第49話 誓い




 昨夜から続くどんよりとした空からは、雨や雪が降る事はなかった。行軍速度は落ちる事なく進み、いよいよ明日の昼頃には報告のあった地点にまで到達しそうな距離にまで近づいた。


 王都からの援軍が食糧や矢などを大量に運んできているとの情報が入り、兵士達の士気が上がったようだ。


 俺達はというと、途中でマコトの索敵に引っ掛かった獲物を何頭か仕留めて、先行部隊に引き渡した。

 受け取った兵士達からは物凄く感謝されたが、あの人数では一人当たり串一本分くらいにしかならないだろう。ライガの『食糧を現地で獲ったりしない』と言っていた意味が少しわかった気がした。


 行軍二日目の夜を迎え夕食を済ませた俺達は、作戦会議を行っていた。



 「アブディラハム司令から正式に作戦通達が来た。魔法と矢による遠距離攻撃を主軸に置いた、防衛作戦だそうだ。だが、王直は戦闘開始直後においては手出しをするなと指示を受けた」


 「リーナさんの広範囲魔法は使わないという事ですか?」

マコトが不満そうに言う。


 「そうじゃない。敵勢力の規模が分からない以上、王直は切り札として取って置きたいそうだ。もっとも、魔法部隊の支援は行うがな」


 「なーんだ。そしたら俺達は出番ないかもな」

ラダが手を頭の後ろで組み、足をぶらぶらとさせる。


 「私達が戦う場面って、魔法戦闘で決着がつかなかった時か異常事態が起きた時だと思いますけど」


 「ルオの言う通りだ。近接戦闘に移行した時点で、作戦は失敗だろう。今回の作戦は、勝利条件は敵部隊の壊滅、若しくは撤退。撤退条件は司令の撤退号令、若しくは司令の死亡、王直の壊滅だ。なお、現在斥候部隊が敵勢力の把握をするために先行しているため、作戦は明日の到着時点で変更になる可能性がある」


 「まあ、何でも良いわよ。あたしは大魔法ぶっ放すだけだから」

リーナも司令の"待て"に不服なようだ。


 「俺は軍人だからな。司令の命令に従うだけだ」

ライガだけが納得をしているようだ。


 「はぁ……ま、俺もお前達が黙って従うなんて思っていないさ。斥候部隊からの情報を入手したら、もう一度作戦を練るぞ。それに、何となくだがアブディラハム司令も俺達が従わないのを見越しているような気がするしな」



 簡単な会議を済ませた後は、自由時間となった。



 ユノへと声を掛ける。



 「ユノ、ちょっと二人で歩かないか?」


 「うん?わかった」


街道を外れ、小川へと二人並んで歩く。


 「村にいた頃はさ、よくこうして二人で出掛けたよな」


 「あの頃はお母さんもお父さんもいて、今ほど裕福じゃないけれど幸せだったよね」


 「そうだな。俺は……さ、母さん達に拾ってもらえて、ユノに出会えて良かったと思ってる」

足元が湿ってぬかるんでいるが、俺は気にせずに小川の歩み寄った。


澄んだ空気の中、緩やかに流れる水の音だけが響き渡る。まるでこの世界が俺とユノの二人だけになったかのようだ。


意を決した俺は、ユノと向き合った。


 「俺はユノの事が好きだ。妹としてではなく、一人の女性として好きなんだ」

ユノは手を口元に持っていき、驚いたような口元が緩んだような複雑な表情を浮かべる。


 「い……いつから……?」

絞り出すように言った。


 「意識し始めたのは、首都を二人で歩き回った日だよ。綺麗な服と髪飾りを着たユノは本当に美しかった。思わず見惚れたさ。ああ、ユノはいつの間にか大人になってたんだって思ったら、他の奴にユノを取られるのが怖くなった。ずっと、俺の側にいて欲しいと思ったんだ」


 「私も、ずっと背中を見てきた兄さんが、いつの間にか大人の男の人になってた。私はいつか置いていかれるんだろうって思ったら、怖くて震えが止まらなくなった。ずっと大好きな兄さんと一緒に居られるって、どこか漫然と考えてて。でも、兄さんがガルシア王の子だって分かってからは、私だけの家族じゃなくなった。私は兄さんが好き。子供の頃からずっと大好きなの!ずっと側にいて欲しい」


 「ユノ、俺と結婚してくれ」


ユノは頷き、大粒の涙を流しながら微笑んだ。

俺は胸元から首飾りを取り出し、ユノの首へ掛ける。

 「兄さん、これ!」


 「ああ、父さんが本当に大切で守りたい人にって言ってくれたんだ。だから俺はユノに託すよ。この首飾りがきっと、ユノを守ってくれるから」


 「ありがとう。大切にするね」



 手を繋いで戻った俺達を見たマコトから、「おめでとう」と小さく言われ、ラダには悔しがられた。


 ユノはというと、変化に気づいたリーナに連れていかれ、根掘り葉掘り聞かれたそうだ。嬉しそうにユノが溢していた。



 明日から始まるであろう戦いのため、気持ちを切り替える。夜の見張りがあった俺は早めに眠る事にした。



 「トウマ、交代の時間だ」

ガザルさんに揺すられ、眠い目を擦りながら俺は起き上がり、テントから出る。夜風で冷やされ、寒さに身体が震える。空を見上げると、曇り空の隙間から僅かに星が顔を出していた。


 「どうだ。ゆっくり寝られたか?」


 「うん。お陰様でね」


 「ユノと上手くいったらしいな。セナとアンヌも二人の事を喜んでくれているだろう」


 「そうだと良いな」


 「じゃあ、俺は少し寝るわ。見張り頼んだ」

ガザルさんは入れ替わるように、テントへと入っていった。


 焚き火がぱちぱちと弾ける音だけが響き、辺りは静けさを取り戻した。


 「ユノと結婚か……」

口に出してみて、ようやく実感が湧いてきた。


 「今日はめでたい日じゃ」

驚いた俺は声の方へと振り向くと、転がっていた倒木に腰掛けるあの老人がそこにいた。


 「びっくりさせないでくれよ。爺さんてば、相変わらず突然現れるんだから」


 「そりゃすまんの。今日はめでたい日なのじゃ」


 「何がだ?」


 「お主に決まっておろうが。栗毛の娘と結ばれたのじゃろう?」


 「なんでユノと結婚する事を知ってんだよ。まあ、良いや。そんな事より、爺さんどこであの硬貨拾ったんだ?マコトが爺さんに会いたがっていたぞ」


 「儂の物ではないとだけ言っておこうかの。まあ、じきに分かるじゃろうて。今日はお主を祝いに来たのじゃ」


 「なんかくれるのか?」


 「コレじゃ」

そう言って懐から、親指の先ほどの小さな壺がついた首飾りを取り出した。皺だらけの細い手で近くに寄れと誘う。


 「小さい……壺?栓取っていいか?」


 「開けてはならぬ。首に掛けておけば、お主に必要な時が来れば勝手に開かれる」


 「分かった。とりあえず首にかけとくよ」

老人に言われた通り、俺はすぐ首に掛けた。

それを見た老人は満足そうに頷くと立ち上がった。

 「さて、そろそろ去るとしよう」


 「爺さんさ、只者じゃないよな。これでもかなり気配察知出来るようになったのに、爺さんに声掛けられるまで全く気が付かなかったよ」


 「お主の想像に任せるとしよう」

カッカッカと笑いながら森へとゆっくり歩いて行き、姿が見えなくなった所で気配ごと消えた。本当に何者なのだろうか。


 貰った首飾りの正体が気になったが、気を引き締めて、辺りの警戒を再開するのだった。




 「え?昨晩、例のお爺さんに会ったの?」


 「ああ、マコトが会いたがっている事を伝えたけど、なんか忙しいみたいですぐ去っていったよ。爺さんが言ってたんだけど、あの硬貨は爺さんの物じゃないらしい」


 「聞いてくれてありがとう。でも、お爺さんの物じゃないとすると、どう言う事だろう。ちょっと考えてみる……」

マコトはぶつぶつと言いながら、荷物を片付け始める。



 「兄さん、おはよう」

ユノが照れながら話しかけて来た。


 「ユノもおはよう。よく寝れた?」


 「興奮しちゃって……実はあんまり寝れなかったの」


 「見せつけてくれるねえ!お二人さん!」

リーナが俺達を茶化す。


 「あー、俺にも可愛い嫁さん来ねえかな……チラチラ」

ラダがわざとらしく、リーナとルオを交互に見る。


 「自分でチラチラって言う人、私初めて見ました……」

ルオが引き攣った顔をした。


 「ラダは折角カッコいい顔してんのに、言動で台無しだよね」

マコトが肩を窄めて毒を吐く。


 「え?俺ってカッコいいの?」

女性陣に振り向き、最高の笑みを浮かべる。


 「黙ってればね」

飛びついてきた、ラダの顔をリーナは思いっきり引っ叩く。目がチカチカするのか、ラダはしばらく瞬きを続けていた。


 「お前達、昨日までの緊張感はどこに置いてきたんだよ」

ライガが呆れた様子でテントを片付けていく。


 「ほれ、お前らもとっとと片付けろ。すぐ出発するぞ」


 昨日までの重苦しい雰囲気は晴れ、始終雑談をしながら移動する。いつもの調子が出てきたからか、足取りも軽く不安な気持ちも和らいだのだった。一つだけ懸念があるとすれば、天気が今にも崩れそうなことくらいだろう。


 首都と王都をつなぐ街道を外れ、森の中を突き進んでいく。昼食を摂った後も引き続き険しい森を進んだ。そして景色は一変する。あれほど密集していた木達が嘘のように無くなり、枯れ草とわずか数本の木が生える痩せた土地に出た。辺りは拓けており、どこまで見渡しても平らで遮蔽物は見当たらない。まさに荒野そのものである。


 先行していた部隊が立ち止まったのをマコトが確認したため、急ぎ先行部隊と合流した。


 「斥候部隊から連絡が入ったそうだ。敵が想定よりもこちら側に進んで来ているらしく、このままの速度だともう間もなく遠目に敵兵達を確認出来る距離に入るとの事だ」


 「アブディラハムさんはどうするのでしょうか」


 「この場で構えるそうだ。魔法部隊と弓兵を配置して、遠距離を保って撃退する作戦が発令された」


 「で、俺達は?」


 「突破してくる猛者を受け持つ事になった」


 「魔法部隊とそれなりに交流があるので、若干評価が正確ではないと思いますが、魔法と弓兵が波状攻撃を仕掛けている中、突破できるようなのがいるとは思えませんが」

マコトが否定する。確かに、これだけの規模で攻撃が飛び交うのなら、突破するのは無謀でしか無いだろう。それこそ、ハクのように矢避けが出来るのであれば、話は別だが。


 「昔の戦いで、矢避け持ちとしか言いようがない奴が敵部隊には何人かいてな。そいつらが出てこないとも限らんだろう?配置はいつものように、前衛と後衛で分けよう。前衛の指揮は俺、後衛の指揮はマコトだ。いいな?」


迎え撃つための布陣が整った。


マコトとアブディラハムとネルの三人は、波状攻撃の内容をギリギリまで打ち合わせしていた。


ぽつりぽつりと雨が降り出す。風の流れを見ると、遠くの黒雲がこちらへと流れてきており、間もなく大雨か雷雨へと変わりそうだ。


 「敵部隊索敵範囲に入りました!数およそ五千!」

マコトがスマホを確認して叫ぶ。


 「五千だと!?」

ネルが狼狽える。


 「奴ら、本当に短期制圧するつもりで投入してきておるな。雨が降る可能性が高いな。火魔法は避けた方が良かろう」


 「遮蔽物が無いので、敵もこちらが視認できたら遠距離攻撃の布陣を取るでしょうね。勝敗を決めるのは、攻撃が届く距離と地形を使った作戦の有無か」


 「平野で雨天となるとアブディラハム殿の言う通り、火は使えないだろう。土と水を混合させて泥濘ませるのはどうだろうか」


 「広範囲に展開できれば、敵前衛の足止めに使えるな。他にはないか?」


 「暴風雨を起こすのはどうでしょう?」


 「なるほど。弓兵達が放つ前に出せれば有効か。よし、その二つの案を実行しよう。敵に気づかれる前に、泥濘は作らねばならん。遮蔽物は、マコトが前に見せた石の壁を乱立させておくのはどうだろうか」


 「ありですね。湾曲させておけば、盾の代わりにもなりますし」


 「そうと決まれば実行だ。敵に気づかれる前にやらねばならぬぞ。魔法部隊は急げ!」



 ストーンウォールを使い、弓兵達が身を隠す壁を間隔を開けて数枚建てた。やや、斜めにしたのは矢や初級魔法程度のものを防ぐ役割を担うためである。


 足止めに使われる水と土の混合魔法、マッディ・ウェーブをリーナが大規模に展開する。荒れた平野の一部が帯のように泥の海と化した。一度嵌れば、容易には抜け出せないだろう。


 間もなく敵兵の姿が見える頃だろう。

王直は、魔法部隊の少し後ろで構える。


 「この戦い、誰一人欠けることなく勝つぞ!」

ガザルさんが檄を飛ばした。


 「おう!」「はい!」



 「見えたぞ!敵だ!」

魔法部隊の男が全軍に知らせる。まだ、魔法の射程には入ってこない。おそらく敵部隊もこちらを発見したのだろう。立ち止まったようだ。


 両軍睨み合いが続くかに思えたが、敵部隊が火球を四つ飛ばしてきた。こちらの射程にはまだ届かない距離からの攻撃に驚くも、ちょうど両軍の真ん中あたりで火球は消え去った。


 「マコトよ、ブラックアウトカーテンはこの距離でも使えるか?」

アブディラハムは何かを閃いたようだ。


 「今はまだ、敵軍の一割ぐらいしか範囲に入っていません。僕自身が前に出れば、三割までの範囲なら気づかれずに接近できると思います」


 「このまま睨み合いを続けたところで、我らに利点は無い。敵の陣形を崩すには、目潰しから最大火力を叩き込むのが最善策だと見たがどうだろうか」


 「僕は賛成です。おそらくそれが最も被害が少なく勝ちを拾える手段だと思います」


 「王直はマコトの援護をしつつ、前線へ上がれ!ブラックアウトカーテン使用後は、通話で報告。その後、王直は弓兵達の位置まで後退だ」


 「了解」



 「それで?目標の位置はどの辺りになるんだ?」


 「敵の火球が消えた辺りだね」


 「つまり、敵の射程範囲に入るって事か……」


 「大丈夫。僕に秘策があるから」

自信たっぷりのマコトは薄く笑うのだった




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