第52話 三章エピローグ




 目を覚ますと、知らない天井だった。

薬草らしい香りがキツく漂い、急速に眠気は吹き飛び目が覚める。木造で質素な作りではあるものの、一つ一つが妙にしっかりとした作りをしている。


 ふかふかな感触で理解する。どうやら俺は布団に寝かせられていたらしい。


 「おや、起きたのね」

俺はその声の主を見て言葉を失った。当然だろう、村で死んだはずの母さんが平たい桶を持って現れたのだ。


 「か、母さん……?俺は夢でも見てるのか?」


 「残念だけど夢でも幻でもなく、正真正銘貴方とユノの母さんよ。随分と逞しくなったわね」

母さんは隣に置いてあった椅子にかけると、慈しむように俺の頬を撫でた。ひんやりとした手が気持ち良い。


 「そうか、俺は死んだのか。ようやくユノと結ばれたのに」


 「え?結ばれたって?誰が?」

母さんがとても驚いた様子でユノそっくりの大きな瞳をパチクリとする。


 「俺とユノがさ。俺、ユノに結婚してくれって言ったんだ。そうしたら承諾してくれてさ」


 母さんがそれを聞き、ぼろぼろと涙を流す。


 「そうなのね。あたし達がいなくなっても、ユノは幸せになれたのね。あの人もきっと喜ぶわ」


 「まあ、俺が死んじまったから幸せになれたのかはわかんねえけどな」

俺は自嘲気味に苦笑いする。


 「死んだって、さっきから貴方は何を言ってるの?私も貴方も生きてるわよ」


 「は?」


 「だから、私も死んでないし、貴方も身体中傷だらけだったけど、その程度の怪我で死ぬわけないじゃない。馬鹿な事言ってないで、さっさとこれで顔を拭いて起きてきなさい」

そう言うと、桶の中で浸されていた布をぎゅっと絞り手渡すと部屋から出て行った。


 俺は後頭部をポリポリと掻き、手渡された布で顔を拭うと、布団を後にした。


 扉を開けると日差しはあるものの、冬の寒空が広がっていた。目の前には同じような小屋が林立しており、小さな村のようだった。俺の姿を見た人が何人かサッと小屋へと逃げるようにして入っていった。


 「トウマこっちよ」

母さんが手招きする。


 「ここはどこなんだ?そもそも俺がなんでここに?」

疑問を全て母さんにぶつけるも、ついてくれば分かると一蹴される。小屋の地帯を抜けると、辺り一面に穀物や野菜の畑が大きく広がっていた。ここに住む人達の食糧を育てているのだろう。


 畑の畦道を抜け、緩やかな坂を登り切った先には先程見てきた村の建物よりもはるかに立派な宮殿のような場所にたどり着いた。


 「ここは?」


 「私達を保護して下さった方々が住んでらっしゃる場所よ。くれぐれも失礼の無いようにね」

母さんに釘を刺される。今の俺には軍で習った目上との接し方に対する心得があるのだが、母さんはそれを知るはずもない。俺は素直に頷き、大きな扉を開ける母さんの後ろをゆっくりとついていく。


 長い廊下を進んだ先には、立派な装飾が施された扉があり、おそらくその先で待つ者が母さんを保護してくれた人達なのだろう。


 俺は大きく深呼吸してから、母さんに目で合図する。

母さんはそれを見てから扉をゆっくりと開く。


 扉の先で待っていたのは、グリム・リーパーと名乗った黒い面の人物と、両隣には獣人の男とマコトが並んでいた。


 「おう、また会ったな坊主」

あの獣人の男が、ニヤリと笑いながら手を挙げる。


 「なんでアンタらがここに?」


 「こら、トウマ!失礼な言葉遣いはやめなさい。この方々が、私達を助けてくださったのよ」


 「え?」

俺は思わず母さんに振り返った。今なんて言った?


 「そういう事だ。フリーデ合衆国の王直属部隊副隊長で、ガルシア王の息子トウマよ」

黒い面を付けた人物は綺麗な装飾の玉座に座り、足を組んで肘掛けで頬杖をつきながら答える。


 「マコトから聞いたのですか?」

俺は混乱しながらも、どうにか丁寧な言葉で聞き返す。


 「お前が聞きたいのはそんな事じゃないだろう?」


 「では率直に聞かせていただきます。ここは何処で、貴方達がマコトと俺を連れ去った理由は?」


 「ここは俺達"グリム・リーパー"の拠点だ。キーア山脈近くの離島に位置している。お前の母を助けた村からは、フリーデ合衆国と反対の方角にあると言っておこう。お前を連れて行った理由は特に無い。俺達の目的はあくまでマコトだからな」


 「あの戦場からどうやって」


 「俺の能力だとでも言っておこうか。それよりも、俺はお前に聞きたい事がある。お前、"老人"と会っているらしいな」


 「老人……」

そう言われて思い当たるのは、あの神出鬼没の爺さんだった。


 「薄汚いボロ布を纏い、白くて長い髭が特徴的なジジイだ。マコトから聞いた時は驚いたがな」


 「ええ。その爺さんなら会っています」


 「お前はあのジジイをどう見ている?」

試すような見定めるような口調で仮面の人物は言った。


 「不思議な老人としか。只者じゃないのは分かりますが」

俺の答えを聞くと、何かを考えているのか仮面の人物は沈黙した。しばらく静かな時が流れた後、時が来るまでゆるりと過ごすが良いとだけ言われ、解放されたのだった。


 母さんと二人で宮殿を後にすると、目覚めた部屋へ戻ってきた。戻ると早々に、母さんは仕事に戻ると言って出て行ってしまった。


 静かになった部屋の窓を開けてじっと外を見つめていると、木々の隙間から漂ってくる嗅いだことのない異臭がして、あわてて俺は窓を閉める。


 「俺はここで何をすれば良いんだろう」


 俺の問いかけに答えてくれる者はいなかった。



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いつか澄みゆく、蒼天 なきうさぎ @nakiusagiwr

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