第17話

 拷問ならこれまでも幾度となく受けてきたし、それ以上にきつい目にもあってきた。

 とはいえ、じゃあ拷問になれるかと言われたらそれは全く別の話だ。

 要するに、痛いものは痛い。

 全身をムチで叩かれ、電気攻めされる。

 ああ、めちゃめちゃ苦しくて痛い。

 手首を上に、体ごと五十センチほど吊るされて、休憩の瞬間すら与えられない。

 俺が捕まってから、おそらく丸一日くらい経っただろう。一日中ヴェルファイアがつきっきりで拷問している。

 どうやら魔王ジャッカスは、ヤリスとグレイブスが殺されたことについて、相当ご立腹らしい。

 レイラ達が襲撃してくるまで、後二日……。

 意識を失いかけたところで、体に電気が流される。


「あああああ!」

「どうだね? 話す気になったか? 敵の数は?」

「はぁ、はぁ……さあね。……あああああ!」


 舌を出して、煽るように答えると再び電気を流された。


「敵の能力」

「話さねーよ。……ぐああ……っ!」

「襲撃の日取りは」


 俺はヴェルファイアの顔に唾を吐きかけた。


「死んでも話すかガリガリ君」

「なら死ね!」

「ぐあああああ゛……っ!!」


 さっきまでとは段違いの電圧だ。気を抜けば一瞬であの世に逝きそうなほど痛い。


「タンマ! ちょっと待てタンマ!」

「話す気になったか?」

「い、いや……。だが、死んでも話さないってのは嘘だ。生かしてくれたら、もしかしたら話す気が出てくるかもしれない」

「死ぬより苦しい目に合わせてやる」

「そんなことしたら俺……舌噛んで自殺しちゃうかも」

「くっ……! いつまでも優位に立てると思うなよ。こちらとていつでも迎え撃つ準備はできている。貴様を殺すのも、時間の問題だ」

「襲撃人数は知らんが……最上級職のキングヒーローが二人いることは間違いない」


 ヴェルファイアは明らかに動揺の色を示した。


「俺は使う技も弱点も知り尽くしてるが、まあ……知りたくないなら仕方ない」

「貴様……」


 ヴェルファイアが何か言おうとしたところで、拷問室の扉が開かれた。

 扉の外には、鎧を身につけ剣を携えた、長髪の男が立っていた。

 髪の色は紫。

 間違いない。第二幹部グールの側近、ノアだ。


「交代の時間です」

「交代?」

「ええ、人間側の襲撃に向けて、幹部は全員会議に出席します」

「そうかね……。魔王様の言うことなら、仕方ない」


 ヴェルファイアは俺を睨みつけながら、部屋を出ていった。


「ノア……とか言ったか?」

「詳しいな。さて、お前の知っていることの全てを吐いてもらおう」

「ああ、別にそれはいいんだが……扉、閉まってないぞ」

「は?」


 ノアが後ろを振り返る。

 その瞬間、俺はブランコの要領で勢いをつけ、ノアの首を思い切り蹴った。

 ノアは頭から扉に激突して、そのままずるずる倒れる。

 脊髄を折った。間違いなく即死だろう。

 これでとりあえず、会議とやらが終わるまでは楽だろう。

 ほんとは抜け出せたらそれが一番いいんだが、魔力のこもった縄で縛られてるためびくともしないし、武器やスーツは全部没収されてる。

 これからどうしようか考えていると、ギィ……ッと扉がゆっくりと開かれた。

 その瞬間、俺にはこの薄暗くてつまらない拷問室が、色とりどりの花で飾られた楽園のように思えた。

 どんなに暗い闇夜でさえ、絶対に光を失わない月のような、儚くも美しい女がそこにいた。

 赤くて長い髪を毛先でカールしていて、瞳は海のような青色。

 俺達は数秒間見つめ合って、女がおもむろに口を開いた。


「えっと……これ、あなたがやったの?」


 倒れているノアを指した。


「まさか。勝手に転んだ」

「嘘。だって見てたもん」

「意地悪だな。俺を殺すのか?」

「ううん。だって殺したら、情報聞き出せないし」

「じゃあ、拷問する?」

「うふふ、変なの」


 女はおかしそうに笑った。


「まるで望んでるみたい」

「おいやめてくれ。変態みたいだ」

「あははっ……。拷問はしないよ。そういうの苦手なの。なんていうか……昔のくせ? で」

「なるほど。俺はてっきり、堕天使なんて言うから飛んだ極悪人だと思ってたんだがな」


 第四幹部、堕天使クラウン。

 グレイブスの話じゃ、「あんなにいい女はいない」だったか。今ようやく、その意味がわかった。


「クラウン、だろ?」

「……詳しいね」

「幹部は今、会議中だろ?」

「私はいいの」

「そうか……」

「次は私。あなたの名前を教えてよ」

「デッドブレッドだ」

「それって冒険者ネームでしょ?」

「クロサワ、カイ」

「珍しい名前だね……。カイ、か」

「なんで堕天使に?」


 クラウンは首を横に振った。


「私にもわからない。すごく偉い神様をたぶらかしたって、その奥さんに勝手に堕天使にされたの」

「そうなのか?」

「そんなわけない。名前は知ってるけど、話したこともないし」

「なるほど。そりゃたしかに、酷い話だ。でもなんで魔王についたんだ? 例え堕天使になったとしても、人間を殺す理由はないだろ?」

「みんなあなたと同じことを言う。でも、気にするのはあなた達の方。だって、堕天使を信用できる? 友達になれる?」

「なるほど、無理だな」


 クラウンは笑った。


「隠さないの?」

「だってお前、本気だったろ?」

「あははっ、あなたって面白い。……いろんな人に迫害された。それこそ、私についこないだ祈ってた人にも。けど、それを救ってくれたのが魔王様なの」

「だが……」

「わかってるよ。私も天使の頃は堕天使を嫌ってたし。それに、差別しない良い人もたくさんいる。けど、悪い人の方がずっと多い。けど、傷つけるのは怖いの。だから、拷問は嫌い。殺しは……一瞬だし、苦しくないから」

「全部、魔王のため?」

「うん。イカれてる?」

「いいや、立派だ。羨ましいくらいだ」


 クラウンは首を傾げた。


「どうして?」

「俺には愛がない。それを受ける環境にいなかったからだ。クソみたいな親の元で生まれて、金のために仕事をしてきた」

「それは……今も?」

「ああ。その証拠に、こんなところに一人で来させられた。それに比べたら、好きな人のために嫌いなことも頑張れるお前は……ずっとすごい」

「私は、愛に包まれてた。両親に祝福されて生まれて、ちょっと辛いときもあったけど、今もたくさん愛されてる。私達、なんだか真逆だね。すごく可哀想で……あなたに愛を分けてあげたい」

「ふっ……この世界でいろんな女に会ってきたが、お前ほどいい女はいない」


 クラウンの頬が赤くなる。


「俺のパーティーにいる、俺より強い女。これがまたムカつく奴なんだ。ことあるごとに俺に突っかかってくる。初対面で、私の駒になりなさいって言ってくるんだぞ?」

「うふふっ、それはたしかに、怒っちゃうかも」

「そうだ。他にも、ムカつく上司がいる」

「冒険者なのに?」

「そうだ。俺のことが嫌いだからって、無理やり廃墟に済ませて、めんどくさいことは全部押し付けてくる」

「あなたも私と一緒だったんだね」


 おかしな話だが、グラウンとの会話はこの世界に来て、一番心安らぐ時間だった。

 どのくらい経ったのかも忘れるくらい話して、二人で笑い合った。


「あははははっ、あなたって、ほんとに面白い! ほんと、最高……」


 ふと、会話が途切れて、二人で見つめ合う。


「私達、きっと同じ立場に生まれてたら、最高のお友達になれてたんでしょうね」

「俺も同じことを考えてた」


 クラウンはゆっくり近づいて、くっつくほどの距離になると、躊躇いがちに抱きついた。

 背中に手を回して、だんだん強くなる。


「違う立場でも、お友達になれると思う……?」

「なれる。こんなに心地いい時間はない」


 さらに強く、強く。

 どうしようもなく求めるように。

 やがて、顔を上げて、少しだけ潤んだ瞳で俺を見た。


「抱きしめ返してくれないの?」

「そりゃそうしたいところだけど……」


 俺は上のロープを見る。


「こいつが、俺とお前の邪魔をする」


 クラウンは少し迷って、ロープだけを魔法で焼き払った。

 俺自身はまるで熱くも、痛くもない。

 一日ぶりに地に足をつけた。


「よかったのか?」


 クラウンは首を横に振る。


「わからない」


 そう言って、優しく触れるように、唇を重ねた。


「友達がすることか?」

「もうっ……いじわる」


 二度目は乱暴に、激しいキス。

 ただ互いを求めるように、時間を噛み締めるように。扇情的な、長くも短い時間だった。

 静かな部屋の中で、俺達の吐息だけが聞こえる。

 二人の間にある糸は、立場すら超えた強い繋がりを持っていることの、他ならぬ証明だ。


「魔王様は私にとっての一番大切な存在なの。親のような人」

「ああ……」

「だから、どんなに辛いことでもあの人の望みは叶えてあげたい。お願い。あなたの知ってることを話して」

「……考える時間をくれ。一日だ」

「わかった」

「信じるのか?」

「だって、あなた本気で言ってるでしょ?」


 そう言って、クラウンはいたずらっぽく笑った。

 俺は釣られるようにくすっと笑って、そのまま見つめ合い、三度目の口づけを交わした。

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