別人

モノリシックサプレッサー

別人

 その日から、彼女は変わってしまった。

 俺を見る目、俺にかける言葉、俺に対する態度の、何もかもが。

 内部の劇的な変化が冷気のように外へ漏れ出して、外装や周囲に影響を及ぼしているようだった。

 ・・・でも、なぜ?


「今日は俺が料理作るよ」


「えっ・・・あなたが?」


「うん」


「・・・」


 何というか、どこかそっけない感じで、交わす会話もぎこちない。

 それは明らかに別人の対応だった。

 随分と「彼氏彼女」をやっているはずなのに、彼女はまるで会ったばかりの他人と話しているようだった。


 いつも明るく笑い、楽しげに話す彼女。

 俺は、彼女の笑顔が好きだった。

 その笑顔に、どんな時も癒された。

 その笑顔を、隣で見たかった。


 今、その笑顔は目の前にない。

 代わりに貼り付けてあるのは、他人を見るような真っ白な表情。

 細められた目は俺を疎むようで、真一文字に結んだ唇は俺を拒むようで。

 人から笑顔を剝ぎ取ったら、こんな顔になってしまうのだろうか。

 彼女の目は俺の内面を見ているようで、その実、「鈴木直人」の表面をなぞっているだけのような気がした。

 少なくとも、俺が見てきた彼女はこんなんじゃない。


「まぁ、テレビでも見て待っててよ」


「・・・分かった」


 今の彼女とは、なんとなく距離があるように思える。

 彼女は、俺から半歩だけ離れた位置に立っているようだった。

 その距離を詰めようにも、また半歩だけ後退されてしまうような気がしてもどかしい。

 永遠に埋まらない距離は、学生時代のマラソン大会を思い出す。


「ほら、出来たよ」


「・・・ん、ありがと」


 とにかく、違う。

 こんなのは、俺が求めたモノじゃない。

 前はそうじゃなかったんだ。


「いただきます」


「・・・いただきます」


 でも、なぜ違う?

 外見上、特に違和感はないと思う。

 声も変わらないし、仕草だって同じだ。

 では、何が彼女を変えたのか。


 ・・・「中身」が、違うから?


 決定的な「中身」が違うから、だろうか?

 内部の変化、いや、「すり替わり」を、本能や肌感覚感じ取っているのだろうか?

 すでに「その人」ではないことを、無意識が知っているからなのだろうか?


 ・・・いや、まさかな。

 早とちりは止めよう。

 何か決定的な証拠が出るまで、しばらく様子を探ろう。

 違う誰かが入れ替わっているという決定的な証拠。


 もし。

 もしそうだと分かれば。

 その時は、生かしておけない。

 やっと手に入れた幸せを壊すなら、俺がお前を壊してやる。


「ねぇ」


 頬杖をついていた彼女が、居住まいを正して言う。


「なに?」


 俺が彼女の目を見ると、彼女の視線は俺から外れ、テーブルの上をうようよと泳ぐ。

 そうしているうちに、だんだんと頭の角度が下がっていき、目が前髪に隠れ、ただ唇がもごもごするのだけが見えた。

 しばらくして、その唇がやっと意味を持って動く。


「あなたってさ、・・・ほんとに直人?」


「・・・」


 その瞬間、「鈴木直人」は椅子から立ち上がり、たゆみのない足取りでキッチンへと向かう。

 ・・・十日前に初めて開けた引き出しだが、やはりそこに包丁は入っていた。













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別人 モノリシックサプレッサー @shuta_saiore

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