第18話
拷問室の扉を開けて、堂々と部屋を出る。
スーツも武器も、全部クラウンが返してくれた。
「ほんとによかったのか?」
「出たくないの?」
「いや……もちろん出たいが、逃げたらどうする?」
「逃げるつもりなの?」
「まさか。だが、何かあったとき責任を取るのはお前だ」
「でもこうでもしなきゃ、デートなんかできない」
クラウンが俺の手を握った。
俺も握り返す。
「私達、襲撃が始まったら敵同士になっちゃうんだよ?」
「そうだな……」
「拷問は私が代わるって言ってるし、誰にも部屋に入れないように手下に言いつけたから大丈夫」
そういえば、侵入のためにクラウンの側近である受付嬢(鳥男)を撃ち殺したんだった。
「悪かったな。お前の手下を一人……」
「いいよ。幹部なのに部下が一人もいないなんて変な話だと思わない? それで無理やりあてがわれたの。拷問好きで、子供だって殺すような奴だったから、正直嫌いだった」
「お前がいいなら、それでいいが」
「ねっ! じゃあ早く行こっ」
まずはこの地下エリアを抜けて、タワーを上る。
観光名所と銘打ってるだけあって、流石に人が多いが、最上階からの景色は圧巻だ。
街の全てを見下ろせる。射撃スポットとしては、立地条件は最高だな。
遠くの山に沈んでいく夕陽が、街も人も赤く染める。クラウンの、顔も。
そっと、クラウンが俺の肩に頭を乗せた。
「すごく綺麗だよね……」
「ああ……。そう思う。よく見てるのか?」
「ううん」
クラウンは少しだけ悲しげな表情をする。
「初めて来た。ずっと見たかったけど、同じ人いないし。それに一度でも見ちゃったら……」
クラウンの言いたいことは分かった。
魔王軍の奴らにとって、この美しい街並みは心底どうでもいいらしい。
この国を乗っ取った暁には、これら全てを壊して、独自の街を創造するんだろう。
将来自分の手で壊すものを眺めても、悲しい思い出になるだけだ。
「じゃあ、なぜ今回は?」
「だって、あなたとなら楽しい思い出になると思ったから」
「そうだな」
その日は最高の一日だった。
最上階にあるレストランで、夜景を見ながらディナーを食べて、タワーを出る。
街を回って、一つのベッドで夜を明かし、朝から再び街に出た。
行き先は動植物園だ。
別の世界から来た俺にとって、この世界での生き物を見て回るのは結構楽しかった。それはクラウンも同じらしい。天使のときも、魔王軍幹部になったときも、こうして好きなものを好きなように見て回ることはなかったらしい。
目を輝かせて、子供のようにはしゃいでいる。
だが……まあ当たり前の話だが、楽しい時間は続かない。
俺の経験上、すぐに終わりが来る。
そしてそれは、今回も同じだった。
警報が動植物園中……いや、街中に鳴り響いた。
「これは警戒報!」
「なんだそれ?」
「モンスターが来たの。ここは防壁にかなり近い場所だから」
「何かしたのか?」
「私達じゃない。野生のモンスターよ」
レイラの言った通り、警報が鳴り終わると今度はアナウンスが流れた。
『モンスターが発生しました。緊急クエスト、緊急クエスト発令です! 一般の皆様は中心部へお逃げください。冒険者はただちに、東門へ向かってください』
客達は渋滞を作りながら、しぶしぶ動植物園を出ようとする。
まあ冒険者もいるし、防壁もあるんだ。焦る必要はないか。
「じゃあ、俺達もとりあえず避難しとくか?」
「えっ、戦わないの?」
「目立つ行動をして万が一俺が外に出ていることを知られたら、お前がどんな目にあうか。冒険者が向かってるんだろ? じゃあ大丈夫だ。それとも、魔王軍幹部のお前がわざわざ人を救いたいのか?」
「……それは……」
俺の問いにクラウンが答えることはなかったが、彼女の表情が全てを物語っている。そう思えた。
「だがまあ一応……行くだけ行ってみるか?」
「うん。そうしたい」
「よし決まりだ」
俺達は東門へ走った。
戦況は予想以上に悪かった。冒険者達は巨人の大群に押されて、防戦一方。いや、守り切れてすらいない。中に侵入しようと防壁を破壊している。
「ここにいれば俺達も狙われるな……。いったん中に入ろう」
近くの木の陰に隠れて、様子を伺う。
十秒もしないうちに防壁が崩壊し、とうとう巨人が中に侵入した。
アナウンスが流れる。
『モンスターが防壁を破り中心部へ進行中! 東門付近にいる方は急いで逃げてください!』
横を見ると、クラウンの顔が露骨に強張っている。
「どうする?」
「え、ええ……?」
「あいつら。殺すか?」
「……でも、私は」
「どうしたい?」
クラウンが答えあぐねている間に、巨人達は雄叫びを上げると、中心部へ走り出した。
巨人は図体がデカくパワーが強い分、ノロマなイメージがあったがどうやら外れらしい。
地響きを鳴らしながら、ものすごい速さで駆ける。
「一先ず追うか?」
「うん……!」
クラウンは力強くうなずいた。
俺達は巨人を追いかけて走る。が、やはり速い。まるで追いつけない、どころか、どんどん離されていく。
このまま見失ってしまう。そう思ったとき、奥の方で巨人が立ち止まっているのが見えた。
小さなドームの壁を剥がすように破壊している。
穴から人の悲鳴が聞こえた。どうやらシェルターのような物だったらしい。
シェルターから大勢の奴らがいっせいに飛び出す。迷子なのか元から一人なのか、立ち尽くして泣いてるガキもいる。
そして大概、そういう奴から標的になる。
クラウンが叫んだ。
「倒さないと! あの巨人達、みんな殺しちゃう!」
「だがいいのか? 俺達は正義の味方どころか、ただの悪役だ。助ける義理なんてないぞ」
「でも子供が狙われてるんだよ!?」
「……そうだな」
物陰に隠れてショットアイズ5.0を展開し、子供を掴もうとする巨人の腕を吹き飛ばした。
巨人は痛みに鈍い悲鳴を上げる。
数は約二十。一撃で殺すには少し厳しいか? 全滅させるには時間がかかりすぎる。
となれば、まずは敵の動きを止めるのが先決。
俺はとにかく、巨人達の足を撃った。一人一発。これだけでも片足くらいは吹き飛ぶし、片足吹き飛べばまず動けない。
巨人達がすっ転ぶ間に、近くにいた正義感溢れる大人が子供を連れて逃げる。
「すごっ……! ていうか強い」
「ふっ、そりゃどうも」
よし。もうすぐで全員の動きを止められる。
と、そのときだった。
そこで二つの不幸が舞い降りた。
一つは後ろから巨人の第二軍が来たこと。どこから湧いてるのか、もう二十体追加だ。おまけにその速さと奴らの引き起こす揺れのせいで、狙いが上手く定まらない。ほとんど地震だ。
二つ目の不幸は、その地震のせいで男のガキが一人こけた。おまけに巨人はそれを見逃さない。ガキに手を伸ばす。
この地震の中、子供を巻き込まず確実に巨人に当たるには、ショットアイズ5.0じゃ反動がデカすぎる。レッドガンがブルーガンが適切だが、巨人には効果ないだろう。
まずい。あのガキ死んだぞ。
「殺させない!」
そう叫んで、クラウンが子供の前に立った。
このとき初めて、俺は横から彼女が消えていることに気がついた。
クラウンは両手を前にだし、呪文を唱える。
「ネオ・エクスプロージョン!」
レイラや他の冒険者達が使う魔法とは明らかに違う。
紫色の見たこともない紋章と、近づき難い邪悪なオーラが飛び出したかと思うと、次の瞬間。目の前の巨人は上半身が爆発して吹き飛んでいた。
仲間の体が吹き飛ぶのを見て、さすがに怯んだのか、後ろの巨人の足が止まった。
今だ! 後ろなら巻き込む人間はいない。
俺はサイクロングレネードを奴らの中心に投げた。
爆発の後、黒煙が上がるとともに奴らの焼死体が次々と倒れる。
次に俺は、身動きが取れないでいる前の巨人達の頭を順番に吹き飛ばし、マスクをした状態でクラウンに近寄った。
クラウンは肩を揺らしながら、恐怖に染まった顔でゆっくりと避難していた奴らに振り向いた。
その瞬間、天を衝くほどの悲鳴が上がる。
「あの力……堕天使だあーっ!!」
「近づくな化け物!」
「殺されるぞ逃げろおおー!」
好き勝手騒ぎまくる。
「せっかく助けてやったのにこの扱い……いつもか?」
クラウンは顔を落として、静かにうなずく。
「仕方ないよ。天使は本来人を助ける者。それを放棄した挙句、積極的に殺していこうとするんだもん。最初っから悪役の悪魔やモンスターとは訳が違う。イカれ野郎ばっかりだから……」
「そうだな……。もう行こう。これ以上騒ぎになると困る」
「うん……」
俺達は奴らに背を向けて歩き出す。
まあ結局、俺達悪役にはスーパーヒーローなんてのは無理なんだ。性根が腐っちまってるからな。
「ちょっと待って!」
後ろから、子供が俺達を呼び止めた。
振り返って見れば、さっきクラウンが助けたガキだ。
大人達は、少し離れたところで不安そうにガキを見ている。
ガキはクラウンの目の前まで歩いて、にっこり笑って言った。
「お姉さんありがとう。助けてくれて」
クラウンは泣きそうになりながらコクリとうなずいて、ガキの頭を優しくなでた。
「うん……! 無事でよかった」
これは、罠だ……。
クラウンにとって、報われることがどれだけ辛いことか、本人が一番わかってるはずだ。
どっちの涙なのか。俺は黙って見ることしかできなかった。
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