第46話 王直の力 1
首都へと戻ってきてから十日ほどが経過した。
その間、オデッサに剣を直してもらったり、魔法遊撃部隊と合同で訓練したり、様々な事があった。
ここ数日、俺はハクに乗って戦う事を想定した訓練を中心に行なっているのだが、アブディラハムはやはりというかなんというか、いとも簡単にマツカゼに許しを得て背に乗ってみせた。騎乗戦も経験があるようで、剣の振り方や馬の動かし方など、みっちりと教えてもらう事ができたのだった。
オデッサから教わった魔法剣だが、俺は緻密な魔力制御があまり得意ではなかった。魔力を薄くしようとしすぎると、剣の振りが疎かになってしまう。
どうにかして魔法剣を使いこなしたくて、ユノに魔力制御を教わる事にした。ユノは魔力制御においては秀でており、オデッサから受け取った杖という武器を使い、水玉を同時に四つも意のままに操ってみせたのだ。
とにかく頭の中で魔法を動かす時の事を思い浮かべてから、操作するのがコツだそうだ。まあ、全く思い通りにはいかないのだが。
この数日で大きく化けたのはラダとマコトで、ブーストを習得したラダが全力で走ると誰一人として追いつけない程、異次元の加速を見せたのだ。この加速を乗せた蹴りが凄まじい威力で、当たりさえすればどんな大きい相手でも吹き飛ばせそうな威力があった。
ただし、基礎訓練をサボってきた事が災いし、蹴りが単調で読みやすく、近接戦闘には向いていないというのが残念だが。
マコトはというと、魔宝石が嵌め込まれた剣をオデッサから受け取ると、瞬く間に魔法を編み出していき、多対一の状況からでも魔法で相手を戦闘不能にする事が出来るようになった。
一度だけ本気で戦ってみたが、全く歯が立たなくて悔しい思いをしたとだけ言っておこう。
定例の軍事会議を軍司令部にて行なっていた時の事だった。
「王直とフリーデ軍精鋭を戦わせてみるのはどうだろうか」
普段は軍事指揮の三人に任せているガルシアが珍しく意見した。
「ふむ。確かに一般訓練が免除されている事で、王直に対する不満の声が出てきているようですな。一度、増長した兵達に実力差を理解させた方が良いでしょう」
アブディラハムはティーカップを口に運ぶ。
「王直の人数は八名です。一体何人の兵と戦わせるおつもりですか?」
王直メンバーの身を案じてか、やや消極的な姿勢を見せるパパド。だが、次の一言でこの案が決定する。
「私としては、王直メンバーの実力に対してやや疑問を持っています。確かにガザル殿は強い。だが、他の隊員達がガザル殿に頼りきっていないと、本当に言い切れるのでしょうか」
「ではこうしよう、ガザル抜きの七人は軍事指揮三人が軍から選び抜いた精鋭五十人と戦うのだ。王直が負けた場合は、精鋭部隊に特別褒賞を出す。その一方で、王直達には一般訓練への参加を義務付けるのと、アブディラハムの地獄訓練 てのはどうだ?」
実に愉快そうにガルシアは提案する。
「どちらにせよ、王直は強くなるしかありませんな」
高笑いするアブディラハム。
「異存ありません」
ネルも同意する。
「なるべく色々な部隊から選んでみるとしましょう」
消極的な姿勢だったが、決まってしまったものは仕方ないといった様子のパパド。
その日のうちに、ガザルさんから集合が掛かり、王直と精鋭五十人の模擬戦が行われる事が通達された。
「五十人……ですか?」
マコトが人数比に驚く。
「そうだ。軍事指揮の三人が選び抜いた五十人が相手だから、そう簡単には勝てないと思うぞ。ああ、そうそう。俺は参加が認められてないから、俺抜きの七人でどうにかしろ」
「はあ!?」
リーナが素っ頓狂な声を出す。
「模擬戦の形式は?」
ライガが冷静に詳細を聞く。
「武器は全て刃を潰した物を使い、魔法は初級のみ。防衛拠点を一ヶ所置いて、指揮を一人設置だ。その指揮が討ち取られた時点で終了。勝利条件は相手の指揮を討ち取る事。戦闘に使う場所は、ここフリーデ軍基地の大訓練場だ」
「なるほど。小規模拠点戦闘の模擬戦ですか」
マコトがノートに書き留めていく。
「模擬戦は三日後の昼を予定している。なお、王直が負けた場合は厳しい罰が与えられるそうだから、しっかり準備して臨むように。何か質問はあるか?」
「俺達が勝った時の褒賞は?」
「ラダ、お前の気持ちは良く分かるが、残念ながら何もない。もしかすると褒美というか、素敵な贈り物があるかもしれんが、期待しない方が良い」
それを聞き、明らかにラダのやる気が無くなった。だらけた格好をし始めたし。
「勝って当然って事だろうな。まあ、どのみち勝つしかないんだ。陣形や作戦をしっかり練るべきだと思うぞ」
納得したライガが前向きな発言をする。
「そういえば、それぞれの役割ってちゃんと決まっているんですか?」
ルオが思い出したかのように聞く。
「一応ありますよ。最近は見直ししてないので、正確ではありませんけど」
マコトはノートを開いて皆に見せる。
隊長 ガザル
副隊長 トウマ
指揮 マコト
救護 リーナ
救護 ユノ
「ここに三人を加えて、それぞれの得意分野で分担しましょうか」
話し合いの結果、以下の役割で決まった。
隊長 ガザル
副隊長・前衛 トウマ
指揮・遊撃 マコト
後衛 リーナ
後衛・救護 ユノ
斥候 ルオ
斥候・遊撃 ラダ
前衛 ライガ
そして、模擬戦当日。
大訓練場に集まった俺達は、拠点作りで集められた人々が最後の仕上げをしている様子を眺めていた。
ぞろぞろと装備を付けた人々が集まり出した。彼等が選び抜かれた精鋭達なのだろう。
「よし、全員集まったな。これより、王直対、フリーデ軍精鋭部隊の模擬戦を執り行う。勝利条件は相手の指揮官討ち取ること。武器はこちらで用意した物を使用し、魔法については初級魔法のみ使用を認める。何か質問は?」
「あの……精鋭部隊の方々四十七名しか居ませんけど」
マコトがスマホを開きながら指摘する。
「アブディラハム、これはどういう事だ?」
ガルシアが問いただした。
「我々は、
「な!? そんなのアリかよ!」
「これはしてやられたな。確かに条件は、軍から精鋭五十人を選び抜くとしたな。さすがはアブディラハムだ」
ガルシアが大笑いする。俺達からすれば、全く笑えないんだが。
「では、各自配置につくように!」
渋々俺達は移動する。
「マコトどうするんだ?アブディラハムの爺さんだけは、俺達が束になっても勝てねえぞ」
「まさかあんな汚い手を使ってくるとは思わなかったよ。奥の手を使うから、とりあえず皆下がってて。ラダは合図したら、全力でブースト使ってアブディラハムさんに蹴りね」
「おう!任せとけ」
珍しくマコトが怒っているようだ。膨大な魔力を練り始めた。初級魔法しか使えないはずだが、いったいどうするんだろうか。
「それでは始め!」
マコトが始めの合図と同時に指を鳴らす。
「ブラックアウトカーテン!」
相手全員の動きが止まった。何をしたのか見当もつかないが、マコト専用の魔法なのだろう。
「スタンセンス!」
もう一回、指を鳴らした。アブディラハムに硬直魔法を掛けたのだろう。
「ラダ、今だ!」
「ブースト!」
矢のように飛び出すと、更に加速し真っ直ぐアブディラハムへと突っ込んでいく。
「ぶっとべぇえええ!」
ラダの強烈な蹴りをアブディラハムは右手で流れる水のように受け流した。不敵な笑みを浮かべて構えを解く。
「ガルシア王、我らの負けです」
アブディラハムは自ら負けを宣言した。
「勝負あり!王直の勝ち!」
ガルシアが手を振り下ろした。
「突然目の前が真っ暗に……」「何が起きたんだ?」「俺達の負けだと……?」
兵達は状況が飲み込めぬまま、勝敗がついた事を知る。
「これは決着としてはどうなんだ?」
ガルシアがガザルに聞く。
「王直に負けたというよりは、マコト個人に負けたと捉えるのが正確かと。いずれにせよ、この勝敗では納得がいかないのでは?」
ガザルが苦笑する。ガザル本人ですら、この決着に驚いていた。マコトの魔法は妨害効果を与える魔法が多いのは把握していたが、まさか同時に五十人を行動不能にし、狙った一人を最速で処理するとは予想を超えた動きだったのだ。
「マコトは魔法の使用を禁止の上、再戦を提案する」
兵士達は安堵の表情を浮かべる。未知の魔法で未だに何をされたのか理解できぬままなのだ。対策など立てようがない。だが、たった一人に五十人の精鋭は制圧されたのだ。この事実に気づいた者は気を引き締めて再戦に臨むのだった。
「さっきは何をしたの?」
リーナがマコトに聞く。
「兵士達全員の目を一時的に潰しました。ブラックアウトカーテンは、指定範囲の生物に対して視界を奪う魔法なんです。要するに目潰しですよ」
「なるほど、視界を奪われたら歩く事すらままならないからな。とんでもない魔法だ」
ライガが感心する。
「じゃあ、次は元々想定していた陣形でいきましょう。作戦はAからです。ただ、くれぐれもアブディラハムさんとは交戦しないように。スタンセンスが効かなかったのが気になります」
「「「了解!」」」
「双方、準備は良いか?よし、それでは第二戦始め!」
アブディラハムの率いる前衛部隊がジリジリと前進を始めた。だが、マコトはそれを無視する。俺達前衛はマコトからの指示を待つ。
敵兵士達が扇状に広がり始めた。
「よし、予想通りだ。ラダ、ルオ作戦A開始!」
「「ブースト!」」
二人が同時にブーストを使いラダは蹴りを、ルオはナイフの柄で後頭部を殴打し、両端の兵士を二人ずつ削る。残り四十六人。
ネルの指示が飛ぶ。「狼狽えるな!魔法部隊は並列し詠唱を開始せよ!」
相手の前衛が、ラダとルオにブーストを使い襲いかかるが瞬足の二人に追いつけるはずもなく、余裕で拠点まで下がる事に成功する。
作戦Aとは、瞬足を活かした先制攻撃で後衛を先に少しでも削る作戦だ。初撃後、戦果を挙げようが挙げまいが関係なく即脱出する電撃作戦との事だ。
「リーナさんは拠点の補強。ユノさんは相手の魔法に対して、ウォーターボールでレジスト!他の皆は作戦通りで!」
マコトも負けじと指示を飛ばす。
「"土よ" ストーンウォール」
掘っ立て小屋の壁面ギリギリに土壁が現れた。これで拠点の防御力が高まる。
「"火球よ、眼前の敵を燃やせ" ファイアボール」
扇状に並んだ八人の掌から、ほぼ同時に火球が放たれる。
「私に任せて。"水よ"」
ユノが同時に八つの水球を操り、ファイアボール目掛けて射出して相殺する。
「そんな……」
相手の魔法部隊が狼狽するが、ネルが喝を入れて再び詠唱を始める。
「"土よ"ストーンバレット」
リーナがネルに向かって石礫を射出するが、同じストーンバレットで相殺される。
魔法同士の戦闘において、勝敗を決めるのは魔力量と回転の速さだとマコトは断言していたが、人数では負けていても、回転の速さに勝っているため、徐々に相手のレジストが間に合わなくなっている。この場合、相手が波状攻撃を仕掛けていれば形勢はひっくり返る可能性があったが、ネルの指揮能力の低さが、勝敗を分けた。
ユノが新たに放った、八つの水球で吹き飛ばされた魔法兵達はガルシアの判定により戦闘不能になるのだった。残り三十八人。
ネルは悔しそうにパパドの元へと後退する。
「トウマ、作戦B始動!対象は敵前衛!」
マコトが次の作戦を指示する。
「待ってたぜ!"光よ"ブレイブエール!」
ラダ、ルオ、ライガにも光の祝福が与えられ、薄く発光する。
「アブディラハム!前衛を下げろ!」
パパドが指示を飛ばす。
「既に下げておる。マコトめ、なかなかやるではないか」
アブディラハムは嬉しそうに高笑いする。
「敵に賞賛を送っている場合か!次は先陣を切ってもらうぞ」
「仕方あるまい。指示をよこせ」
「作戦B中止!全員後退!」
マコトの指示で王直は全員拠点の前に戻る。
両者、再び開始位置に戻った。違いがあるとすれば、精鋭部隊が二割ほど減らされているところだろう。
パパドとマコトの間で見えない攻防が続く――
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