第5話 アンドロイドの『ユメ』①

 コウキは帰宅してすぐにシャワーを浴びた。こんなに飲んだのは久しぶりだった。熱めのシャワーで余計に頭がクラクラした。その日は無理をせずに、すぐにベッドに入った。


 翌日、目が覚めると昼過ぎだった。カーテン越しの外の明るさで、それが分かった。

「ああ、頭が痛い」

 唸り声をあげてベッドから起き上がる。フラフラしながら台所へ移動し、水を一杯飲んだ。完全なる二日酔いだ。

「今日は仕事じゃないよね」

 話しかけると「本日はお休みです」と腕時計が答えた。

「良かった。仕事どころじゃなないからな」

 朝のトレーニングをさぼったが、起きたとしてもジョギングは無理だっただろう。

 カーテンを開けると眩しい陽射しが室内に差し込んできた。少しだけ気持ちがシャキッとした。

 みんな、今日も会社かな。昨晩のことを思い出す。あんなに飲んでも出社しているであろう人たちのことを想像すると、何だか申し訳ない気がした。同時に、自分だけ取り残されたような気がした。

 母親にでも電話するか……そう考えたが二十歳半ばの男が、寂しいから母親に電話するのも恥ずかしい気がした。まあ、母さんは喜んで話してくれるだろうけど……そう思ったが、掛けるのは止めることにした。

 今日は一日、特段の予定はない。頭痛がするので外出する気分ではない。かといってベッドに戻りたくもない。うるさい音楽を聞きたいとも思わない。

 そのとき、コウキの頭に一つの案が浮かんだ。

「……そうだ。久しぶりにアレを動かすか。ねえ、充電できてる?」

 腕時計に問いかけると「いつでも動かせるようにスタンバイしてあります」と即座に返事があった。さすが、良くできたコンピュータだ。そう思いつつ、コウキは別室に移動した。そこは、物置のように使っている狭い部屋。

 中に入った壁際に女性が立っていた。女性といっても人間ではない。アンドロイドだ。非常に精巧に作られており、肌の質感は生身の人間にそっくりだ。

 茶色い髪に、派手なマニキュア。大きな胸の谷間が垣間見えるタンクトップに半ズボン。コウキの好みに合わせて作られたものだ。

 派手な音楽が好きなコウキは、それに似合うアンドロイドを注文した。これは、いわばアンドロイド彼女だ。この時代ではよく使われている。人によっては、アンドロイド妻、アンドロイド息子と一緒に暮らしている人もいるほどだ。外見だけでなく、性格も好みに設定可能。会話のキャッチボールも自在にこなす。

 コウキは、一日中、アンドロイドと過ごすのには抵抗があった。なので、気が向いたときだけ起動した。しばらく使っていないアンドロイドには、薄っすらと埃が積もっていた。可哀そうな気がしたので、動かす前に埃を取り払った。


 コウキが「起動」と指示を出すと、腕時計が「了解です」と短く返事をする。その直後に、直立していたアンドロイドが目を開けた。首をコウキの方に向けると、体全体が唐突に人間の動きを取り始めた。

「コウキ君、何よ! 三カ月も停止させるってどういうこと!」

 怒り顔をしてコウキに詰め寄った。コウキは「まあまあ」と言いながら手で制した。

「もう、私の気も知らないで」

 頬を膨らませて怒る姿がとても可愛らしい。コウキの好みに合わせてあるのでそう思うのも当然だった。

「ねえ、朝ごはん一緒に食べない?」

 コウキは、話題を逸らすように提案をした。

「いいよ、何か作ろうか? お昼ご飯かな。パスタでいい?」

 アンドロイドは、怒った顔を笑顔に切替えて即座に返答をした。

「いいね、宜しく頼むよ、ユメ」

 コウキはアンドロイドに『ユメ』と名付けていた。特段の意味はない。短く呼べて、可愛いと思ったからそう名付けた。コウキが部屋を出るとユメもあとに続いた。

「座って待っていてね」

 ユメが台所で料理支度を始める。見た目が派手な割に献身的だ。それも、そういう設定にしてあるだけなのだが。

 ユメの調理方法は特殊だ。食物生成機でいきなりパスタを作ることもできるが、そうはしない。食物生成機で作るのは『材料』だ。コウキの部屋の台所には、電気加熱機とフライパンなどの調理器具があった。母親から送られてきたものだ。コウキは自分で使うことはないが、この時だけそれらが役に立つ。ユメは生成した材料を使って巧みに料理する。コウキは、その様子を眺めるのが好きだった。


「はい、完成~」

 皿に盛られたカルボナーラスパゲッティを両手に持って、ユメがテーブルまで運んできた。

「うまそう!」

 濃厚なソースの香りが食欲をそそった。

「いただきます!」

 二人で手を合わせて食べ始める。

「あら、自分で言うのも何だけど、おいしいわね」

 ユメが自画自賛するが、コウキも同意見だ。よくあの材料からこれだけの料理ができるものだと感心した。寂しい気持ちが和らいできた。

「ねえ、仕事は順調?」

 フォークに絡めたスパゲッティを口に入れながらユメが問いかける。

「ああ、みんないい人で楽しくやっているよ。昨日なんて、珍しく社長と同僚で飲みに行ったんだよ」

 コウキも順調にスパゲッティを食べ進めながら前日のことを思い出す。

「もしかして、若い子もいるの? 浮気は許さないからね」

 そう言って、ユメはハッと手を口に当てた。そして「ごめんなさい」とうつむき加減で謝る。アンドロイドが生身の人間同士の繋がりに口を出すのはご法度だ。

 コウキはその姿を見ていじらしく思った。アンドロイドに感情移入をするのは避けたいと思っていたが、ついその考えが揺らぎそうになる。

「若い女性はいないよ。みんな、年上」

 コウキが笑顔を向けると、ユメも安心したように笑みを返した。

「飲み会でどんな話したの?」

「どんな理由で今の会社を選んだのかって話。それがね、みんな色々で意外だった。人ってそれぞれ思いが違うんだなって感じた」

 ユメは「ふーん」とつぶやいて聞いてはいる。あまり興味が湧かない話題なのかもしれない。そんなところまで生身の人間そっくり。そこで、コウキは意地悪な質問をすることにした。

「ねえ、ユメ。俺が『意外だな!』っていうような話をしてみてよ」

「意外? ユメには難しいよお」

 ユメは腕を組んで考え始めた。「うーん」と、うなり声で悩みはじめた。意地悪な質問だったかな、コウキは少し後悔した。

「そんなの無理だよ」と軽く断ってくれればそれで良かったのだが、ユメは首を捻りながら真剣に考えている。

 ユメが得られる情報はコウキからだけだ。意外なことなんて無い。無理難題を押し付けてしまったのかもしれない。

「もういいよ。さっきのは忘れて」

 コウキは悩むユメを可哀そうに思い、開放してあげることにした。

「あれ?」

 なんだか不自然だ。ユメがまばたきをしていない。考えたポーズのまま動かなくなっている。人間だと乾いてしまうほどパッチリと目を大きく見開いている。アンドロイドだから実際に目が乾くことはないが、動いている間は人間と同じようにまばたきする。さっきまで人間のように振舞っていたユメが、目を開けたまま固まるのはおかしい。

「……ユメ? 何かのお芝居か? これが意外なこと?」

 その問いかけにも返事はない。

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