第47話 王直の力 2
side マコト
(あと、四十人弱か)
マコトはスマホを見ながら小さくため息をついた。人数ではこちらが圧倒的に不利だ。しかも、使用できる魔法は初級までで、僕自身の魔法は全て使用不可にされている。僕は再び小さくため息をつく。
一方で、睨み合いを続けていたパパドは、拠点から兵士達を二分割して両翼に展開していく。盾兵、槍兵を上手く組み合わせた連携優先の形だ。やや、左側の人数を多くしているのは、突破力を高めるためだろう。
僕は展開されていく兵士達を見つめながら、次の一手を熟考する。相手部隊に連携を取られると、今以上に崩すのが難しくなるだろう。また、アブディラハムへの警戒を解くわけにはいかない。たった一人でも、おそらく王直メンバーを赤子の手を捻るくらい簡単に制圧できるだろう。
「ユノさんの水球でアブディラハムさんを誘導して、その他の兵士をストーンウォールで閉じ込めたりって出来ませんか?」
「ストーンウォールって発生が遅いから躱されるわよ?それにあの人なら壁くらい斬りそうな気がするし」
「とりあえずやるだけやってみましょう。魔法で誘導して兵士達を拘束する作戦をDとします。壁を建てる順番はこれで。ユノさんとリーナさんは、作戦指示があるまで待機で」
僕はノートを見せながら作戦を説明する。
「左側の奴らが接近中!先頭にアブディラハムの爺さんがいるぞ!」
「よし、作戦B始動!目標は左側のアブディラハムさん以外だ」
「「了解!」」
「"光よ"ブレイブエール!」
再び、四人に光の祝福が与えられる。
作戦Bは強化魔法を使った近接戦を意味する。特徴としては、強敵を警戒しながら周りの兵士達を各個撃破するのを目的としている事だろう。
「リーナさん!一枚目の壁を!」
「"土よ"ストーンウォール!」
幅広で三メートルはあるであろう壁が、兵士達の背後にずずずと現れる。兵士達は一瞬背後を見たが、不発だと思ったのか直ぐに正面を向き直した。
トウマ達が交戦に入った。
ラダとルオが速度で撹乱し、隙を見てのヒットアンドアウェイ。ライガとトウマは距離を空けないインファイトで敵を少しずつ減らしていく。
トウマは持ち前の回避力で隙を見つけては、カウンターの一撃狙い立ち回る。一度囲まれたが、相手の盾を踏み台にして後方宙返りをしながらファイアボールを放ち、難を逃れた。あきらかに人間離れした動きだ。
ライガはというと、基本に忠実な打ち合いをしていた、ブレイブエールを受けた状態では、ライガに分があるようだが。
(右側が出てきたか)
真っ直ぐ僕のいる拠点へと向かってくる。左側は陽動のつもりなのだろう。
「よし、敵兵士が範囲に入った!リーナさん二枚目と三枚目の土壁を!」
「はいはーい!"土よ"ストーンウォール!」
「ユノさん!水球でアブディラハムさんを孤立させて!」
「はい!"水達よ"」
四つの水球を浮かべて射出する。
僕は"通話"を使い、先頭の四人へ指示を出す。
「全員、アブディラハムさんへと対象を移行!なるべく遠ざけて!」
全員が一斉に動きを変えた事で、交戦中だった兵士達は戸惑いを見せた。一度混乱した兵士達には、適切な指示が必要だが、その指示は届かない。最初の壁を背後に建てたのは、敵の指揮から見えなくし、指示を出させないためだ。
「むっ!いかんな」
アブディラハムがこちらの狙いに気づいたようだ。明らかに標的を変えた。
「リーナさん!今だ!」
「よっしゃ!"土よ"ストーンウォール!」
既に建っていた石の壁を湾曲させながら、新たに生えた土壁と接合させていく。ドーム型の石牢が出来上がり、二十二人の兵士を閉じ込めることに成功した。
"石牢"に隙間はあるが、人が通り抜けられるほどの穴ではない。ガルシアから"石牢"の中にいる兵士達の戦闘不能が宣言された。
敵の数も残り十人。うち一人は事実上戦力を持たないため、残り九人だ。僕は再び"通話"を入れる。
「ルオとライガは、右側の別働部隊を叩いてくれ。リーナさんも援護に回って!」
三人はブーストを使い、別働隊へと奇襲を掛ける。
「ユノさんは拠点で待機しててください」
「マコトさんはどうするの?」
「僕もトウマ達と戦うよ」
そう言い僕は、トウマの所へと駆け出した。
「凄いな。これが魔法を取り入れた戦闘か……」
ガルシアは新たな戦術に感心していた。過去、帝国との戦いにおいては、隊の広げ方や投入人数、武器の選択等の駆け引きが勝敗を大きく左右していたが、今日の戦いはそれらの常識を過去の物にした。
「ええ、初級魔法限定でこれですから、広範囲魔法の上級以上になれば、一人で百人を相手しても距離次第では一方的に勝ててしまうでしょう。しかし、精鋭部隊に比べて王直の動きが良過ぎる。マコトはどこまで動きを読んで手を打っているのやら」
ガザルは目を細めながら、王直の動きを目で追う。
「少なくとも人数差だけでなく、指揮経験においても圧倒的にパパドやアブディラハムに劣るはずだが、互角以上の戦いをしておる。しかも、あやつ単体でも魔法を使わせれば脅威的な戦果を挙げるだろう。本当に末恐ろしいな」
「む。マコトが動きましたね」
戦いはいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
「パパドめ、戦場を離れて久しいからか指揮が拙いわ」
アブディラハムは自身にまとわりつく水球をまとめて切り払いながら、吐き捨てた。
「ラダ、援護任せるぞ」
トウマは剣先をアブディラハムへ向け、姿勢を低くした。
「……ったく、俺に期待すんなよ」
ラダは少し離れ、いつでも踏み出せるように集中する。
「さて、このまま黙ってやられてしまうのはつまらないだろう。本気で相手をしようではないか」
ゆっくりと目を閉じて再び目を開ける。明らかに雰囲気が変化した。刃を潰されている剣のはずなのに、真剣と対峙するような緊張感が漂う。
アブディラハムが先手を取った。
トウマが洗練された剣戟を受け流す。そう、普段は可能な限り躱す、あのトウマが受け流しているのだ。アブディラハムの横薙ぎを受け流せなかったトウマは剣の腹で受け止めて、大きく吹き飛ばされた。
「これでもくらえッ!」
ラダがブーストを使った蹴りを放つが、ヒラリと躱して、ガラ空きの背中に蹴りを入れる。自身の加速と相まって、かなりの距離をぶっ飛んだ。
飛んだ先で身体を捻りながら着地するが、着地と同時に剣の一撃を受けて倒れた。
「まずは一人」
涼しげな顔をして再び剣を構えた。
「加速したラダより速いなんて本当に無茶苦茶だね」
ようやく追いついた僕はトウマと並んで剣を構える。
「ほう、指揮官が自ら前線に立つとは。それも作戦のうちなのか……はたまた、ただの愚か者なのか」
「どちらでしょうね」
僕は余裕を見せる。その裏でライガに"通話"を使った。
「そっちの状況は?」
「あと指揮官だけだが、リーナが恐ろしい回転率で猛攻しているから、もうじき終わるぞ」
「了解」
僕は急いで"通話"を切った。
「どうやら、残りはアブディラハムさんだけのようですよ」
「私一人でも、お主らを倒す事など造作も無い」
「"光よ"ブレイブエール!」
会話中に魔力を練り上げていたトウマが強化を掛ける。これで準備が整った。
「シッ!」
アブディラハムがブーストを使いながら斬り込んでくる。一撃目の袈裟斬りをトウマは紙一重で躱す。地面に着くスレスレから、腱が跳ね上がり横薙ぎへと変化した。Vの字斬りに近い軌道だ。
トウマは開脚して躱すと、そのまま足払いに移行。
トウマがよく使う連続技だ。
だが、足払いも片足で飛んで躱され、流れるように回転斬りを繰り出してくる。キンッという音と共に、アブディラハムの剣は弾かれた。僕の手に痺れるほどの衝撃が走る。
「助かったぜマコト」
こめかみから汗を垂れ流しながら、トウマは体勢を整える。荒くなった息を整えるように、ゆっくりと息をしていく。
「一人だとやっぱり勝てそうにも無いね」
「ああ、悔しいけど無理だな」
「「じゃあ、二人で戦うしかないよな!」」
剣先をアブディラハムへと向け、身体を真横に向ける。
僕達は阿吽の呼吸で代わる代わる攻守をスイッチする。
手数で勝れば、いくらアブディラハムとて回避に専念せざるを得ないだろう。
だが、あらゆる攻めを最小の動きで躱される。完全に見切られているのだろう。相変わらず涼しげな顔で躱しながら、攻撃を差し込んでくる。
「魔法剣だ!この状況だとそれしか無い!」
「でも、この剣魔力が通りにくいんだぞ!」
「魔法は術者の想像が現実へと作用するんだ。出来ると思えばなんでも出来る!」
「やってみる!」
魔力を練り上げて剣へと流しているが、魔力への抵抗が大きく、余剰の魔力がどんどん流出していく。トウマの言う通り、簡単にはいかないようだ。
「やらせん」
アブディラハムは阻止するためにトウマへと切り掛かるが、僕は拙い剣で阻止する。一対一になると圧倒的な力量差が浮き彫りになり、みるみるうちに僕の剣は打ち負けて形を歪めていく。
「マコトォオオ!」
赤みを帯びた剣が眼前を通り過ぎる。アブディラハムの踏み込みを阻止したのだ。トウマの剣の刃先が薄く赤みを帯びている。ゆっくりと魔力が刃先から広がり、やがて刃全体が赤く発光した。
「さて、魔法剣とやらを見せてもらおうか」
素早い踏み込みで、まるで試すように先程と同じ袈裟斬りを仕掛ける。
だが、結果は異なった。
アブディラハムの剣先が地面に刺さる。
手元の剣は、剣先が綺麗に切断されていたのだ。
「それまで!勝者、王直!」
大きな歓声が上がる。
いつの間にか、戦闘不能の宣言を受けた兵士達が僕達の戦いを見ていたようだ。
こうして、ガルシアの宣言により王直と精鋭部隊の戦いに幕が下りた。
「まずはご苦労であった。手に汗握る、実に良い戦いを見せてもらった。それぞれ課題や反省点が見つかったであろう。日々の訓練でしっかりと今回の反省を活かして次に繋げてくれ。それと、軍事指揮の三人とマコトは残るように。以上、解散!」
僕は指示通り、皆が訓練場から離れていくのを見送った。
「まずはマコト。悪条件の中、それをものともしない指揮は素晴らしかった。この一言に尽きる。だが、パパドよ。経験豊富なお主の采配は、王直に丸切り通用しておらんかった。この差はなんだと思う」
「魔法を戦術に組み込めていませんでしたからなぁ……」
パパドは少し考えた後に、絞り出すように答えた。
「それも要因の一つであろう。だが、本質はそこでは無いと思うのだ。王直の強みとは、各人の特技を最大限に活かした役割分担にあると俺は思う。ラダを例に挙げるなら、足の速さが王直の中で一番だ。剣技はまるでダメだが、頭の回転が速い事から指揮の届かない距離でも適切に判断する力を持っておる。だから、斥候に配置したのだろう?」
「ええ、さらに付け加えるなら、一撃だけ入れて退く作戦に限っては、極めて成功率が高いので有効な手段になります」
「なるほど。確かに先の戦いでは先手を取っていたな」
「一つだけ教えてほしい。マコトはどこまで儂の指揮を読んでいたのだ?」
バパドが悔しそうに言った。
「扇状に展開するのを予想していた程度ですよ。僕がパパドさんの立場なら同じ手段を取りましたし」
「では、なぜあれ程までに綺麗に退かせる事ができたのだ。こちらが取る行動を読んでいたのでは無いのか?」
「それこそ買いかぶりです。僕がやっていたのは、各人の得意分野を組み合わせた、複数人による連携行動を作戦化して、短い言葉の指示だけで動けるようにしただけです。あとは、アブディラハムさんとは交戦しないように指示していたくらいです」
「では、こちらの行動を読んでいたのではなく、場面毎に適切な作戦を選択して指示していた結果、上手く事が運んだということか?」
「概ねその通りです」
パパドは苦虫を噛み潰したような顔をする。
実際は、長所を活かした作戦だけがこの結果をもたらしたわけではない。スマホの索敵により、常に正確な位置情報を僕だけは知ることができ、ある程度離れていても通話によって直接指示を出せる事が途轍もないほどのアドバンテージになっているのだ。情報で圧倒的優位に立てるからこそ、この人数差でも勝てただけである。
「しかし、ストーンウォールにあんな使い方があるとは」
模擬戦を記憶を反芻しているのだろう。ネルは顎に指を当て考えている仕草をする。
「あれは、咄嗟の思いつきでした。最初はアブディラハムさんだけを閉じ込められないか考えたのですが、リーナさんに却下されたんです」
「何故だ?」
アブディラハムは怪訝な顔をする。
「石の壁くらい容易く斬りそうだから。だそうです」
「「「なるほど」」」
アブディラハム以外の三人は納得したようだ。
「いずれにせよ帝国との戦いでは、魔法を作戦に組み込んだ戦闘が必須になる。今回の戦いで得た知識を十分に落とし込んで欲しい。必要なら、王直に協力を要請しろ。いいな?」
こうして王直は、十分にその力を発揮し勝利を収めることができた。
この日を境に王直は、何をしているのかよく分からない部隊から、フリーデ合衆国最強の部隊として国内に広く知られる事になったのだった――
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