捜査ファイル 8
白川と金森は昼前にF市に到着。そのまま南署に直行した。刑事課の面々が優しく迎えてくれる――なんてことはなく、ほとんどの捜査員が出払っていた。課長を含む残る面々も忙しなく動いている。もちろん事件に臨む警察署の捜査員としてはこれがあるべき姿なのだろうけど、東京に行く前と後で打って変わってのこの状況に少々驚いた。
「まさか新しい事件か?」
金森は自分たちが東京へ行っている間に大きな事件が起こったのだと考えたらしい。ほとんど独り言のようなつぶやきを耳ざとく聞いていた課長がその言葉を否定した。
「違うよ。田嶋ハルの事件について県警からお叱りがあったんだよ」
課長はやれやれと両手を上げ首を左右に振った。
課長曰くちょっとした祭りになってるという話だった。祭りと言っても現実のそれではなくネットのお祭りだ。いわゆる炎上。何が炎上したかというのは言わずもがな、田嶋ハルだ。
事情をよく知らない者が上っ面の情報だけをみて警察に連絡を入れてきたのだそうだ。それも一件や二件ではなく数十件を超えるという。ただし、先も言った通り上っ面の情報だけしか知らない人間はその事件がどこで起きていてどこの管轄かなど知るはずもないし調べもしない。数十件あった好奇心の塊の大半は警視庁、残りはF県警に寄せられた。ちなみにここ南署に寄せられたクレームはゼロだ。どうやら例の掲示板の騒動がリアルに波及し始めているらしかった。
「県警がさっさと解決しろってこっちに命令してきたと」
警視庁からF県警にF県警から南署にという具合だ。それしても警視庁から直々にクレームが入るとは珍しい。そういうのはよほど大きな事件でない限り内々で処理して適当にやり過ごすものだ。
「そうだね。どちらかと言うと事件解決に関する文句というより、こっちの情報統制に関するクレームだね。で、何かやらかしちゃったわけ?」
「うっ……」
課長の言葉に白川は苦笑いを浮かべるしかなかった。
警察が田嶋ハルの事情聴取を行ったという情報はどこから漏れたのかについては警視庁も県警も知らない。白川は確証はないがと前置きして事情を説明し頭を下げた。
「なるほど。出版社に直接ね。そりゃ軽率だったと言わざるを得ないね」
「本当にすません」
「起こってしまったことは仕方ないさ。それにそうでもしないと田嶋ハルの所在はわからなっかたわけだしね。まあ、そのおかげで捜査員たちはいつも以上にやる気になってるわけだし、よしとしよう」
いつもやる気がないわけじゃない。捜査の内容によって気合の入り方が変わるというだけの話。今回の白骨遺体遺棄事件に関して言えば緊急性がないと判断され皆通常運転だったに過ぎない。
「というわけだから二人にも早速働いてもらうよ」
「はい」
もとより白川はそのつもりだ。白川の返事を受けると課長は真面目なトーンで話し始める。これぞ刑事と言わんばかりの鋭い目つきに変わる。
「まずは君たちが東京に行っている間に判明したことからだ。白骨遺体のDNA鑑定の結果が出た。結果は石橋緑のもので間違いないとのことだった」
「なるほど。つまり東京に行く電車内でもらった報告と合わせると、確実にここ三週間以内に石橋緑の白骨遺体を山に埋めに行ったやつがいるってことだな」
「やつ……? そういう言い方をするってことは田嶋ハルは白だったわけかい?」
ちょうどいいと判断し金森は東京で田嶋ハルこと林ミサキの事情聴取の結果を報告した。そして、自分たちが導き出した推理も一緒に語った。
「共犯者か……」
課長が唸る。
「そう考えるのが自然かと」
「いや、それで合点がいったよ。実はこれまでの聞き込みで、遺体が見つかった山の麓付近で怪しい人物を見たという報告が一件だけあってね。しかし“男”って話だったからどう判断したものかと思ってたところだよ」
「男? もしかしてその人は無精髭でメガネにコートを羽織っていませんでした?」
白川が訊くと課長が目を丸くする。
「なんだいなんだい。よくわかったね」
「やっぱり」
「おい白川どういうことだ」
白川は『タナトスと踊れ』の作中でエースが行う変装のことを語った。現実で起きた事件で言うところの仲邑厚子が殺された事件だ。あの事件での目撃証言とも合致している。
「男装か。そいつは盲点だったね」
「ちなみにどう怪しかったんだ? 無精髭にメガネでコートなんてふつうに街歩いてそうだけどな」
「その人物は自転車に乗っていて、大きな黒いリュックを背負っていたらしいんだが妙に挙動不審だったらしい。大して速度も出さずにキョロキョロと周囲を確認していたから強く印象に残っていたらしいね。あと目撃情報があった近辺では見かけない人物だったとも。しかも目撃されたのが二十日程前で、ちょうど強く雨が降った日の翌日だったって話だよ。土も柔らかくなって穴を掘るにはうってつけじゃないか」
課長の言うとおりだ。そして何よりの収穫は真犯人はミサキとは別人、エースが存在していたということがわかったことだ。あとはそのエースが逃亡していないことを願って捜しだすのみだ。
――――
白川たちはその日の午後から捜査に参加したがめぼしい情報は得られなかった。翌日も捜査は続く。証言にあった怪しい人物がここ近辺では見たことがないという情報から、犯人は遠方からやってきた可能性を考慮して捜索範囲を広げての捜査となった。
白川と金森は現場から少し離れた場所で聞き込みを行っていた。めぼしい情報が得られないまま昼を迎えようかという頃だった。金森のスマホに課長から直接連絡が入った。その声は白川の耳にも漏れ聞こえていた。
そして、その内容は我が耳を疑うものだった。
林ミサキが何者かに襲われた。課長はたしかにそう言ったのである。
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