第50話 雷鳴轟く戦場
マコトの言う秘策とは、身隠れの事だった。
ただし、ゼツの使用していた身隠れとは異なり、複数人の姿を消せるが、移動以外の行動を取ると魔法の効果が失われるようだ。ミラージュという魔法らしい。
ゼツの身隠れは本当に姿を消していたが、ミラージュは姿を見えづらくするだけで、明確に弱点を持っている。同時に掛けられる限界人数が三人だった事から、俺とラダの三人で作戦を実行することになった。
「一つだけ懸念があって、大雨になるとミラージュの効果が薄れちゃうかもしれないから、あまりゆっくりしてられないんだ」
「よし、すぐにでも行こう!」
マコトは指を鳴らしてミラージュを発動する。とは言っても、発動しているかどうか被術者である俺が知る術はない。
俺達が行動を起こしたのと同時に、再び敵軍から火球が放たれた。今度は先ほどの消失地点よりも少しだけ距離を伸ばして消失する。
「妙だ……」
早歩きをしながら、マコトが呟いた。
「何がだ?」
「射程距離を測りたいなら、さっきのファイアボールで把握したはずだし、威嚇のつもりなら二度も同じ行動を取る理由がないよ。現にこちらは敵軍に対して様子見以上の行動は取っていないし」
「俺達獣人が魔法を使えるのを知らないから、威嚇でも効果があると思ってんじゃねーの?だとすると、少しは混乱してる様子を見せた方が良かったのかもしれねえけどさ」
「ラダの言う通りかも。こちらが魔法に対してどう行動するのかを確かめてる可能性があるね。アブディラハムさんに通話してみる」
「アブディラハムさん、マコトです。敵の狙いはもしかすると、こちらが魔法に対してどう反応するのかを確かめているのかもしれません」
「今、同じ事を考えておったわ。魔法という"未知"の攻撃に対し、動けないフリをして誘ってみよう。おそらく敵軍は前進してくるぞ。気をつけながら作戦を継続してくれ」
「どうだった?」
「あえて動かずに敵の前進を誘うって」
「あとは俺達の結果次第って事だな?面白え」
ラダがニヤリと笑う。
雨が少し強くなってきた。泥濘を折角迂回したのに、どこもかしこも雨で泥濘始めていたからか、足元は泥だらけ。寒空の雨は体温だけでなく、気力をも奪っていく。
「そろそろ敵軍の半分を射程範囲に捉えるよ」
マコトが歩きながらスマホを見ている。足元が悪い状況では危ないなと思った次の瞬間、事件が起きた。
まことが足を滑らせ、仰向けに激しく転倒したのだ。
足を滑らせた瞬間、マズいと思ったが間に合わなかった。バシャンという大きな音を立て、盛大に泥を飛散させる。敵兵の一部がこちらへ向いたのを俺は見落とさなかった。マコトの転倒により、ミラージュが解除されたのだろう。
気づくと俺は二人に指示を出していた。
「マコトはすぐにブラックアウトカーテンを!ラダは魔法発動後、マコトを掴んで緊急離脱!」
マコトは苦悶の表情を浮かべながらも、魔力を練り始める。
「おい!魔法が飛んでくるぞ!」
ラダが血相を変えて叫ぶ。敵兵がこちらに掌を向けて詠唱の構えに入っていた。しかも、その数六人だ。
「任せろ!」
魔力を剣へと流し込む。流した魔力が溢れ出る事なく剣へと流れ込み、薄く発光する。
マコトは普段と違い掌を敵兵へと向けた。
「ファンブル!」
魔法が発動しなかった四人の敵兵は不思議そうに自分の掌を見つめる。妨害を受けなかった二人の敵兵からだけは、石の礫が飛んできたが、俺は魔法剣を振るい石の礫を破砕した。
魔法を斬り払った事と、マコトが放った妨害魔法の効果で敵が明らかに動揺しているのが見て取れる。重ねてマコトが指を鳴らした。
「ブラックアウトカーテン!」
決まったようだ。視界にいる全ての敵兵が、目の前が見えていないのか、左右にゆっくり顔や手を動かして辺りを手探りしている。
「ラダ今だ!」
「「ブースト!」」
ラダはマコトを抱き抱え、三人でその場を離脱する。
味方の兵士達が雪崩のように上がって来た。ブラックアウトカーテンで目が潰れた隙を突き、敵に総攻撃を仕掛けるようだ。マッディ・ウェーブで作られた泥濘を迂回しつつ、一気に押し上がっていく。
弓部隊が一列に並び、矢を天に向けて複数本同時に発射する。雨の影響もあり飛距離が出ない事と、敵がそれなりに密集しているからだろう。一人を狙い打ちするよりも、山なりの軌道で範囲を攻撃する方が敵を多く減らせると弓部隊の隊長が言っていたのを、矢を目で追いながら思い出すのだった。
「なんでマコトはそんなに泥だらけなんだ?」
ライガは不思議そうにマコトを見る。
「いやー冷や汗かいた。まさかあの場面でマコトが派手に転ぶなんてさ」
ラダがケタケタ笑いながら足についた泥を落とす。
「まあ、そう言ってやるなよ。結果的には上手いこと逃げ切れたしさ」
「二人ともごめん……」
俺達を危険に晒した事が相当堪えているようだ。俺は気にするなと言いながら、マコトの肩を叩く。強打した腰をさすっているマコトに、ユノがヒールを掛けて治療した。
「戦況はどうなっている?」
ガザルさんが急かす。
「弓兵達の活躍で敵の前衛が崩れたようです。近接部隊も押し上がっていますから、ここからは乱戦に突入するかと」
「残念な知らせだ。アブディラハム司令から、マコトに支援要請が来ている。近接部隊へ支援を行い、敵軍を殲滅せよ。だそうだ」
「範囲妨害魔法で援護って事ですね。編成はどうしますか?」
「全員だ。王直は全員で戦う。それぞれの長所だけを担い補助し合えば、雑兵程度相手にもならないだろう」
「それもアブディラハムさんからの指示?」
俺は苦笑いしながら聞く。
「そういう事だ。状況が上手くいっているのもあり、方針を変えたようだ。マコトは行けそうか?」
「はい。いつでもいけます」
「王直行くぞ!」
「おう!」「はい!」
敵兵達の混乱が解けつつある中、俺達は前線へと駆り出されていく。弓兵達が二度目の乱射を放った直後、近接部隊が突撃していったのを遠目に見た。俺とライガはブーストを使い、近接部隊へと全速力で接近する。ブラックアウトカーテンが解けたのだろう。近接部隊の攻撃を盾で防ぐ敵兵が現れ始めたようで、近接部隊の前進は止まった。
均衡しては圧倒的な戦力の差で押し返されるのが目に見えていた。俺達は全速力で追いつくと、ブレイブエールで周囲の味方を強化し参戦。苦戦している味方兵の援護に回った。
「助太刀する!」
背後から切られそうになっていた兵士の間に滑り込み、敵を斬り倒す。腕を斬り飛ばされた敵兵が声にならない叫びをあげたが、ライガが背後から首を斬り飛ばした。
「手心を加えるな!敵は必ず斬り殺せ!お前がとどめを刺さなかったせいで、味方の誰かは斬り殺されるんだぞ!」
ライガに叱責されて俺はハッとする。
(何をやっているんだ俺は……)
「助かったよ。ありがとう!」
助けた兵士から感謝される。だが、次の瞬間、その兵士が他の敵に斬りかかるも返り討ちにあい、瞳から光を失いながら倒れた。
「クソッ!」
俺は救えなかった苛立ちをぶつけるように、死んだ兵士の仇を打つ。
「これが戦争だ。これが戦いなんだ。ここには正義なんてない。あるのは斬った斬られたという命の奪い合いだけだ。トウマ、お前はユノを守るために戦え!」
追いついてきたガザルさんに、剣の柄で軽く頭をこづかれる。
「そうだ……やるしかないんだ!俺は戦う!俺はユノを守るんだ!」
そう言葉にした瞬間、頭に掛かった靄は消え、身体が勝手に動き出した。
「マコト!トウマの援護をしろ!絶対に死なせるな!」
「とっておきだ!くらえ"マルチ"スタンセンス!」
複数の敵が突如として動けなくなり、無抵抗のまま斬られて死んでいく。この時マコトが放ったのは単体硬直魔法だが、スマホの敵ターゲットを複数タッチした上で魔法を発動した結果である。そう、マルチターゲット機能がスマホには備わっていたのだ。
戦場において、敵兵の位置が手に取るように分かり、ピンポイントで回避不可の妨害魔法を好き放題打てるということがどういう結果をもたらすかなど、説明するまでもないだろう。
破竹の勢いで帝国軍兵を蹴散らした結果、死屍累々の戦場と化し、実に四割もの敵兵がほぼ無抵抗のまま散っていった。
味方兵達に楽観的な雰囲気が漂いつつあったが、それも仕方がない。何せ、二千近い敵兵をほぼ損害なしで一方的に屠ったのだ。残った敵兵には激しい動揺が見られる事から、敵の指揮は機能していない事が伺える。
「魔力切れです。しばらく魔法は使えません」
マコトが肩で息をしながら歩いてくる。気づけば王直全員がガザルの元へと戻ってきていた。
「いや、良くやったさ。ここから奴らを見てみろ。明らかに戦意喪失しているだろう」
促されるように見ると、確かに敵の表情は険しく腰が引けてしまっている。全身に鎧を着込んだ一際目立つ奴が、複数の敵兵に引きづられていく。姿格好が違うのは、おそらく階級が違うのだろう。となると、あの兵達の指揮をしていた者かもしれない。
休んでいる間にも、近接部隊がどんどん押し進み敵兵を確実に減らしていく。降り続く雨はいつしか雷雨へと変わり、近くの山へ一筋の稲光が走った。
ユノが小さく声を上げる。昔から雷の音が苦手だったのだと思い出した。俺はユノの肩を抱き、安心させてやる。
「敵兵達、撤退しませんね」
ルオが遠くの敵兵をじっと見つめて呟いた。
「この状況で退かないって事は、まだ勝てる可能性があるのか、指揮官の頭が悪いかのどちらかだな」
「あ、アブディラハムさんに報告入れますね」
マコトは通話を使う。
「敵兵の四割を削りました。間もなく五割に届く勢いかと思います。こちらの被害状況は、一割の兵士が戦死といったところです」
「思ったよりも上々ではないか。補給のため、弓兵と魔法兵を退かせるとしよう。敵が未だに退こうとしない事が気がかりだ。王直は引き続き、前線で警戒を続けてくれ」
「わかりました」
「王直は引き続き警戒だそうです。アブディラハムさんも敵が退かない事に違和感があるみたいです」
その時、近くでピシャッと雷が落ち、雷鳴が遅れて轟く。とてつもない轟音に思わず耳を塞ぎたくなったが、ガザルさんの叫び声を同時に聴いた俺は、ギリギリのところで堪えた。
「全員戦闘態勢を取れ!」
ガザルさんが構えた先に、凄まじい圧力を感じ取る。
近接部隊を突破してきたのは、立派な鎧と雷光によって光を放つ剣を構えた白髪の男だった
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