第48話 出陣




 霜の降りた早朝、緊急召集が掛かった。


 飛び起きた俺は、急いで身支度を済ませて司令室に向かう。


 部屋に入ると、ガルシア王は目を閉じて座っており、静かに全員が揃うのを待っているようだった。

それほど時間もかからずに、大臣、軍事指揮、王直の全員が揃う。


 沈痛な面持ちでガルシア王は口を開いた。


 「先程、偵察部隊からアルス帝国軍が国境を超えて進軍を開始したとの報告が入った」


 「とうとう始まりましたか」

大臣のダインは苦しげな表情で呟いた。


 「我らはこの時のために準備をしてきたのだ。すぐにでも出陣し、奴らを迎え撃つべきだと考えるが」

アブディラハムは普段通りの態度でそう言い切った。


 「これから雪が降る事を考えれば、敵はおそらく速度優先で仕掛けてくるだろうな」


 「すみません。雪が降ると何が困るのですか?」

マコトが手を挙げて聞く。


 「寒さは敵兵よりも遥かに脅威なのだ。足元の不安定さや、寒さに凍えながらの軍事作戦など、死者を増やすだけで何も利点が無いからな」


 「寒さか……それは使えそうですね」


 「使えそうとは?」


 「水と風の混合魔法に、ブリザードという吹雪を起こす魔法がありますので、これを広範囲にぶつけたらハッタリには使えると思いますよ」


 「時間稼ぎにしかならないのではないか?」

ネルが指摘する。


 「それで良いんですよ。相手が速度優先で来るのであれば、食糧は少なく持って来るはずですし、悪天候による撤退という選択肢を相手に押し付けるというのは有効だと思いますが」


 「確かにマコトの案は使えそうだな。ガザルはどう思う?」


 「良い案だとは思いますが、ブリザードの規模と持続時間が分からないので何とも言えません。それに、帝国兵の一部精鋭であれば、吹雪程度突き抜けて来る可能性があります」


 「あたしがやれば、首都を覆い尽くすくらいの規模で半日はいけるわよ。ついでに言えば、そこに座ってる国王代理も使えるわ。もっとも、持続時間は半分くらいだろうけど」

リーナの言葉に、ヨルダは静かに頷いた。


 「選択肢として考えておこう。首都と王都を繋ぐ街道の整備状況は?」


 「六割ほど終わっていて、通行するのに支障はないそうです」


 「では、現時刻をもって防衛作戦のために移動を開始する。アブディラハムとネルは隊を率いて出撃せよ。王直の指揮権は本作戦中に限り、アブディラハムへと譲渡する。パパドの隊は、首都防衛のために残留し敵の侵攻に備えよ」


 「かしこまりました。必ずや、帝国軍を退けてみせましょう」

アブディラハムは自信満々に宣言する。


 その後、大訓練場に集められた兵士達にアブディラハムが経緯を説明し、進軍を命令する。俺達王直は、最後方をついて来るように指示を受けたのだった。


 寒さに耐えられるように暖かい服装をして、武器や食糧を詰め込んだ袋を背負い行列になって街道を進んで行く。首都からの隊だけでもかなりの数だが、王都の兵達も向かっているらしい。


 俺達は大訓練場の兵士達が行軍していくのをじっと見つめていた。



 「戦争……なんですね」

マコトが呟く。青ざめた顔には、いつもの余裕そうな様子はなかった。


 「きっとみんな無事に帰れますよね?」

ユノも不安そうだ。


 「大丈夫だ。幾多の戦場に出ても死ななかった俺がいる。お前達は絶対に死なせないからな」

ガザルさんがマコトとユノの頭に手を置き、優しい笑みを向けた。


 全ての兵士が大訓練場から去ったのを確認し、俺達も少し距離を空けて追従した。



 二人の不安が伝播し、ラダやリーナも少しずつ口数が減っていく。


 「なあ、これって今までの作戦と何が違うんだ?」


 「今までは殺さずでやってこれただろう?でも、戦争となれば話は別だよ。大勢の人が死ぬ。それは全く顔も知らない別の誰かかもしれないし、王直の誰かかもしれない。自分や仲間が殺されないためにも、相手を殺さなきゃ生き残れない。怖いんだよ、命の奪い合いをする事が」

マコトが語気を強める。


 「だから、それの何が違うのさ。今までは俺達が一方的に殺さずでやってただけで、いつも相手は俺達を殺すつもりだったぜ?それにゼツの事だってあるじゃないか」


 「それはそうだけど……」


 「マコトが言いたいのはそういう事じゃないんだ。自分の手で人を殺めるのが怖いんだろう?」

ガザルさんは言った。


 「たぶん……そういう事になるんだと思います」


 「そうか、お前達は軍人じゃなかったな。俺達軍人は覚悟の上で戦場へと向かうが、そうでないなら迷う事は仕方ないだろう」

ライガはマコトの気持ちを汲み取る。


 「兵士だって皆が皆、覚悟しているわけじゃないさ。敵を殺したくないならば、殺さずに無力化する方法を考えるしかないんだ。戦わなければ生き残れない。それが戦場だ。だが、お前達全員これだけは必ず覚えておいて欲しい。逃げる事は悪じゃない。逃げるべき時は最優先で逃げろ。命がある限り、負けじゃないんだ」

ガザルさんが真剣な顔をしてそう言った。


 「兵士なのに逃げていいのか?」

ライガがあり得ないものを見たかのように驚く。


 「ああ。不利になったら一目散に逃げちまえ。王直の仲間であろうとも必要なら見捨てろ。一人でも多く生き残るんだ」


 「俺は嫌だ。仲間を見捨てるなんて絶対に出来ない」

俺は反論した。見捨てろだなんてガザルさんの口から出てくるなど信じられなかった。


 「だが、戦い続けてればいつか、不条理な選択を突きつけられる時がやって来る。そういう時の心構えとして、心の片隅に置いてほしいんだ」

ガザルさんは悲しげな目をした。


 「よし、俺達も続くぞ」

そのままガザルさんは振り返らずに進んでいった。


 こうして重い空気のまま、刻一刻と戦いが近づいていく。やがて陽が落ちる頃に先行していた兵士達へと追いついた。今夜は街道で野営をするようだ。


 俺達も少し離れた位置に軍用テントを設置する。俺とライガとガザルさんが交代で見張りをすることになった。マコトの索敵で敵意を持つ者ならば反応してくれるのだが、一旦味方だと識別した者への反応はしてくれないのだ。この見張りは主に女性陣を守るための見張りとの事らしい。


 夜も更けた頃、ガザルさんが起きてきた。交代の時間にはまだ少し早いはずだが。


 「ちょっと話いいか?」

そう言ってガザルさんは横に座った。


 「一雨来るかもしれねえな」

星空の見えない空を見上げてそう呟く。


 「確かに、いつ降ってもおかしくないよね」

俺も同じように曇った夜空を見上げる。


 「もしも俺が死ぬような事が起きたら、お前が隊長となってみんなを逃してくれ」


 「縁起でもない事言わないでくれよ。ガザルさんらしくもない」


 「俺らしくない……か。俺もヤキが回ったのかもな」


 「ライガとは打ち解けられたようで良かったよ」


 「そうだな。あいつはシェラに似て、素直で真っ直ぐだ。シェラ譲りの防御術があるから、軍人として上手くやっていけるだろう」


 「俺から見えるライガは、ガザルさんの背中を見てるように思うけどな」


 「そうだと良いけどな」

そう言いながらも、照れ臭そうに頬を掻いた。


 「お前はどうなんだ。ユノにきちんと伝えたのか?」


 「いや……まだだ」


 「戦場では何が起きるか分からないからな。伝えられる時にしっかり伝えておいた方がいい」


 「ああ」


 「このペースだと、明後日の夜には予定地点に着くだろう。見張りご苦労さん。ゆっくり休んでくれ」

俺は礼を言ってテントに入った。横になり目を閉じると、すぐに眠気がやってきたのだった。




 「兄さん……」

潤んだ瞳のユノが迫ってくる。俺は寝ているのだろう。身体を動かそうとしても、全く起き上がる事が出来ない。ユノの瞳が段々と近づいてくる。


 ばっと起き上がった俺は、両隣を見る。いびきをかきながら眠るラダと、背を向けて丸くなり眠るマコトの姿がそこにはあった。


 「夢か」

ガザルさんに言われた事が影響したのだろう。俺は頭を掻き、テントから出る。あたりは暗く、陽が昇るまでにはもう少しありそうだ。


 「あれ?兄さん?」

声のする方へと振り返る。白い息を吐き、寒さから身体を守るように自身の身体を抱き締めるユノがいた。


 「おはようユノ。まだ早いからもう少し寝たらどうだ?」


 「兄さんこそ、見張りしてたんだし寝不足でしょう?」


 「目が覚めちゃってさ」


 ユノはこの一年で随分と成長した。身体つきはどんどん女らしくなっていき、母さんに似てすらりとした美人になった。俺の後ろをちょろちょろとついて来ていた頃が懐かしく思える。


 「どうしたの?じろじろ見て」


 「いや、なんでもないよ。顔洗ってくるわ」

今朝の夢のせいだろうか、ユノの顔が直視出来なかった俺は誤魔化すようにその場から離れた。


 「流石に朝は冷えるな」

ギュッギュと霜の降りた地面を踏みしめ、白い息を吐きながら、近くにある小川へと向かう。水場が近いからだろうか、空気が澄んでいるように感じた。


 この時期の川の水は冷たく、あっという間に体温を奪うので、余程のことがない限り川の水で洗面をしたりはしない。


 「俺も人のこと言えねえな」

いつまでもユノに気持ちを伝えられない自分の目を覚まさせるように、冷たい川の水でバシャバシャと顔を洗ったのだった。



 「さ、寒いぃ……」


 「バカじゃないの?こんなに寒い中、川の水で顔洗えばそうなるわよ」

リーナが呆れた顔をする。


 「兄さんごめんね。私が止めてれば」


 「いや、俺が悪いんだからユノが謝らなくても」


 「どうだ?スッキリしたか?」

ガザルさんがニヤリと笑いながら言う。


 「ああ、目が覚めたよ」


 「そうか。さて、俺達も出発するぞ」


朝日が霜を溶かし始める頃、俺達は戦地へと再び歩き始めたのだった





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