第5話 地下室
目が覚めると、天上が灰色だった。コンクリート打ちっぱなし。俺は両手両足を拘束されて、医療用かSM用かわからないベッドに寝かされていた。全裸だった。ここまでどうやって運ばれて来たんだろうか・・・。旦那一人では絶対に無理だ。共犯がいるんだと確信した。
俺が首を上げると、傍らには見たこともない男がいた。
物凄く色白で優男。目が大きくてイケメンなのだが、か弱すぎて妖精みたいだった。年は30代半ばくらいだろうか。内気で小心という印象だった。まさに金持ちのボンボンという感じだ。
男は近くに置いてあった、キャスター付きのテーブルを引き寄せて、その上に置いてあったアルコール綿で俺の腹を拭き始めた。その傍らには医療用のメスが揃えられていた。
「ふふ。起こしちゃいましたね。いい体してますね。せっかく腹筋を鍛えていたのに、開腹するなんて申し訳ない。最初に腹を裂いて、腸を引き出します・・・知ってます?腸を引き出しても、大動脈が傷つかなかったらしばらく死なないんですよ」
そう言って、俺の腹筋を直に撫でた。今、アルコールで拭いたばっかりなのに・・・俺はツッコミを入れたくなった。そして、男は俺の下半身に目をやる。
「ふふ。ご立派ですね。こういう体だと女が寄って来るんでしょうね」
「とんでもない。それほど、いい思いしてないですよ!」
「痛み止めを打った方がいいですか?それともそのまま?」
「痛み止めお願いします」
男は意気地のない男だと思ったのか、にやっと笑った。
「聞いてますよ。派遣社員に手を出すって人だって」
「昔ですよ。今は、セクハラになるから、そう言うのは無理です。あなた、一体どなたですか?」俺はしらばっくれた。
「A子の夫です」
「A子さん?白鳥A子さんですか?あの派遣の方の旦那さんですか?何でこんなことを・・・?」
「あなたを殺さないと気が済まない」
「でも、何故、僕を?」
「妻と浮気していたから」
旦那は悔しそうに言って、唇を嚙みしめていた。
俺はいよいよかと思って命乞いをした。
自然と涙が溢れて来る。
「いいえ。誤解です・・・奥さんとは何もありません」
「妻の携帯にあなたとのLineのやり取りがありました」
俺はおかしいなと思った。Lineはバレやすいから、A子とはウェブメールだけでやり取りしていたんだ。
「俺はLineでは連絡取っていませんよ・・・奥さんの連絡先知らないし」
男は黙った。
「俺たちはそんな関係じゃない・・・その証拠に俺はゲイだから。奥さんには全然興味はないです。だから、この年まで独身なんですよ!家で男と同棲もしてるし!」
「まさか」
「俺、彼氏いるんで・・・浮気なんかしたら半殺しですよ」
「じゃあ、妻は誰と浮気をしてるんでしょうね・・・働き始めてから、妻は変わったんです。セクシーな下着を通販で買ったりするようになりました」
「きっと僕を隠れ蓑にして、他に相手がいるんですよ・・・」
きっとそうだ。
「まさか・・・最後まで嘘をつくなんて」
「なら、奥さんはどのくらいの頻度で浮気をしてましたか?」
「毎日遅く帰ってました・・・」
「相手は俺じゃない・・・」
「あなただって妻が白状しました」
「違いますよ・・・絶対、別の相手がいるんです。俺は彼氏がいるから・・・早く家に帰ってるし。アリバイもありますよ。どうしてもというなら、会社の出退勤も見せられますから・・・」
俺、騙されてたんだ・・・。A子の本命は他にいたんだ。そいつを庇うために俺に罪を擦り付けているんだ。誰だろう・・・会社に俺よりイケメンはいないはずだ。
「こんなおじさんにあなたの奥さんが靡くわけないじゃないですか。俺、もう50ですよ!ゲイだし!」
旦那ははっとした顔をして、俺をまじまじと見つめた。
「僕は何てことを・・・」
男は女性のように両手で口元を隠した。仕草が女性っぽかった。
「警察には行かないでもらえますか?」
「いやぁ・・・いいんですよ。気にしないで。誤解が解けて何よりです。あの白鳥さんが浮気するなんて本当に意外ですよ。真面目な方だったんで。そういえば、俺、あなたの作品読ませてもらいましたよ。すごい官能的で、ファンになりました。官能小説がご専門ですか?」
「え?僕は官能小説なんか書いてませんよ。そういうのは苦手で・・・」
「あ、そうなんですか。じゃあ、きっと・・・」
あれは女が自分で書いたんだ。
俺が逃げまどって自爆すると踏んでいたんだろう。
それにしても、旦那が書いたと思わせるような不自然な描写を敢えてしたのは、随分手が込んでいると感心する。給湯室でのありえないSEX。部長の出てない会議。席の配置なんかも実際とは違っていた。
「それにしても、腸を引き出すっていうのは?どっから着想を得たんですか?」
「僕、ソーセージが大好物で・・・。いつも、手作りしてるんです」
「え?でも、それって・・・
材料はどうしてるんですか?」
腸を手洗いして、ひき肉を詰めるとしたら、最初にと殺をしなくてはならないはずだ。
「ああ。それですよね。
殺したい相手がいると、いつもここに連れて来て、ソーセージに加工するんです。
・・・ほら、あんな風に」
男は俺の足の向こう側を見た。
俺が顔を持ち上げて足元を見ると、真っ青な顔のA子が壁に寄りかかって座っていた。全裸で内臓を抜かれていた。
「あなたの前に、A子を解体しましたから・・・
ソーセージ、一緒に召し上がります?」
その瞬間、俺ははっとした。
俺がA子に喫茶店で言ったことが、現実になってしまったんだ。
自分が先に殺されるのは、想定外だったんだろう・・・。
「俺、君のソーセージ食べるよ!まだ、死にたくないもん!」
俺は叫んだ。
私刑 連喜 @toushikibu
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