第2話

 解放者として活動し約一ヶ月が経った。

 まだ弱いモンスターとしか戦っていないが、戦闘にも慣れてきた頃だ。

 学生だった頃はちょうど毎年この時期になるとやる気がなくなり、勉強などに身が入らなくなってきたが、今は違う。4月の頭に解放者になったあの時と変わらないモチベーションで、日々活動できている。まるで、解放者がオレの天職であるかのように。

 天職で思い出したが、100年ほど前に有名な学者がオレ達人類には一人ひとり天職というものが与えられていると提唱した。

 詳しい内容は興味がなかったので覚えていないが、人には天職が生まれながらに与えられており、その天職に合ったことは伸びやすく、合っていないことは伸びにくいといった内容だ。

 例えば、魔法使いの天職を持っていると天職通り強力な魔法を使うことが出来るようになるが、その反面、剣や槍などを使った武術はどれだけ鍛錬を積んだとしても素人に毛が生えたレベルまでしか到達することができない。逆に、天職が剣士だと剣を扱うことは巧くなるが、ほとんど魔法を使うことができない。

 その学者の説が正しいかは誰にもわからないが、その説を信じている人はオレを含めて一人もいない。

 その理由は単純だ。天職という目に見えない概念を証明できた人がいないからだ。それに、仮に天職なんてものがあったとしても、自分の天職を知ることができないのだ。あったとしても意味のないものを信じる人は誰一人としていなかった。

 (それに、天職なんてものが仮にあったとして、魔法も剣も使うことのできるオレは何になるんだって話だ)

 自分という矛盾がある説にいちいち反応してられない。

 (それに、天職という存在があるにしろないにしろ、オレ達解放者がすることに変わりはない)


 今日は昨日購入した魔動二輪車、通称バイクで少し遠出をする。

 (バイクを買ったからな、しっかり稼がないと。はぁ、それにしてもやっぱりバイクはいいな。少し無理しただけのことはある)

 マットブラックで統一された車両を撫でる。この春発売されたばかりの新車はもう何年も愛用したかのように手に馴染み、頬が緩む。

 バイクに跨りエンジンをかける。重厚感のあるエンジン音が心地よくお腹に響く。

 エネルギーが満タンであることと、予備のエネルギーがあることを確認し、ハンドルをひねった。

 全身で風を切って進んでいく。5月の風は心地よく、仕事を忘れてツーリングが無性にしたくなる。

 門の前の広場で一度降り、押して移動する。理由はわからないが、門の出入りは出来る限り徒歩でなければならないのだ。

「由依さん、おはよう」

 横井とはこうして会うと挨拶を交わすくらいには仲良くなった。学生の頃では想像できなかった関係だ。

 彼女もオレと同様、一緒に行動する仲間はいない。何度か共に仕事をしたが、徒党を組もうという話は出ていない。

 いずれは一人では限界が見えて誰かと一緒に行動するようになるのだろうが、限界はまだまだ見えてこないし、もうしばらくは一人で自由に活動したいと思っている。

 チームを組まない理由の大半はそれなので、彼女もまだ一人でいたいのだろう。

「バイク買ったんだ、いいなー。解放者といえばやっぱり車かバイクだよね。足がないと近場でしか活動できないからどうしても稼ぎが、ね。私も早くバイク欲しいなー」

 横井の言う車とは魔動四輪車のことで、基本的には二人から四人乗り、多いものだと十人近く乗ることができる。個人で使う人もいるが、ほとんどはチームを組んでいる人たちが共同で使用している。

 バイクとの大きな違いは車体の中に入るということだろう。車内は空調も設備されているので、暑い夏や寒い冬でも快適に過ごすことができる。雨に濡れないという利点もあるが、体が資本の解放者は基本的に雨の日は活動しないのでにわか雨の時くらいにしかその恩恵を受けることはできない。

「少し乗ってみる? 免許がないのなら後ろに乗せようか?」

「うんん、やめとくよ。やっぱり最初は自分のバイクがいい。来月には免許も取れると思うからその時は一緒に行こうよ」

 少し考えた後横井は首を横に振った。オレも同意見なので気にすることはない。ただ、あの二つのメロンを背中で味わうことができなかったことは少し残念に思うが、横井がバイクを手に入れてから頼めば可能性はゼロではないのでその時を楽しみに待つとしよう。

「分かった。そのときは気合いを入れて少し遠くに行こう。それじゃ、行くわ」

 未来の約束をしたところで門をくぐり抜けた。

 再びエンジンをかけてバイクにまたがりゴーグルを着ける。

 サムズアップをしてハンドルを捻る。徐々にスピードが上がっていき、すぐに横井が見えなくなった。

 目的地は数百年前に栄えていた旧大阪にある大阪城。豊臣秀吉がモンスターと戦うために造った城。

 彼が活躍した時代は織田信長が城を拠点としたことをきっかけに各地にいくつもの城が乱立した。その城の多くは最終的にドラゴンのような凶暴なモンスターによって破壊されたが、大阪城のように現在まで残っている城もある。

 その残された城もモンスターによって支配されている。そのため、城の攻略は大きな目標の一つなのだ。

 今回、オレは大阪城に向かうが、大阪城にいるモンスターに挑むわけではない。

 城は防衛拠点として造られているので攻め入ることは非常に難しい。一人では到底不可能の領域にある。オレが挑むのはその周辺、かつて城下町と呼ばれていた場所だ。

 そこは、防衛都市周辺ほどではないが解放者がいるためある程度は間引きされているが、やはり数は段違いだ。

 手に負えないモンスターがいるかもしれないが、城下町にいるものは基本的に防衛都市周辺より少し強いくらいだと聞いているので、オレでも十分戦うことができる。城周辺とはいっても城下町は安全でおいしい狩場なのだ。

 

 モンスターを倒しながら1時間ほど進むと目的地に到着した。

 適当な位置にバイクを停め、城下町へと入っていく。ここからでも大阪城を見ることができることもあって、城好きからすると非常に興奮する。当然だが生で見るのはこれが初めてだ。

「よーし、ばっちりと目に焼き付けたから仕事するか」

 城下町の木造平家を出入りするゴブリンに視線をやり気づかれぬように近づく。この一ヶ月何度も繰り返してきた動きでゴブリンの首を切り落とす。

 十数回同じことを繰り返しているとあることに気がついた。

 (知識としては知っていたけど本当に少しだけど強い。攻撃力は今まで当たったことがないからわからないけど、皮膚が少し硬い。気のせいかもしれないけど)

 百匹近いゴブリンを1日で討伐すると流石に飽きてくる。この一月で素謡になら囲まれても余裕をもって対応できるほどに成長したこともそのことに拍車をかけていた。

 そろそろ違うモンスターを獲物にしようと周りを見渡すと丁度いいモンスター止めがあった。

 コボルト。身長が平均120センチとゴブリンよりも少し大きな雑魚モンスターだ。犬を二足歩行にしたような見た目で、醜いゴブリンよりは愛嬌のある見た目をしているが、凶悪な見た目であることには変わりない。見た目が犬なので牙による噛みつきを多用してくる。意外と鋭い爪も気をつけていないと痛い目に遭う。調子に乗った初心者が何人か苦汁を飲んだそうだ。

 微に入り細を穿つというわけではないが、ここにくると決めたときーーいや、解放者になると決めた時から調べられる限りモンスターについては調べている。

 コボルトはゴブリンよりも体格がある分少し強いが、オレは数匹同時にゴブリンを相手にできる。初日のゴブリンと同じで、1対1なら負けることはないだろう。

 オレと目が合ったコボルトが襲いかかってくる。その動きはゴブリンよりも速い。だいたい10から12歳の子供の全力疾走と同程度はありそうだ。

 コボルトの攻撃を余裕を持って躱す。

 カウンターといえるほど綺麗なものではないが、攻撃後の隙を狙って刀を振るう。ゴブリンならこの一撃で首と胴体が分かれるが、目の前のコボルトはこれを紙一重で躱した。

 このことに驚き一度距離を置き、体制を整える。目を離さずに見ていたコボルトも追撃してくることはなく僅かに距離を取った。

 一瞬の睨み合いの末、コボルトは前傾姿勢で突進してきた。

 最初と全く同じ行動に呆れながらも、オレはコボルトに向かって低威力の火魔法を放つ。この魔法で倒すことは不可能だが、怯ませることくらいはできるはずだ。

 想定通り、顔面に魔法が直撃したコボルトは僅かにのけ反り、怯んだ。

 その隙を逃さず刀を振るう。ゴブリンに対してよりも少し力を入れたが、半ばで刃が止まり、首を両断することができなかった。

 討伐するには至らなかったが、致命傷は与えた。放っておいてもいずれ消えるだろう。

 そう思っていると、コボルトは刀を掴み噛み付いてくる。

 思わぬ行動にギョッとする。刀で防ぐことを考えたが、火事場の馬鹿力か引くことが出来ない。

 刀を引くことを諦め、コボルトの胴を蹴る。少し苦し紛れの行動だったが、突進してきたコボルトが吹っ飛び、倒れる。

 追撃に備え、武器を構えるが、起き上がる様子を見せず泡のように消えた。

「……ふぅ」

 危なかった。蹴りでコボルトを飛ばすことが出来なければオレは死にはしないだろうが、怪我は避けられなかったはずだ。

 (正直、ゴブリンよりも少し強いだけの雑魚モンスターという知識だけで油断した。でも、次からはもう大丈夫。今の戦闘ではっきりと実力がわかった。次からはゴブリン同様、一太刀で首を落としてやる)

 ほろ苦い勝利を噛み締め、次のコボルトを探す。今日は徹底的にコボルトだけを狙う。そう決心し、オレは歩き出した。

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