第6話 アンドロイドの『ユメ』②

「おい、ユメ。冗談はよしてくれ?」

 コウキは目を開けたまま動かないユメの目の前で手を振ってみた。意外なことをしようと悪ふざけをしているのか? そう思って、そうしばらく観察するが動き出す気配がない。故障したのか? 滅多にないことだが、稀にそういうこともあると聞いたことがある。

「アンドロイドの調子がおかしいのでチェックして」

 腕時計に話しかける。しかし。女性の声はしない。コウキの声が室内に響いただけだ。機械がグルになってからかっているのか? それは聞いた事がない。機械は人の指示通りに動き、人に危害を加えないのが常識だ。この状況は明らかにおかしい。

 コウキは立ち上がりキッチンに移動した。少し高ぶった気持ちを落ち着かせるために、コーヒーでも飲もうと思った。耐熱性のコーヒーカップを食物生成機に入れる。

「コーヒーお願い」と言ってから、腕時計が反応しないことを思い出す。仕方がないので、本体についているリクエストボタンを押してみる。

「何を作りますか?」と、食物生成機から男性の機械音がした。初めて聞いた声だ。この装置は動いている。直接操作できるボタンがあって良かったとコウキは思った。

「コーヒー、アメリカンで」

 了解しましたとの返事があり装置が動き出した。裏に繋がるホースから原料が注入されているのが分かった。

「そろそろ出来上がります」

 男性の声が話した。

 その直後「バン!」と大きな音を立てて装置の扉が開いた。コウキは驚いて一歩後ずさる。状況が掴めず呆然とするコウキが見たのは、扉から溢れ出す何かだった。

――この緑色のドロドロしたものは……原料そのものじゃないか!

 装置の背後から供給される泡状の流動物そのものだった。以前に見たことがあるものだ。開いた扉からドンドンと溢れてくる。

「止めろ!」

 指示を出すが聞き入れられない。食物生成機からは「完成しました。完成しました。完成しました……」と男性の声が狂ったように同じ言葉を繰り返している。

 コウキは流動物を踏んで装置に近付いた。気を付けないと滑って転びそうだ。

 どこかに、主電源があるはず……装置の裏に手を回す。手触りでスイッチを見つけた。そのスイッチを倒した。直後に流動物の噴出は止まった。

「何がどうなっているんだ!」

 思わず叫び声を上げてしまった。止まって動かないならまだしも、これは誤動作だ。人に悪影響を与えかねない。正しく食べ物が生成されなかったら、健康被害が起こるかもしれない。

 イラつきを覚えながら、コウキは床に飛び散った流動物をタオルでふき取った。手足にまとわりつき気持ちが悪かった。

 一通り拭き終わると、改めてユメに視線を移してみた。相変わらず目を開けて止まったままで動き出す気配はない。ベタベタの体で過ごす気にはなれないのでコウキはシャワーを浴びることにした。とりあえず、スッキリしたいと思った。


 脱衣場で服を脱ぎ、シャワー室に入る。おもわず「シャワー出して」と言いそうになるが故障で指示が出せないことを思い出した。

 シャワーの根本には赤いノブと青いノブが着いている。これまで一度も使ったことはないので、気にしたことがなかった。これが手動の蛇口なのは明らかだった。

――赤がお湯だよな。水浴びはしたくないのでこっちだ。

 そう考えコウキは、赤いノブを回した。

「熱っ!!」

 突然の熱湯に飛び上がった。急いで赤いノブを回してシャワーを止めた。

「なんだよ、火傷するじゃないか!」

 コウキはそこで初めて、水とお湯をいい加減で混ぜる必要があることに気が付いた。両方のノブをうまく調整して適温にする必要があるのだ。

 今度は慎重に、赤と青を少しずつ上げて適温に調整した。お湯の熱さを確認してからシャワーを浴びた。温度調整には不便を感じたが、手動で動かせる仕組みが付いていること自体はありがたいことだ。

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