第4話 ここにいる理由
終業のベルが鳴ると全員が帰り支度を始めた。この会社に残業はない。そもそも、今の時代で残業なんて聞いたことがない。
四人はエレベータで一階に移動して、ビルを出た。あらかじめ手配していた自動運転車で社長の知り合いが経営する和食店に向かった。
「外で飲むのは久しぶりですよ」
店に入ると、コウキは
「こちらのお席をご用意しています」
和服を着こなした
「好きな物を頼んでくれ。今日はワシがおごるぞ」
「私、ビール!」とミエコが豪快な声をあげる。その横でユウカが、小さく手を上げて「私も」とつぶやく。結局、全員がビールを注文した。
「では、コウキ君、乾杯の音頭を頼むよ」
「ぼ、僕がですか?」
突然、振られて戸惑う。
「まあ、無理強いはしないが」
と申し訳なさそうな社長を見て、コウキは仕方なく引き受けることにした。
「時々しか出社しない僕ですが、ここで働けて楽しいです……」
深く考えずに言葉を口にすると、しんみりしてしまう内容になってしまった。
「そう言ってもらうと、ワシもうれしい。じゃあ、乾杯!」
社長が上手く雰囲気を作ってくれ、乾杯が終わった。
そのうち、料理が運ばれてきた。刺身、天ぷらなど和食のフルコースはどれも美味しい。皆、勢いお酒が進んだ。
……みんな思ったより飲むなあ、コウキは皆の飲みっぷりに驚いた。社長とミエコはいつのまにか熱燗を頼み、互いに注ぎあっていた。
ユウカは、ビールと日本酒を交互に飲んでいる。赤くなった顔が妙に色っぽく見えた。
「ねえ、コウキ君」
いつもはシャキシャキと話すユウカが、酔いのためかゆっくりと舌が絡まったような声になっていた。
「な、なんでしょう」
上目遣いで話すユウカの視線にドキッとしながら、コウキは背筋を伸ばした。
「この会社に入るとき、どんな要望を出したの?」
皆、それぞれに望むもの、優先したい事がある。それを政府の巨大コンピューターが上手く引き合わせてくれる。どんな望みを持ってるのかを他人に話す必要はない。なので、この質問は避けるのがマナーだ。
しかし、酒の力もあってコウキは不快に感じなかった。むしろ、ユウカに自分の話を聞いてもらいたい気分だった。なので、隠さずに話した。
聞き終わったユウカは、コウキの話した内容を反復しながら一つ一つ、コメントをした。
「上司が厳しくないこと……確かに社長は優しいわね。服装が自由なこと……うん、そのシャツの柄は普通のオフィスに相応しくはないわね。うちみたいに服装が自由な会社じゃないと。あと、過度なノルマがないこと……確かにノルマはないわね。でも、コウキ君の処理速度だと、ノルマなんて気にしなくても十分に達成しているわね」
弟を諭すように話すのを見ていると、コウキは逆にユウカがこの会社にいる理由が知りたくなった。
「もし、差し支えなければ、ユウカさんがここにいる理由、教えてくれませんか?」
職場だと軽く流されてしまう質問だが、コウキの真剣な目線からユウカは逃れられなかった。
「私の? そんなこと聞きたいの?」
たいして面白くもないわよ、と言いたげな感じで視線を
「聞きたいです。それは、ひ・み・つ、っていうのは無しですよ」
ユウカは「うーん」と少し悩んだ素振りをしたあと、話を続けた。
「私ね古い古い、大昔のドラマが好きなの」
「僕も好きです。古い古い激しくうるさい音楽が」
古い時代のものが好きという共通点を見つけたコウキは、つい話の腰を折ってしまった。しかし、ユウカは気にせずに続けた。
「まだ、人が仕事で生計を立てていた時代のドラマ」
ユウカは何かを思い出すように宙を見上げた。
「それって千年も前のことですよね。僕もその時代には興味があります。どんなドラマなんです?」
「バリバリ働く女性のお話。当時の会社では男性の方が強かったのだけど、その女性は猪突猛進で仕事に励み、男性をドンドン見返していいくの。苦労しながら、泣きながら。時には浴びるほどお酒を飲みながら」
「ユウカさんみたいですね。仕事熱心で」
「私は違うわ。男性を見返したいと思ってもないし、猪突猛進でもない。でも、その主人公をカッコいいなって感じたの。その女性がいたのが経理課だったってわけ」
なるほど、ユウカは『経理』という仕事を体感したかったのだ。そんな理由が会社を選ぶ動機になるなんて意外だ。考えたこともなかった。人の思いは様々だと気付かされた。
「なになに、若い二人でひそひそ話?」
途中から聞き耳を立てていたミエコが会話に割って入ってきた。目は虚ろで舌は完全に絡まっている。相当、酔っている。社長の顔は真っ赤。こちらも、酔いが回っているのが一目瞭然だった。年配同士の会話に飽きたらしく、ミエコも社長も二人の会話に入りたくなったのだろう。
「ミエコさんは、なぜこの会社を希望したんですか?」
コウキはもう少しユウカと話がしたかったが仕方がない。それほど興味は無かったがミエコにも同じ話題を振ってみた。
「私……うーん。だいぶ昔のことだから忘れちゃったわ」
「思い出してください。会話が噛み合わないじゃないですか」
話に割り込んで来たのはミエコの方だ。ここは、ちゃんと話してもらおう。
数秒沈黙したあと、ミエコはゆっくりと言葉を継いだ。
「私、早くに旦那を亡くしたんだよ。子供もいなくてひとりぼっち。それで、若い人と楽しく働ける場所を希望したのよ。理由はそれだけ」
一人で過ごすが好きなコウキには理解がしにくかった。いつ寝ても、いつ起きても誰にも迷惑は掛からない。好きなものを食べ、お気に入りの音楽を流す。一人でいるのはいいことしかない。そう思った一方、年を取ると変わるのかもしれないとも思った。しかも、結婚していたのなら、なおさらだ。誰かと住むのに慣れていたのに、突然一人になるとそんな気持ちになるのかもしれない。
もしかしたら、子供が欲しかったが出来なかったのかもとも思った。『若い人と楽しく働ける場所』というのは、面倒を見て上げれる人と働きたいという意味なのかもしれない。そう考えると、コウキを気遣い、世話を焼いてくれる理由が分かった気がした。
「次は、社長! 女性二人が告白したんだからね」
ミエコが社長に詰め寄った。ユウカも笑いながら「そのとおり、そのとおり」と
「ワ、ワシか……。くだらない理由だからな」
社長は薄くなった頭をポリポリと
「社長……社長がやりたかったんだよ。でも、ワシの力量で大企業の社長は無理。なので、小さい会社で社長がやりたいと希望した」
「そんなに、社長ってやりたいものなのですか? 給料はいいかもしれないですけど、今の時代、給料の上下なんて意味ないし」
コウキは酒の勢いで少々、失礼な質問をしてしまった。しかし、社長は特段、気にする様子は無かった。
「小さい集団でいい。皆で力を合わせて働き、苦楽を共にできる集まりを作りたい。それがやりたことだったんだよ」
社長の気配り、フォロー、優しさは目を見張るものがあった。
「じゃあ、社長はそれを実現できていると思います」
普段だと恥ずかしくて言えないことを、コウキはお酒の後押しもあり口にした。社長は照れ臭そうにしているが、嬉しそうな笑みを浮かべた。この言葉は本心だ。社長がいい雰囲気を作ってくれているおかげで、辞めずに勤め続けられているのだ。
その後もしばらく飲み続けた。職場では出来ない話を沢山した。最後は店の前で社長の号令で万歳三唱をして解散。各々別の車に乗り帰路に着いた。コウキは、皆と分かり合えた気がしてうれしかった。
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