捜査ファイル 9

 白川と金森は結城秋彦の履歴書に記載されていた住所に向かった。そこは街の中心から少し離れた場所にある団地だった。団地の近くにある公園からは子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。和やかという言葉がしっくりくる一画だった。

 部屋番号を確認して部屋のブザーを鳴らすと、秋彦の母親と思われる四十後半ほどの女性が出てきた。白川は自分が警察だと告げてから秋彦の所在を訊ねた。

 すると女性は白川の質問に答えず、取り乱した様子で「息子になにかあったのか?」「それとも何か事件を起こしたのか?」と詰め寄ってきた。見かねた金森が間に割って入った。


「市内の山中で白骨化した遺体が発見された事件ご存知ですか?


 秋彦の母親はええと緊張した面持ちで頷いた。


「新聞で見た覚えが」


「そうですか。実はお宅の息子さん。秋彦くんが第一発見者なんですよ。それでもう一度詳しい話をと思いましてね」


「秋彦が!?」


 秋彦の母親は口元に手を当て大層驚いていた。どうやら秋彦は母親に遺体を発見したことを話してはいなかったようだ。

 金森の説明で納得したのか母親は落ち着きを取り戻し、秋彦は今別宅にいると教えてくれた。別宅の住所を訊き、二人はその場所へ向かった。


 ――――


 そこは何もない閑散とした場所。擁壁の上にポツンと建つ一軒家。白川は間の抜けた表情でその家を見上げていた。


「おい、何ぼさっとしてる」


「似てる……」


 白川がポツリとつぶやく。


 その外観が『タナトスと踊れ』でエースが根城にしていた家によく似ていた。


 二人は擁壁を上がり玄関の前に立つ。金森は目で白川に合図を送る。白川は気を引き締め家の呼び鈴を鳴らした。屋内に響く昭和を感じさせるピンポンという音が外まで漏れ聞こえてくる。返事はない。しばらく待っても動きがない。


「なんだ、留守か?」


 金森が焦れたように組んだ腕を揺する。白川がもう一度チャイムを押そうとしたところで屋内から物音が聞こえてきた。足音が近づいてきて、玄関の曇りガラス越しにもぞもぞと黒い影が動くのが見えた。戸の鍵を開ける音がしてガラガラと玄関が開いた。


「お久しぶりです。白骨遺体事件に関してもう一度お話を伺いたくて――」


「チェックメイト、ですか……」


 白川の言葉を遮るように結城秋彦が諦念したように言葉を漏らす。そして――


「わたしが犯人で間違いないですよ」


 秋彦の突然の告白に白川と金森は目を瞬かせる。


「あれ? もしかしてわかってなかったんですか?」


 秋彦は首を傾げた。


 白川と金森はそのまま秋彦を連行した。正直驚きを隠せなかった。任意で話を聞くつもりだっただけなのに突然自首したからだ。にわかには信じがたいことだった。なぜなら小説の主人公は女性で秋彦は男だからだ。いや、よくよく思い返してみると小説内にエースの性別を言及する描写があっただろうか?


 兎にも角にも、それはこれから始まる取り調べで明らかになることだ。


 ――――


 署に戻るとすぐに秋彦の取り調べが始まった。聴取は金森が担当し書記が一人付いた。隣の部屋ではマジックミラー越しに刑事課の面々がそれを見守っていた。全員が興味津々だった。秋彦は至ってふつうの青年だったからだ。そんなふつうの人間がどんな心境で殺人という行為を行ってきたのかと。

 しかし、いざ取り調べが始まると、すぐに異様な事態が起こった。秋彦は金森の質問を無視し、落ち着きなく室内を見回し、時折思い出したかのように金森に訊ねる。「警察官は何人くらい働いているのか」、「ドラマのようにカツ丼は出るのか」等々。もちろん金森は応じない。秋彦を諌め質問に答えるよう促す。だがそれでも秋彦は自分が知りたいこと興味のあることを優先し金森に訊ねた。あまりの自由気ままぶりに金森が声を荒げる一幕もあったが当の秋彦はどこ吹く風、まったく効果はなかった。


 そんな様子を見ていた刑事課の面々は、誰もが秋彦はふつうではないと思い始めていた。そんな中、白川だけは金森と秋彦のやり取りに“妙な既視感”を覚えていた。


 到底取り調べとは言えないやり取りが続く。変化が現れたのは開始から十分が経とうとしていた頃だった。


 目に見えて秋彦の様子がおかしくなった。自分の質問に答えてくれない苛立ちからか、癇癪を起こした子どものように暴れ出したのだ。金森がマジックミラーに向かって手招きすると、それを見た数人の警官が取調室へと走って秋彦を取り押さえる。


 床に組み伏せられた秋彦が叫ぶ。


「ノート! 鉛筆! ノート! 鉛筆! ノート! 鉛筆! ノート! 鉛筆!」


 理由のわからない叫びに警官たちが困惑する。


 しかし、隣室で動けずにいた白川だけが秋彦の叫びの真意を捉えていた。秋彦の叫びを聞いて先程の既視感の正体に思い至ったのだ。

 白川は部屋を飛び出し、刑事課の自分のデスクへと走った。そこでノートと鉛筆を持って取調室に入った。


「おい、何をやってる。勝手なことはするな!」


 白川に気づいた金森が注意するも、白川は金森の静止を跳ね除け秋彦の前に立った。すると、暴れていた秋彦の動きがピタリと止まる。白川を見上げる秋彦の瞳が大きく見開かれる。すぐにその視線は白川の右手に握られているノートと鉛筆に注がれる。


 白川は腰を屈めて手にしていたものを差し出す。秋彦がゆっくりとそれに手を伸ばす。ノートと鉛筆が秋彦の手に渡ると先程までの事態がまるで嘘のように彼は落ち着きを取り戻した。


 秋彦を取り押さえていた面々が身を引いても再び暴れ出す様子はなかった。


「ったく。余計なことを」


 金森は頭を掻きながら悪態つく。一方で、厄介事が去ってホッとしている様子だった。と同時に取調室内に微妙な空気が流れる。一連の出来事が一体何だったのか、口にせずとも誰しもが察することができていた。


 結城秋彦は普通ではないのだと……


 …………


 一騒動の後、秋彦は憑き物が落ちたように素直になった。無駄口は一切言わず、訊かれたことには素直に答えた。


 名も知らぬライダー、石橋緑、仲村厚子、葛西知世を殺し林ミサキを襲ったのは自分で間違いないと語った。


 ライダーはムカついたから、石橋緑は最初は身代金誘拐が目的だった。仲村厚子は騙されたから、葛西知世は衝動的に。そのどれもが『タナトスと踊れ』の中でエースが犯行に及んだ理由と同じだった。


 そして直近、林ミサキを襲った目的は彼女に盗作の事実を認めさせることだった。そのために秋彦は地下の部屋の床下に埋めた石橋緑の骨を掘り返し小説のモデルとなった山に埋め直した上で第一発見者として警察の前に姿を見せたのだと語った。

 発見された骨の配置がおかしかったのも、目印の石の塗料に違和感があったのもすべてはそのせいだった。さらに秋彦はネット上の田嶋ハルのファンが集うサイトの掲示板にそれとなく小説の内容と現実の事件がリンクしていることを示す書き込みを行った。それでも林ミサキは盗作の事実を認めることはなかった。だから彼は自ら彼女のもとに赴いて制裁を加えた。


 秋彦の供述を聞いて金森は「ネットで田嶋ハルの小説は自分が書いたものだと主張すればよかったんじゃないか」と訊ねた。


「それは無理ですよ。だってあの小説は『だれにも読まれなかった小説』だったんですから。その存在を知っているのは書いた本人であるわたしとそれを盗んだ林ミサキだけ。しかも彼女は当時わたしが名乗っていた『田嶋ハル』というハンドルネームまで盗むという徹底ぶり。

 そんな状況でわたしが「それはわたしが書いたものだ」と主張してもその言い分が通ることは絶対にないでしょう。厄介なファンがなにか適当なことを言って騒いでいる、くらいの認識で終わってしまう。加えてその事実が林ミサキの耳に入れば対策を打ってくる可能性もあった。だから言えなかったんです」


 事情聴取はその後も続いた。


 そして秋彦は小説外で起こしていた事件も自ら語りだす。油が乗ってくるとより饒舌になり、まるで講談師のようにその時のことを仔細に語りだす。それを目の前で聞かされていた金森は、秋彦の異様さに圧倒されていた。


 まるで自慢気に語る秋彦をマジックミラー越しに見る白川はその様を見て底しれぬ恐怖を抱いた。


 おそらく、これが世に言われるサイコパスなのではないかと。

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