第3話

 解放者は危険が伴う仕事だが、その分身入りもいい。収入にばらつきはあるが、平均すると同世代と比べて倍近くある。

 オレは今年解放車を始めた人の中では稼いでいる方なので収入は一家の大黒柱である父親と同じか少し多いくらいだ。父親も何をしているのかよく分からないが、結構有名な企業に勤めているので世間一般では高給取りの部類に含まれている。

 収入について自慢するつもりはないが、貯蓄もそこそこに余裕ができたので久しぶりに買い物に出掛けている。

「この服、可愛いな。…… オレには似合わないだろうけど」

 胸元に細いリボンの付いたAラインワンピースを手に呟いた。オレは解放者という物騒な職業を生業にしているし、一人称も男っぽい。しかし、それでもオレは女だ。女性として、最低限はオシャレに興味がある。似合う、似合わない関係なく可愛い服を着たいという欲求くらいは存在する。

 手に取ったワンピースを元の位置に戻す。

 店員が話しかけてくる。

「何かお探しですか?」

 正直言って店員に声をかけられるのは苦手だ。なんて返せばいいか分からないし、ゆっくりと自分のペースで選びたい。

「…… はい」

 またぶっきらぼうな返事をしてしまったが、店員は嫌な顔ひとつせず対応してくれる。

「それでは、何かありましたらお声がけください」

 軽く頭を下げて店員が移動する。少し先で、同じように声をかけた。

 店員が周囲からいなくなるとオレは重いため息を吐いた。社会に出て一月以上経ったが、どうもこういうことは慣れない。

 少し移動し、スカートを手に取る。足首まで丈のあるスカートは履いたことがない。と言うよりも、スカート自体、制服以外では履いた記憶がない。学校に入る前、物心つく前の写真にはスカートを恥ずかしそうに履いているものがあるが、それもたったの数枚で、あとはパンツ姿のものだけだ。

 普段の生活でスカートを履くことはまずないので久しぶりに手に取ってみたが、やはりオレにはこういったいわゆる女性らしいと言われているものが似合わないと思う。

 そう思って商品を元に戻そうとしたところで店員に後ろから声をかけられる。

「よければ試着してみますか?」

 不意を喰らったので思わず返事をしてしまう。声が裏返り、少し頬が熱くなった。

 試着室に案内され、カーテンを閉められる。

 あまりの出来事にスカートを片手に立ち尽くす。鏡に明るい髪色で右目が隠れているショートヘアの自分の姿が映る。

 今着ている服装はいつもの解放者スタイルではなくシンプルなシャツとパンツのみ。ここ数年、春夏、秋冬では異なるが、同じ服を数着購入し、それらを着回すという男とも女子力に欠けることをしていた。服に興味があっても、似合わないや、選ぶ時間がもったいないなど、いろいろ理由をつけて買わないようにしていた。

 買うつもりはないが、試着室に入ってしまったので着替えなければ勿体無い。そう自分に言い聞かせてパンツを脱ぎスカートに履き替える。足首まで丈があるが、違和感がすごい。少しのことで下着を隠すという機能がなくなってしまうのではないかと思うほど存在が頼りない。

 鏡を見てスカート姿の自分を確認する。似合っているかははっきり言って自分では分からないが、違和感しかないことだけは確かだ。

 じっと自分のスカート姿を見ていると外から店員に声をかけられる。

「如何ですか?」

 長く入りすぎていただろうか。時間を確認するが、入った時間がわからないのでどれだけ入っていたのか分からない。

 とりあえず返事をする。

「大丈夫です」

 それだけ返事をすると店員は離れていった。

 息を吐き、もう一度自分の姿を見る。今の服に合っていないので何ともいえない。いいスカートだとは思うが、自分が今のように履いている姿を想像することが出来ない。似合う、似合わない関係なく、やはりそれが一番大きい。

 再びため息を吐き、元の姿に着替える。丁寧にスカートをたたみ、試着室から出る。

 話しかけてきた店員はオレのことに気づかずに仕事をしている。

 気づかれる前に試着室から退散する。スカートを元の場所に戻し、店を出る。十分にウィンドウショッピングを楽しんだ。

 アパレルショップを出たオレは行きつけの店に向かった。時間には少し早いが、整備に出していた刀を取りに行く。

 アパレルショップのすぐ近くにある刀専門店に入ると、見知らぬ綺麗な女性がレジに座って店番をしていた。どことなく店主に似ているので、おそらくこの店の娘だろう。あの少し強面の親時からこんなに可愛い子が生まれてくるのは正直信じられない。母親の遺伝子が相当頑張ったのだろうか。

「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか」

 看板娘が可愛らしい笑顔で接客をしてくれる。これだけで解放者になっただけの価値は十分にある。

「整備してもらった刀を取りにきた。少し早くきてしまったけど、もう出来ているかな?」

 娘は少し待つよう言ってからパソコンを操作し始めた。何度か確認をすると顔を上げて返事をする。

「申し訳ございません。まだ整備が終わっていません。現在整備中となっていますので、もう少しお待ちしていただく必要があります」

「わかった。それなら待っているよ。少し早くきたオレが悪いからな。店内を少し見て回ってもいいか?」

 オレの質問に少女は眩しいほどの笑顔で答える。

「はい、お好きにご覧ください。整備が完了しましたら、お声がけしますね」

 店には刀身だけでなく鞘や、鍔などの必要なパーツが数多く並べられていた。刀身も、ただの鉄製だけでなく、モンスターの素材を研いだもの、鉄などの金属とモンスターの素材を混ぜたものとそれだけで豊富な種類がある。

 一番安いものは鉄だけで造ったものだ。魔力を込めた攻撃でないとモンスターにダメージを与えることが出来ないのに、鉄は魔力を保有していない。斬る時に魔力を刀に流さなければいけないが、鉄は魔力抵抗が銀や金などと比べると大きく、弱い魔物相手では十分だが、強いモンスター相手では心許ない。メリットとしては、他の刀と比べて切れ味と丈夫さで優っているところだろう。

 それぞれの刀にメリット、デメリットがあるが、実力者になればなるほど、鉄製の刀を使う人は少なくなる。

 今のオレでは手を出すことが出来ないほど高価な刀身にうっとりしていると、店主の娘に声をかけられた。

「刀の整備が終わりました」

「わかった。すぐに向かう」

 店員のあとを追って店の奥へと向かう。

 店の奥に行くと強面店主がオレの刀を手に待ち構えていた。気分は魔王から姫を取り返すRPGの勇者の気分だ。

「刀を渡す前に、少し話がある」

 真剣な表情で店主が言った。

 オレは頷き、店主の前に移動する。

「お前、結構無理な使い方をしているな。それなりの頻度で整備に出してきているのからまだ使えるが、そろそろ新しい武器を考えた方がいい。今使っている鉄製よりも値は張るが、モンスターの素材を使っているやつにした方がいい。お前の魔力に鉄では等身が耐えられない」

 店主の言葉にオレは渡された刀を見る。なんとなくだが、分かっていた。解放者になって最初のうちは今の刀で十分だったが、最近は一振りごとに刀が悲鳴をあげているような気がしていた。

「…… そうですか、考えておきます」

「早めに結論を出せよ。じゃないとお前自身が危険だからな」

 店主の声を背に、オレは店を出た。

 いつかは別れが来るとは理解していたが、やはり、それでも感情が追いつかない時もある。

 ゆっくりと帰路に着き、ベッドに倒れ込んだ。見慣れた天井を見上げ、これからのことを思案するが、結論は出なかった。

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