第4話
武器を整備した翌日は調子を確認したくなる。
オレは防衛都市から少し離れたところを訪れた。この場所は都市の近くで活動する人も、都市から離れて活動する開放者からも見向きされない場所なので、オレのように武器の試し斬りや魔法の試しの試し撃ちをする人には格好のスポットなのだ。
倒したゴブリンの素材を回収し、整備された刀を見る。刃こぼれひとつなくまだまだ使えそうに見える。
「…… まだ、使えるよな」
ポツリと呟く。
オレの呟きは広い荒野に消えた。
しばらく試し切りを続けていると手持ちがいっぱいになった。試し斬りの予定だったので普段愛用している鞄よりも容量の少ないものを使っていることもあり、予想よりも早くカバンがいっぱいになってしまった。
「帰るか」
納刀し、バイクの荷台に荷物をまとめる。しっかりと落ちないようにロープで固定する。
バイクにまたがろうとしたところで、今までなかった気配を感じ、バイクから距離をとり、気配のする方向を見る。
視線の先にはオーガがいた。
身長約3メートルの身長に赤い皮膚、大きな一本の角。手に持っているのはオレと同じくらいの大きさの棍棒。あんなもので殴られたらひとたまりもないだろう。
オレは今、困惑している。
「なんでオーガがこんなところに」
オーガは普通、通称鬼ヶ島と呼ばれる離島を縄張りにしている。ここから一番近い所だと淡路島がオーガの生息地だ。ここから直線距離でも50キロメートルはある。
それに、オーガは船を作ることができるほどの技術力がないため基本的に島の外から出てくることはない。泳いで海を渡ろうにも、海にはモンスターが生息しているので陸地での戦闘に特化しているオーガが水中戦に特化している海の魔物に水中で勝つことなどほぼ不可能だ。淡路島から本州の間の海域は外洋と比べると弱いモンスターが多いが、サメ系のモンスターもいないわけではない。オーガが単体で海を渡ることは不可能と言っても過言ではない。
とまあ、いろいろ述べたが、そんなことはどうでもいい。問題はオレが生き延びることができるかどうかだ。
解放者は命をかけてモンスターと戦う職業ではあるが、自分から望んで死にたいというわけではない。もちろん、中には死ぬなんて怖くないとばかりにモンスターに特攻する奴もいるが、そんなのはごく一部だ。大多数は命が惜しい。当然おれも多数派で、何よりも自分の命が一番大切だ。
オーガの足は速くないのでバイクに乗れば余裕で逃げ帰ることができる。
しかし、いくらオーガがノロマでもバイクに跨り、エンジンをかけるまでには攻撃を終えている。そうなってしまえば、オレなんかバイクごとミンチになってしまう。
残された選択肢は一つ。
ーー ここで、オーガを倒す。ただそれだけだ。
抜刀し、構える。
こちらからは動かない。
先手必勝なんて言葉はあるが、必ず勝てるとわかっているから先手を取るのだとオレは思う。ゴブリンやコボルトのようなザコモンスター相手にわざわざ先手を譲る必要はない。さっさと倒して数を稼ぐ方がいいからな。
しかし、勝つか負けるかわからない相手に考えなしに突っ込んでいくなんて馬鹿のすることだ。しっかりと相手の動きを見極めて倒す。これが定石だとオレは思っている。
どうしても急がなければいけないことを除いて、相手が同格以上だと先に動くことは愚策に過ぎない。
モンスターとの戦いに駆け引きなんて大そうなものは無い。モンスターに知性が存在しないのだから当然と言えば当然だが。
そして、大抵の場合、最初に動くのはモンスターだ。奴らは本能に従いオレたちに襲いかかってくる。そのため、よっぽどのことがない限りモンスターがこちらの動きを待つことなく、全力で襲いかかってくる。
棍棒を振り上げたオーガが突進してくる。
100メートルを12、3秒ほどののスピードでオレの倍は体の大きなオーガが、オレと同じくらいの大きさの棍棒を振りかざして迫ってくる様は恐怖でしかない。
足が動かなくなりそうになるが気合いで動かす。
鍛冶場の馬鹿力なのか、いつも以上に力が入ってしまいわずかに体勢がぶれる。解放者になると決めた日からトレーニングは欠かしたことがなかったので、少し体勢が崩れたとしても刀を振るうことが出来ないということはない。
ギリギリでオーガの棍棒を躱すのと同時に足を斬る。
キィンと何かが弾ける音が鳴った。
手に持っていた刀を見ると同時にストンと、地面に何か鋭いものが刺さった。
刀身は半ばで綺麗に折れている。
オーガの足は傷ついているが、その太い足には少しの傷など擦り傷と変わらない。全く刀の対価に釣り合っていない。
姿勢が崩れなければ刀を犠牲にせず足を斬ることができた。そう思うだけの自信があったし、研鑽も積んできた。まだ、魔力を纏わせなければ斬ることが出来ないが、今使っている刀より少し劣る練習用の刀で鉄を斬ることができる。今斬った感覚ではオーガの足は鉄と同じか少し硬いくらい。完璧な動作で刀を振るえば斬れないはずがない。
刀が折れ、少し動揺しているところにオーガが体を反転させて追撃してくる。今の装備ではどう頑張っても防御不可なので地面を転がって回避する。
急いで体勢を立て直し、折れた刀を構える。半分折れてしまったが、逆にいうとまだ半分残っている。間合いなど諸々の調整はしなければいけないがまだ十分に戦える。
それに、オレの武器は刀だけではない。魔法もある。刀に比べると練度は低いが、折れた刀と合わせると十分な戦力になる。
息を吐ききると同時に再びオーガが突進してくる。僅かにだが足を斬られて怒っているのか、最初の突進よりも勢いがある。
バックステップで棍棒を避け懐に入り込む。
先ほどつけた傷を狙い刀を振るう。今度刃が欠けること無くオーガの足を斬る。
足を封じたのでもう余裕で逃げ切ることができるだろう。しかしながらこのまま帰るという選択肢はオレにはない。
赤字のまま帰るなんて出来ない。
膝をついたからといって油断していると殺される。まだ強力な両腕が残っている。
振るわれる両腕をしゃがんで避ける。
魔力を足に纏わせ、脚力を上げる。腹から首にかけて斬りあげる。
オーガはのけぞるが、まだ死んでいない。首に腕を振り刀を刺す。かけて短くなった刀身が貫通し、オーガは消えた。
肩で息をして空を仰ぐ。折れた刀を天に翳し、鞘に収める。折れた刃は丁寧に布で包みオーガの素材と一緒に鞄にしまう。
バイクに跨り家路につく。その日は何もしなかった。
英由依の英雄譚 冷水湖 @2236944
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