第51話 激戦の果てに




 「こんな雑魚共に我が軍の兵士達は半数もやられたのかと思っていたが、どうやら違ったようだ」


 白髪の男は濡れた髪を掻き上げて、剣についた血を振り払う。一見、隙だらけのように見えるが、纏う気が常人とはまるで違う。


 「ルオとラダはリーナとユノを連れて退がれ」

ガザルさんが小さく指示をする。妥当な判断だ。おそらく、こいつ相手にラダやルオの力は通用しないだろう。指示通りに、四人は離れていく。


マコトが指を数回鳴らした。

「ダメだ。この人に僕の魔法は効かないみたい……」


 「マコトも退がれ!俺達で抑える!」


 「たかが三人程度でどうにかなると思っているのなら、とんだ期待外れだな」

一瞬にしてその場から姿を消した。いや、消えたのではない。俺の背後へと移動しただけだ。


 首筋に奴の剣が掠める。俺は僅かにバチバチと何かが弾けるような音を聞いた。振り抜かれた剣は、俺の首を捉えることはなく、シュパンという音が遅れて鳴った。


 既にガザルさん達が動いている。ガザルさんとライガは挟撃し、白髪の男にそれぞれが誇る最速の剣を叩きつけたが、奴は振り抜かれる剣よりも早く、その場から大きく遠ざかっていた。とてもブーストなんかで出せる速度じゃない。


 「ほう、勘であれを躱すのか。だが速度がまるで足りておらん。貴様らは遅過ぎる」

まるで羽虫を見るような目で、こちらをただつまらなさそうに見下す。事実、あの速度で動かれたら俺達に奴を捉える術はない。技量以前に速度で圧倒的な差があるのだ。



 剣を持つ手をだらりと下げたまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。恐ろしい形相で睨みつけながら、一歩ずつ確実に距離を詰めていく。


 「"光よ"ブレイブエール!」

強化魔法を二人にも共有する。奴は、俺の魔法にやや驚いた顔をしたが、すぐに動揺を消した。


 「俺がどうにかして奴を釘付けにするから、お前達が殺るんだ」

ガザルさんは意を決して、奴に向かって同じように歩み寄る。


 お互いの間合いに入った。


 激しい攻防が繰り広げられる。恐ろしく速い斬撃を、ガザルさんは掠めるギリギリの見切りで躱していく。だが、あまりにも奴の剣速は凄まじく、ガザルさんでも躱しきれずに少しずつ切創が作られていく。このままでは、いつか均衡が崩れてしまう。だが、全く入り込む隙がない。


 奴の恐ろしさはそれだけではない。あれだけの攻防をしている最中でも、こちらへの警戒は一切緩まないのだ。


(何かしなければ……このままでは)

焦る気持ちを必死に押さえつけて、奴の隙を探す。横のライガが動いた。そう、


 「よせ!ライガ!」

俺の伸ばした手は届かない。


 ライガが入り込んだ事により、奴はガザルさんと距離を取る事に成功してしまった。剣が降り終わる頃には、奴は姿を消していた。ライガの剣が奴を捉えることはなかった。


 「愚かな」

俺がライガを助けるために全力で踏み込んだ瞬間、間違いなく奴はそう言った。気づけばライガの背後に回り込んでおり、怪しく発光する剣をライガに振り下ろそうとしていた。


 時間がゆっくりと動くのを感じる。


 どんなに手を伸ばしても、どんなに全力で踏み込んでも決して届かない。この一瞬の間に作られた距離は、絶望そのものだった。




 奴の剣は、ライガに届くことはなかった




 無情な一撃をガザルさんが背で受け止めたのだ。


 二段に変化した奴の剣戟は、ライガを抱き締めるように守ったガザルさんを無惨にも引き裂き、夥しい量の血が流れ出る。そして、とどめの突きが二人を貫き、剣を抜くために蹴り飛ばされ二人は重なるようにして倒れた。辺りには雨で流された血が広がっていく。


 俺の中に流れる血が、湯を沸かしたかのように急速に煮えたぎるのを感じた。最大で踏み込んだ俺は、奴に向けて火を纏った剣を振りかぶったが、そこには既に奴の姿はなかった。


 「ガザルさん!ライガ!」

駆け寄るも、二人は微動だにしない。


 「まずは二人……」

そして、奴は俺に向かって剣を構えた。構えた剣からはバチバチと光が迸っている。いや、よく見ると奴の全身が薄く発光し、何かが弾けている。




 「てめぇだけは、絶対に許さねえ!」

吼えながら奴に剣戟を浴びせるも、二手目で攻守が入れ替わり防戦一方へとなる。


 「シッ!」

奴が俺の首めがけて剣を突き出したのを、俺は下から斬り上げた。剣同士がぶつかり合い、激しい閃光が迸る。



 「貴様も魔法剣の使い手か」

奴の一言で全てを理解した。そう、奴の速度は魔法による強化の影響なのだ。パチパチと弾けていたのは、今もなお不定期に落ちてくる雷のような光だった。おそらく奴だけにしか使えない属性を持っているのだろう。



 だんだんと躱すのが遅れ、一つ、二つと俺は傷を増やしていく。魔法剣で切れ味が増しているのだろう。掠めただけでもビリビリと痺れる感覚の後に、遅れて痛みが襲ってくる。


 なんとか奴の見せた一瞬の隙をついて、蹴りを浴びせると少しの距離を取った。


 その直後だった――


 数秒前に斬り合っていた場所が歪み始める。

歪んだ空間から現れたのは、黒衣を纏うあの"グリム・リーパー"と名乗った奴らとマコトだった。



 「マコト?なんでそいつらが……」


 「契約により、この戦いに介入する」

黒い面の人物が、そう言って剣を抜き放つ。

細くて長い、見た事もないような美しい剣だった。


 「貴様ら、一体何者だ」

白髪の男は訝しげな顔をし、黒い面の人物を睨みつける。


 「覚えていないようだな。俺がお前と直接会うのは二度目だ、シリウス・スタレッジ」

黒い面の人物は剣を構える。


 シリウスと呼ばれた白髪の男がその場から煙のように消える。だが、黒い面の人物はシリウスの動きを捉えているのだろう。目で追いながら右足を軸にしてサッと回転し構えたまま向き直る。

 シリウスの素早い袈裟斬りを、あの細長い剣に当てて受け流すと、右腕を掴んで引っ張り、剣を持つ手の肘で心の臓付近に強烈な一撃を叩き込んだ。


 予想だにしなかったのだろう。黒い面の人物が放った強烈な一撃が決まり、シリウスは悶絶し膝から落ちる。


 黒い面の人物の攻撃は続いた。シリウスの胸倉を左手で掴み上げると、輝く魔力を纏った右の拳で顔面を激しく殴打する。何度も殴られるたびに顔が腫れ上がり、鼻や眉の端からはボタボタと血を流していく。


 黒い面の人物は、ただひたすらに拳をふるい続けた。それはもう一方的だった。シリウスへの怒りがその拳には込められているようだった。


 とどめと言わんばかりに、胸元へ先程よりも大きな魔力を込めた拳を振り抜き、あの細長い剣でシリウスの右腕を切り落とした。


 「あーあ。あの野郎、一人でやっちまいやがった」

黒衣を纏った獣人の男が、腕を組んだまま呟く。


 シリウスは斬られた腕の傷口を破いた布で手早く縛り上げると、口の中の血を吐き出して大きく息を吸った。


 「"雷よ 眼前の敵へと降り注げ"ライトニング!」

ピシャッと稲光が黒い面の人物へと直撃するかと思った次の瞬間、奴は雷を斬った。あの凄まじい速度と轟音を響かせる雷をだ。



 「まだやるのなら、次はお前の命を刈り取る」

先程よりも更に濃密な魔力を纏い、シリウスを一点に見つめる。


 「シリウス様ァ!」

駆け寄ってきた兵士達がシリウスを護るようにして取り囲む。


 「やむを得ん。全軍撤退だ!」

全身が血で染まったシリウスは、憎々しげに面の人物を睨みつけながら宣言する。


 「約束は果たした。一緒に来てもらおうか」

黒い面の人物が、マコトに向かって言った。


 「ちょっと待てよ!マコトをどうするつもりだ!」


 「別に取って食うわけじゃないさ。ただ、俺の目的のために手伝ってもらうだけだ」


 「行かせるか!」

俺は剣を握り構えた。勝てないのは分かっていても、マコトを行かせるわけにはいかなかった。


 「面倒な。アル、お前がやれ」


 「チッ。俺は便利な駒じゃねぇっての」

そう言って、大柄な獣人は面の人物と同じような細長い剣を抜く。


 「わりぃな小僧。俺は手加減が苦手でな、一瞬でケリつけさせて貰うぜ」

そう言った次の瞬間には、懐に入られていた。決して油断したわけでもない。いつでも動けるように構えていたはずなのに。


 後頭部に強烈な一撃を受けて俺は意識を手放した。



 「さあ、行くか」

面の人物が向いた先の空間が歪む。


 「悪いんだけどさ、トウマも連れて行っていい?」


 「その獣人をか?」


 「もしかしたら、トウマが役に立つかもしれないしさ」


 「ふん。まあ、いいだろう。アル、お前がそいつを担げ」


 「あいよ」


 三人は歪んだ空間へと入っていく。



 いつしか降り続いていた雨は上がり、死屍累々の戦場に雲の切間からあちこちに光が降り注ぐ。まるで、戦場で散っていた者達が天へと登る為の階段が掛かっているようだった。


 戦場に残されたガザルは、満足げな表情で空を仰いだまま天へと旅立っていった。




 こうして、両軍に大きな爪痕を残した防衛戦は幕を下ろしたのだった――




 王都に戻ったアブディラハムとネルがガルシアへの報告を行っていた。


 「敵軍を退けて参りました。戦果は、敵軍五千名余りのうち七割程の敵兵を殲滅し、あの"白い閃光"にもかなりの傷を負わせる事に成功しました」


 「奴が出てきたのか。それで、こちらの被害は?」

ガルシアが厳しい表情をする。既に王直の被害状況は耳に入っているからだ。


 「五百人ほどが敵兵に倒されました。一番の痛手として、王直のガザルとライガの二名が死亡。マコトとトウマがグリム・リーパーに攫われました。その他はグリム・リーパーの仮面の人物に昏倒させられた程度で、現在治療を受けております」


 「そうか……ご苦労だったな。下がって良いぞ」

二人が出て行った後、大きく息を吐き出してから、机を激しく殴りつけた。


 言葉にならない怒りと悲しみがガルシアを襲う。絶対的な信頼をしていた王直が、なす術もなく半壊したのだ。それも過去に、さんざん辛酸を舐めさせられた"白い閃光"にだ。奴が現れる事を想定し対策を立てておけばなどと、既に終わった事に対して激しい後悔がガルシアを苦しめた。


 更に、ガザルとライガの家族である、シェラに対してどう償えば良いのかという事が、追い打ちをかける。自身も、唯一の家族であるトウマが謎の集団に連れ去られたのにだ。この時ばかりは、王の立場が邪魔をする事に苛立ちを覚えたのだった。



 医務室では、ユノがトウマを探しに行くと言って大暴れしたり、家族二人の訃報を聞き泣き崩れるシェラを残された王直メンバーが申し訳なさそうに謝っていた。


 翌日、国民へは防衛作戦の成功が発表されたのと同時に、勇敢なる兵士達への鎮魂が執り行われた。



 この日を境に仮初の平和な日々は終わりを告げ、否応無しに戦いへと巻き込まれていく――


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