第7話 アンドロイドの『ユメ』③
シャワーから上がったコウキはテーブル脇の椅子に座った。ユメは停止したままで、腕時計も復旧していない。食べ物を作ることもできず、音楽を掛けることもできない。何をしたらいいか思い付かなかった。
「外の様子でも見てみるか」
しんと静まり返った室内でコウキを独り言をつぶやく。静寂が不気味に感じられたのであえて、声に出した。
カタカタ……。歯車が噛みあうような音。
「!?」
突然、室内に聞いた事がない音が鳴る。音がする方向は……ユメの方だ。ユメの首が左右に小さく振動している。音は首元から聞こえた。目を見開いたまま頭を震わせるユメの姿は生身の人間の挙動にはないもので、異様に見えた。
「意外なこと、意外なこと、意外なこと、意外なこと、意外なこと……」
ユメの唇が突然、動き始めた。同じ言葉を繰返している。そして、目を見開いたまま立ち上がった。首はまだ小刻みに左右に震えている。
「意外なこと、意外なこと……」
繰り返しながらコウキの方へ歩み寄ってきた。その異様な様子にコウキは視線を動かすことができなかった。体は固まり、立ち上がることができない。
「意外なこと!」
金切り声を上げたユメは両手をコウキの方へ突き出した。その手はコウキの首に回され、締め付け始めた。
「く、苦しい……ユメ……停止、しろ……」
座ったまま窒息しそうになりながらうめき声を上げた。指示は受入れられない。このままじゃ命に関わる……。頭の中が白くなり、意識が遠のいていく。
――そうだ、アンドロイドにも手動のスイッチが……。
購入時に説明があったことを思い出した。首の裏に緊急停止用のスイッチがあることを。
「ユメ……」
コウキはユメの首の裏に震える手を伸ばした。あった。手触りでそれとわかるスイッチをオフにした。ヒュンと小さい音がしてユメの動きが止まった。
両手の締め付けは無くなった。しかし、手は首に回ったまま。コウキはユメの両手を持ち、ゆっくり首から外した。停止したアンドロイドの手は重たかった。
コウキは足でユメをけり倒した。可哀そうだとは思わなかった。ドサッと大きな音がしてユメが床に倒れた。
「……死ぬところだった」
首筋をさわりながら小さく吐き捨てるように言った。目を見開いたまま天を仰ぐユメはスパゲッティを作ってくれたユメと同じには見えなかった。
それにしても、この状況は異常だ。コウキは情報を得る必要があると考えた。この現象が自分の部屋だけで起こっているものなのか、外も同様なのか……。
何かいい案がないかと部屋を見渡す。大きなテレビが目に入った。そういえば、これにも手動のボタンがあったはずだ。
コウキはテレビの裏に手を回してボタンを探した。複数あるボタンの一つを押した。ブンと小さい音がしてテレビの電源が入った。当たりのようだ。
画面には砂嵐のような画像が映った。テレビの裏をさらに探ると、上下に調整できるボタンを見つけた。そのボタンを操作するとチャネルが切り替った。コウキは砂嵐ではないチャネルを探して、チャネルを次々に送っていく。
「……この状況について政府は……」
まともに映るチャネルを発見するのにしばらく時間が掛かった。人の声を随分と久々に聞いた気がした。実際は10分も経っていないのだが。安堵を覚えつつ、コウキはソファーに腰を下ろした。
「政府の発表によると、巨大コンピューターに誤動作が発生しています。影響は日本中に広がり、人的被害も出ている模様です。できるだけ使用を控えてください」
ニュースキャスターの女性の声がそう告げた。人的被害って……先ほどのシーンを思い出し背筋が凍った。アンドロイドの力は当然、人間よりも強い。コウキは何とか停止することができたが、そうでない場合は……。
「新たな情報が入り次第、改めてお伝えします」
そう言い残すと、テレビ画面は砂嵐に変わった。ドラマでも何でもいいので流し続けてくれた方が安心できる。しかし、テレビ局もそれどころでないのかもしれない。コウキはテレビの電源をオフにした。
テレビの情報が正しいなら、大変な事になっているのは自分の家だけじゃない。外には車も走っている。エレベータだって制御されている。ありとあらゆるものが、政府のコンピューターの制御下にあるのだ。そう考えると、外がどうなっているか、どうしても気になった。心配というより、興味のほうが大きかった。
「外に出てみよう」
コウキは話す相手もいない、静かな室内に次の行動を告げてみた。
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