第16話

 受付嬢は全て魔王軍の息がかかっている。


「いらっしゃいませー」

「忘れ物が届いてないか? 愛と平和」

「ちょうど届いてますよ。事務所までご案内します」


 どうやらグレイブスの言ったことは嘘ではないらしい。

 受付嬢に連れられて、DO NOT ENTERと書かれたドアの奥に入り、真っ直ぐ進んで長い階段を降りる。

 階段を降りた先には、もう一枚分厚い扉があり、それを開くと松明で照らされた薄暗い廊下が続いている。

 受付嬢は「ケヒヒッ」と笑うと、みるみるうちに姿を変えていく。身長は約二倍に、足は鳥の足、手はコウモリの翼に変化する。


「さあ、ここまで来ればお前も姿を隠す必要はないぜ」


 声はさっきまでとは別人レベルで低く、野太くなっている。体も筋肉質だ。


「見ない顔だが、お前も早く変形しろ。人間の姿でいられると食っちまいたくなるぜ」

「お前男だったのか」

「それが何か?」

「いや、よかったなと思っただけだ」

「よかった?」

「いくらモンスターでも女を殺すのはどうかと思ってたんだが……オカマ野郎なら問題ない」


 至近距離からのレッドガンで、半鳥人の顔面を吹き飛ばす。

 これでとりあえず、侵入は成功だ。

 戦闘用のスーツとマスクを着用して、音を殺して歩く。三百六十度、縦横上下左右どこから来ても対応できるように神経を研ぎ澄ます。

 まずは、一番近くにあった扉を一センチほど開けて中の様子を伺う。

 音はしない。

 今度は、体を隠してドアを勢いよく開ける。


「誰だ!」


 ビンゴ。中から男の怒鳴り声が聞こえる。

 足音が近づいてくる。

 俺はショットアイズ3.0を展開する。

 部屋の中から、大男の姿が見えた。

 その瞬間、俺はまず足を撃って動きを止める。次に奴を引っ張って外に無理やり出すと、体を壁に押し付け、後頭部に銃口を当てる。

 大男はうめき声を漏らして両手を上げた。


「部屋には他に誰かいるのか?」

「誰が答えるか」


 背中を撃つ。


「ぐあああああ!」

「正直に答えろ殺すぞ」

「いない! 誰もいない俺だけだ!」


 俺は大男を盾にしながら部屋の中へ入り、ドアを閉めた。

 部屋には誰もいない。嘘はついてないようだ。


「お前名前は?」

「ギースだ」


 ギース……。

 グレイブスの話では、第五魔王軍には六人の幹部と、それぞれの側近がいるらしい。

 魔王ジャッカス。

 その両腕である第一幹部のバキ、第二幹部のグール。

 第三幹部のヤリス、第四幹部のクラウン、第五幹部のヴェルファイア、第六幹部のグレイブス。プラス側近。

 ここ魔王城の場所を知っているのはそれだけだ。

 例えば、さっきの受付嬢達は全てクラウンの部下。

 ギースはヤリスの一番槍とかなんとか言っていた。


「ジャッカスにはどうやったら会える?」

「おい、ここの場所と魔王様の名前、誰に聞いた?」

「質問してるのは俺だ。どうすれば会える?」

「どうせ……しょうもない女遊びをしているグレイブスだろう。最近街に出たのは、あの野郎だけだ。あいつはすぐに喋る。オークだからな。頭が足りてないのさ」

「よくわかったな。それで、どうすれば会える?」

「こうするんだよ!」


 ギースは俺の手を振り解いて、懐から無線を出し、思いっきり叫んだ。


「侵入者だ! 場所は一階、ヤリス様の部屋!」


 俺はショットアイズ3.0で、無線をギースの手ごと吹き飛ばした。


「貴様……!」


 眉間に銃口を当てる。

 だが、ギースは不敵に笑う。


「殺すなら殺せ……! だが結局、幹部達が駆けつけてくる。お前も死ぬ。俺を人質に取っても無駄だぞ。あの方達は──」


 最後まで言い終わる前に、銃を放った。

 急いで逃げようかとも思ったが、足音がかなり近い。廊下に出ればかえって危険だ。

 チッ、めんどくさいことをしてくれた。

 俺はちょうどドアと壁に挟まる位置に待機する。


「ギース!」


 一番最初にやってきたのは、三叉槍を持った髭面の男だ。

 三叉槍を使う敵は、この城にいる魔王軍の中で一人だけ。すなわち、ギースの直属の主人であるヤリスだ。

 どうやら部下は一人も連れてきてないらしい。

 ギースの死体を見て、一瞬動きが止まった隙に、背後から背中を撃つ。

 ヤリスは「ぐあっ!」とうめき声を上げて前方のソファーに突っ込んだ。

 俺はドアを閉めて、姿を現す。

 ヤリスは血を吐きながら振り向き、俺を睨んだ。


「お前がやったのか……?」

「情でもあるのか?」

「くたばれ侵入者!」


 俺はショットアイズを戻して、左太もも横にある筒を取った。

 筒は先端を尖らせながら、両方向に真っ直ぐ伸びる。

 二メートルを超える双頭槍、ディンティス。

 ヤリスの三叉槍をディンティスで弾き、体の周りで素早く回しながら、連続で攻撃をしかける。

 だが、槍の扱いなら相手の方が一枚上手らしい。

 俺の攻撃を難なく防いで、一瞬のうちに攻撃に転じる。

 俺はすぐに防戦一方に追い込まれる。

 背中が壁に触れた。これ以上は後ろに下がるスペースもないらしい。

 攻撃を防いで、レッドガンでヤリスの腕を撃つ。

 吹き飛ばすことはできないが、三叉槍を落とさせることはできた。

 その隙にディンティスで左足を突き刺して、パワーレッグで反対の壁まで蹴り飛ばした。

 ショットアイズ5.0を展開する。


「魔王のとこまで案内しろ。援軍が来る前に」

「死ねゴミカスが!」


 突然、反発でもしたかのように、ショットアイズを弾かれた。

 今度は体が宙に浮いて、勢いよく壁に激突させられた。

 まるで念道力…………これも魔法か?


「俺を槍だけのバカと思ったか? 俺は第五魔王軍第三幹部、ヤリス様だぞ!」

「それもそうだな……」


 たしかに甘かった。

 まずいな。敵の防御魔法を貫いて殺すほどの威力が出せるのは、ショットアイズだけだ。だが今は遥か遠くにある。

 接近戦に持ち込もうにも、魔法で吹き飛ばされて終わりだ。

 対抗しようにも、まだ魔法は一つも習得してない。


「フハハどうした! さっきまでの勢いは!」


 気が向かないが、こうなればやるしかない。

 最大火力のサイクロングレネードを取り出し、ヤリスに投げつけた。


「ほらほら近づいてみろ! フハハハ──」


 笑い声を完全に打ち消す大爆発。

 部屋は炎に包まれ、俺はビッグスターを展開してなんとか防ぐ。

 部屋は案外丈夫に作られてるらしい。かなり揺れて焦げとひび割ればかりだが、崩壊は免れた。

 部屋の真ん中付近では、右半身が丸々なくなったヤリスの死体がまだ燃えている。

 俺はショットアイズとディンティスを回収して部屋を出た。

 これ以上あそこで戦ったら、流石に崩れそうだ。

 最悪なことに、部屋の外には大量のガイコツ兵士が待機していた。

 それを先導するのは王冠を被りマントを羽織った、三メートルはあるガイコツ。

 キングスケルトン、第五魔王のヴェルファイアだ。


「皆のもの、やれー!」


 ヴェルファイアは剣を高らかに上げ、号令と共に前へ下ろす。

 それを合図に、ガイコツ兵士達はいっせいに魔法攻撃を仕掛けてくる。

 塵も積もれば山となる。いっせい攻撃はビッグスターでも押されるほど強力で、一瞬でも気を抜けば消し炭になってしまいそうだ。

 体を守りながら、レッドガンで殺していくが、焼け石に水だ。ガイコツ兵士は次々と湧いてくる。

 そういえば、グレイブスが第三幹部部隊は魔王軍で最も兵士の数が多いとか言っていた。

 やはり気が乗らないが、仕方ない。

 再び最高火力のサイクロングレネードを展開し、栓を抜いて、「一、二の三」で投げつけた。

 激しい爆発の後に、黒煙が立ち込める。

 煙の中で、人影が揺れた。

 それも一とか二じゃない。もっと大勢……数十、いや、奥の奥まで数えれば百、二百は超えそうな大群。


「おいおいまじか」


 いくらなんでも数が多すぎだ。

 敵の反撃が始まる前に、急いでエースを展開し次々と撃ち殺していく。


「皆のものー! オペレーションβ、かかれー!」


 今度は剣を抜いたガイコツ兵士達がいっせいに突撃してくる。

 エースじゃ抑えきれない。

 最大サイズのジャックメテオで粉砕する。

 次はパワーレッグ。無数の剣を避けたり防ぎながら、とにかく蹴り飛ばす。

 ガイコツ兵士達は後ろに回り出して、順調に包囲網が形成されていく。

 レッドガンとブルーガンの二丁拳銃で後ろの奴から排除していく。


「はぁ……はぁ……!」


 息が切れて肺が苦しい。

 どれだけ殺しても形勢が逆転する未来が見えない。

 カタナでガイコツの剣を弾き真っ二つにして、ディンティスを振り回して近づく奴を一掃する。

 パワーレッグとファイアレッグで牽制し、サイクロングレネードを再び放る。

 一……二……三……爆発。

 ヴェルファイアまで、一直線に隙間が空いた。ショットアイズ5.0を展開し、奴を撃つ。


「中々やるではないかー! だがまだまだ甘い!」


 ふざけた野郎だ。

 おちょくるような口調だが、たしかに強い。ショットアイズ5.0でも、防御魔法とデュラハンの描かれた趣味の悪い盾のダブル防御は貫けない。

 俺は標的を変え、ガイコツ兵士を撃ちまくった。

 パワーレッグとファイアレッグも使い、とにかく全身を動かして敵を潰していく。

 そして、限界が来た。

 俺は武器を解除して、マスクを取り両手を上げる。


「はいはい、俺の負け。もう降参」


 ガイコツ兵士達の剣先は全て俺の喉元に突きつけられている。こんな状態で抵抗なんかしたら一秒後には串刺しだ。

 ヴェルファイアが俺の目の前まで偉そうに歩いてくる。


「最後に残す言葉は?」

「仲間がいる。一人は俺より強い。ここを襲うように指示したのもそいつだ。俺が帰ってこなければ、ある指定された日に大群引き連れてここを襲う」

「ほう。どんな力を使う? 仲間は何人だ? 襲撃はいつだね?」

「言うわけねーだろ。俺はどうせ殺される」

「ではなぜ話したのかね?」

「そりゃあ、あれだ……。俺を生かしていれば、もしかしたら話すことも、あるかもしれない」

「なるほど、なるほど……。フフッ、フハハハハハッ! イカれているなお前! 拷問希望者か!」

「そういうこと」


 グレイブスには悪いが、三日後には到底帰れそうもない。

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