
クラウンがとっさに叫ぶ。
「やめて二人とも! 魔王様は殺せという命令は出してないはずでしょ!?」
「ならば魔王様!」
グールも負けじと叫ぶ。
「今すぐ惨殺の許可を!」
「ダメです魔王様! 襲撃の情報を聞き出さなくては!」
グールはクラウンを睨む。
「その襲撃とやらも本当にあるのかわからん! 隙を見て逃げ出す算段かもしれん! これ以上死にかけの男一人に手玉に取られてどうする!」
「私達の第一優先は襲撃を事前に止めること! ここにアジトがあるとバレてしまえばこの国を掌握することはできない! 襲撃が嘘ならそれも良し、事実なら利用して対処する! それがベストでしょう!」
「そのために幹部二人が死んだ!」
「その二人の死を無駄にする気ですか!?」
「なぜこの男を庇う!? 話にならんな!」
「いい加減冷静になったら――」
「おいちょっと待ってくれ」
全くバカな女だ。
俺はたしかに話すつもりはないと言ったのに。
「クラウンとかいったか……? 昨日から思っていたが、お前の声は頭に響く。堕天使の、邪悪で気色悪い声だ。少し黙っててくれない?」
「っ……!」
俺は魔王を見る。
「俺はあんたと話をしに来たんだ。下っ端どもをどうにかしてくれないか?」
「下がれ。バキ、グール」
魔王様の命令には逆らえない。二人は舌打ちしながらしぶしぶ下がる。
ジャッカスは立ち上がり、カーテンを開けた。
背が高くて、白い顎髭を蓄えた渋いおじさんだった。どこぞの性悪女と違って、魔王としての貫禄がある。
「さてこれで……話す気になったか?」
「ああ。少しだけな」
「ふむ……。クラウンの言った通り、襲撃がないならそれで良し。あるなら何としても情報を聞き出し対処する。それが一番だ。だが、魔王であるわしがこれ以上出し抜かれるのも面白くない。ということで、最後の質問だ」
ジャッカスがギロリ、と殺気を隠さず睨んだ。
「話せ。でなければ殺す」
「断る」
「じゃあ死ね」
ジャッカスが俺に手を向ける。俺はとっさに横に飛びのいた。
その瞬間、さっきまで俺がいた場所に雷が走りクレーターが出来ていた。
「そいつを殺せ!」
これは少しだけまずいな。武器もスーツも取り上げられた上に、両手を後ろで縛られて、魔王と幹部に囲まれている。
視界の端で、クラウンが魔王に向かって何か言いだそうとしているのが見えた。あのバカ、また俺を庇うつもりだ。
俺はちょうど近くにあった石を蹴ってクラウンにぶつけた。そして睨む。「何も言うな」そう意味を込めて。
クラウンを抜かして四人。その中じゃ一番弱いのはヴェルファイアだ。そして運が良いことに、ヴェルファイアの後ろにドアがある。
俺は突っ込んだ。ヴェルファイアは剣を抜く。
剣を振り下ろした瞬間後ろを向いて、ロープだけを切らせ、そのまま飛び蹴りで怯ませる。
その隙に部屋を飛び出した。
後数時間、それまで逃げ切ればレイラ達が襲撃に来るはずだ。
後ろから嫌な気配がする。俺は避けようとしたが、それよりも早く背中に火の玉が当たって吹き飛ばされた。
倒れた俺の足下に、グールが立った。
「ようやく殺しの許可が出た」
「ふっ……お前の手下がどうやって死んだか聞きたくないか?」
「なに?」
俺は背中で跳ねて飛び上がり、足で首を締めあげた。
「ぐっ……! 放せ!」
暴れるグールの顔面を思い切り殴り、締め付けを強くする。
このまま骨を折って殺す。だが、その前にバキによって邪魔される。
俺達に追いついた奴は、躊躇することもなくグールを蹴ったのだ。
あまりの衝撃にグールは壁に叩きつけられて、俺は足を離してしまった。
グールは気絶したが、まだ魔王とバキ、ヴェルファイアが残っている。廊下はまだかなり先まで続いていて、部屋一つない。あっという間に追いつかれてしまったし、これは流石に万事休すか?
俺は両手を上げた。
「わかった降参。全部話す」
ジャッカスが笑った。
「結局死ぬのが惜しいか。ふふふっ良いだろう、話せ」
「まあ、とりあえず。ゆっくりお茶でも飲みながらどうだ?」
「おい!」
バキが叫んだ。
「いい加減にしろ!」
「今度はちゃんと話すと言ってるだろ。まあ信じられないなら、殺せ」
「…………ふむ。良いだろう。奴を縛れ」
ヴェルファイアとバキが俺に近よる。
「おいおいタンマ。縛るのはやめてくれ。あれは単純にきつい」
「ならば私が……」
三人が何か言いだす前に、クラウンが手を上げた。
「隣でこの男を監視します。怪しい動きをすれば、即座に殺します」
「おい待て。見張りならこの女以外にしてくれ」
魔王はうなずいた。
「いや……クラウンにさせる。それが嫌なら縛るまで」
しまった。クラウンのことが苦手なんて言ったのが裏目に出た。
クラウンは俺の斜め後ろに立って、背中に手を当てた。
「大丈夫。殺さないから」
「ジャッカスの命令でもか?」
クラウンはうつむいた。
「……魔王様を呼び捨てしないで。お願い」
「俺はお前を利用してただけだ。さっき言ったことは全部本当」
「それでもいい」
俺達は一番後ろを歩いている。だから誰にも気づかれない。
クラウンが、手を絡め、ぎゅっと握った。
「お願い……。あなたとは戦いたくないの。私のことが嫌いならそれでいい。だからお願い、こっちについて」
「つまり、仲間を裏切ってジャッカスの手下になれって?」
クラウンがうなずいた。
「あなたの実力なら、必ず受け入れてくれる。幹部だってあり得る。ね? お願い」
「……わかった。裏切るよ」
俺は静かに返事をした。
クラウンは目を輝かせ、心から安堵した表情を見せる。
まあしょうがないよな。俺は元々殺し屋だ。ヒーローじゃないし、汚れ役なら慣れている。
異世界ヒットマン! with魔王 塩コンブ @0503tyty
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