英由依の英雄譚
冷水湖
第1話
5歳から始まった10年間の長い義務教育を終えたオレは、解放者になることを選んだ。
解放者とは、数ある選択肢の一つで、主にモンスターの討伐で生計を立てる人たちのことをいう。地上に蔓延るモンスターを倒し、私たち人類の領域を解放していく様子からいつからかそう呼ばれる様になった。
解放者になるのは非常に簡単だ。組合へ行き、1,000 G の登録料を支払うだけでいい。子供のお小遣い程度の金額で人気の職業に就くことができる。
そんな解放者になるためにもいくつか簡単な条件が存在する。一つ目は満15歳以上で、義務教育を終えた者。これはほとんど条件のうちに入らない。基本的にどの選択肢も義務教育を修了していることが必須条件になっているからだ。二つ目の条件は前科がないこと。解放者は全人類の希望なのでイメージを損なわないためにこの条件が用意されている。それに加えて、解放者が法を犯した場合、一般よりも重い罰を与えられる解放者特別法も存在し、解放者をよりクリーンなものにしている。
オレの解放者としての初日の朝は快晴。解放者日和だ。そんな言葉があるかはわからないけど。
正直少し興奮している。慎重に行動するつもりではあるが、経験の浅い解放者の死亡率が少し高いことにも納得してしまう。それでも、興奮するなというのも無理な話だ。防衛都市の外はモンスターのテリトリーなので、安全面から基本的に15歳未満は防衛都市から外に出ることができない。まあ、大人達も特別な要件がなければ都市の外に出ることはないけど。
初めての外に生で見るモンスター、初めての戦闘。これら全ての初めては一人で体験したい。
そう思うのはオレだけではない。同じ校舎に通っていた同級生も、この日だけは一人で外に出る。その行為が危険だと分かっていてもだ。
そんなことを思っていると元クラスメイトの横井が後ろから肩を叩き話しかけてきた。
「由依さん、おはよう。やっぱり解放者になったのね。門まで一緒に行かない?」
彼女は横井。名前は、えーと、まあいいや。元クラスメイトで、確かクラス委員長をしていたはずだ。自身の身長ほどの長さの槍を肩に担いでいる。まじめで、勉強もできたと記憶しているから大学にでも進学したのかと思っていたので意外だ。
「おはよう、横井。門までならいいぞ。それにしても、横井が解放者になるとは思ってなかったよ。てっきり大学に行くと」
「まあ、クラスでの私を見ていたらそう思うよね。でも、こう見えて私、実家が槍術の道場で、毎日鍛錬しているのよ。その辺のモンスターに遅れを取ることはないわ」
槍をコンコンと叩き胸を張る。男子の視線を集めていたたゆたゆの胸がぷるんと揺れた。
あの胸を見るなというのは無理だ。女のオレでも彼女の揺れる果実から目を離すことができないのだ。性に飢えた獣どもなら例え貧乳教信者でも自然と目で追ってしまうはずだ。
オレの視線に気付いたのか、横井は少し顔を赤くし、空いている手で胸を隠す。手で隠したからといってその存在感を隠すことはできない。むしろよりその存在を意識してしまう。
「それ以上見ると怒るよ」
少しだけ怒気を孕んだ声で注意される。ジト目で言われるため、マゾの変態には効果抜群である。オレにはそっちの趣味はないため素直に視線を逸らす。
「それじゃあ、ここで。またね」
門のそばまでくると横井は手を振って離れていく。やはり、オレだけでなく横井にとっても、初めて防衛都市の外へ出ることは特別なことのようで一人でで門を抜けた。
オレ達が暮らす第二防衛都市オストグは四方にある結界装置に引退した魔法使いやマナ量は多いが戦う力のない人達がマナを注ぎ結界を24時間365日維持している。そこから出ることが出来るのは結界の各辺に存在する門からのみ。
門の大きさは大型の車が数台余裕で通ることができるだけあるのでそういった車両のない日は出入りがスムーズになる。
噂では新たに開拓者になる人の多いこの義務教育修了翌日は車両の出入りがないと言われている。実際、今の門には車両の影はなく、人しかいない。
横井が門の前で立ち止まりこちらを振り向く。一度こちらに手を振った後表情を変え前を向いた。一拍休みを入れると門をくぐった。
それを見たオレも門の前まで移動する。後一歩踏み出せば都市の外だ。
ここまでくると今まで感じていなかった緊張が襲ってくる。緊張と興奮が混ざり合い心臓の鼓動を大きくする。
「ふぅー」
肺に溜まった不純な空気を全て吐き出す。息を吸い、肺を空気で見たしオレは最初の一歩を踏み出した。
初めて都市の外に出た感想は意外と普通だ。映像ではもちろん、結界内からも外を見ることができる。でもそれはあくまでも中からの光景で、外にると何か中とは違うのではないかと思っていた。しかし、実際は先ほど感じたように普通で、空気感も殺伐としたものではなく中と変わらないものだった。
少しガッカリしたが、私の解放者生活は始まったばかりだ。スタート地点から一歩踏み出しただけで何もかもを決めつけるのは間違っている。
オレは解放者になった時に最初に討伐すると決めていたモンスターがいる。
それは、ゴブリンだ。ゴブリンはスライムに並ぶ最弱のモンスターの一体で、緑褐色の体をしている。身長は低く、100センチほどしかない。手には少し太めの木の棒を持っているため、本当に見た目の悪い緑のクソガキに見える。繁殖力が強く、放っておくとすぐに数が増えるため、常設の依頼として組合の掲示板に張り出されている。
(いくら弱いからといって数が増えると囲まれて負ける。今なら相手は2体。しかも両方こちらに気付いていない。気づかれる前に1体仕留めればーー勝てる)
オレは腰の刀に手を添え、ゴブリンの元へ駆ける。
気がつかれたがもう遅い。抜刀の勢いでそのままゴブリンの首を刎ねる。小さな核と爪を残し、シャボン玉が割れるように姿を消した。
仲間を失ったゴブリンが木の棒を木刀に見立てて殴りかかってくる。小さな子供と同じくらいの体格なのでその動きは遅い。それでも振り下ろされる木の棒に当たれば十分痛いだろう。しかし、それだけだ。ゴブリンの体格だとどう頑張ってもオレの急所には届かない。当たっても少し内出血するだけ。その事実が迫り来る木の棒に対する恐怖心が消える。
ゴブリンの振るう木の棒を弾き飛ばし、バランスが崩れたところに一振り。綺麗にゴブリンの首が宙を舞い消える。
モンスターを討伐した証である核と残された素材を足下にオレは初めての戦闘の余韻に浸った。体が熱く、血が騒いでいる。普段なら不快なその感覚も、なぜか今は心地良かった。
しばらくすると熱が冷め、オレは現実に戻った。ここが外だと一瞬忘れかけていた。
ゴブリンが残した素材を持ってきたバックに入れる。今日一日はこの二つは売らずに残しておく。
最初に討伐したモンスターの素材を手元に残しておくのは解放者ではよくあることらしい。大抵の人はしばらく楽しんだのちに売却するらしいが、中には死ぬまで手放さない人もいるらしい。まあ、初めて倒したモンスターの素材など子供のお小遣い程度にしかならないので売らなくてもたいして困りはしない。
気分的には今日はもうこれで終わってもいいが、解放者になったためお小遣いをもらえなくなってしまったため、家に入れるお金や装備のメンテナンス代などを考えるとできるだけ稼がないといけない。
ゴブリンはもう倒したので次の獲物は何でもいい。無理のない範囲で発見次第討伐しよう。
オレは防衛都市を背に歩き出した。
ようやく始まった。オレの、英由依の物語が。
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