第45話 工房と魔宝石




 「あれ?」

ガザルさんと模擬戦をしていた俺は、ふと剣に違和感を覚えて動きを止めた。


 「どうした?」


 「なんか、剣に違和感があって……」


 「ほれ、貸してみろ」

ガザルさんは剣を受け取ると、刃先から柄までをじっくりと見て軽く剣を振る。


 「ああ、分かった。刃毀れはともかくとしてこの剣、刃が少し曲がっているな。そのせいで重心がずれて違和感になっているんだと思うぞ」


 「どうやって直そうこれ……気に入ってるから出来れば直したいんだけど」


 「それならアイツの所だな。丁度いいし、王直の武器持ちを全員連れて行こうか」


 「呼んでくれば良いんだよね?」


 「おう。俺も手土産を用意しておくわ」



 俺はひとまず、マコトの部屋へ向かった。扉をノックすると、中から返事があった。


 「この時間にここへ来るなんてどうしたの?」

何か書類を作っていたらしい。机の上には考えをまとめた紙が広がっている。


 「ガザルさんが王直の武器持ちは集合だってさ」


 「僕も?武器なんて持ってないけど」


 「訓練で剣握ってるじゃん」


 「まあ、行き詰まってたし、気晴らしには丁度良いか」


 と、こんな感じでそれぞれを尋ねて、集合場所へと向かう。最終的に、マコト、ライガ、ルオ、ユノが集まった。


 「おう、揃ったな。じゃあ早速オデッサの所に行くか」


 「オデッサというと?」

唯一面識の無い、ライガが確認する。


 「腕の良い鍛冶職人だ。ハンマーを握ってるよりも、酒のジョッキを握っていたい奴だがな」


 「……」

胡散臭そうにガザルさんを見る。


 「安心しろ、腕は確かだ。俺は少なくとも、アイツより技量を持つ鍛冶師は知らない。とにかく、今日の目的は武器の調整と新調だ。予算は軍から出ているから、一切妥協しなくて良いからな」


意外な反応を見せたのはルオだ。普段ニコリともしない彼女が、口角を上げて微笑んだのだ。

 「武器を貰えるのは嬉しい……」


 「ルオは自分だけの武器を作ってもらうのもアリだからな。こんな物があればとか意見があればどんどん言ってやれ。アイツはそういう客が大好きなんだ」


 「わかりました」



 首都の中を歩いていく。昼間だからだろう。人通りが多く、活気に溢れている。前に見た王都の光景よりも、賑わっているような気がするのは、気のせいでは無いだろう。


 これだけ人が往来しているということは、お店が繁盛しているという事だ。


 物が売れるから、農民や商人達は儲かる。儲かれば、雇い主と雇われている人達の給金が増える。増えた給金で人々は物をたくさん買う。これらの流れが滞りなく循環するのが、良い経済状態だと教わった。


 フリーデ合衆国の経済が循環しているのは、疑う余地もないだろう。国が正しく潤う事で、国民達の生活が守られていく。俺達はこの状態を維持できるように、帝国からの侵略を防がねばならないのだ。


 行き交う人々の笑顔を、俺達の手で守りたいと強く思ったのであった。




 オデッサ達の工房は、なんと"水鳥の湖畔"の真裏にあった。外装がとても綺麗な石積みの壁で、一部に木が使われているようだ。明らかに元々あった家では無い。おそらくオデッサ達の手による新築だろう。その証拠に、屋根には聳え立つ一本の柱が付いてる。


 「お?ガザルじゃねぇか。今日はどうしたんだ?」

ずんぐりむっくりという表現がぴったり合う、オデッサが大きなハンマーを持って工房から出てくる。


 「今日はコイツらの武器を頼みに来た」


 「あん?おお!気前の良いボウズじゃねえか!ボウズも剣を使うのか?ホレ、これ降ってみろ」

そう言って、マコトに一振りの剣を手渡す。


 「重っ……真剣なんて初めて握ったけど、トウマこんなの振ってるの?」

そう良いながらも型通りに振る。それなりに振れているあたり、日頃からしっかりと訓練しているのだろう。


 「ちっと剣に振られてるな。ボウズにはもう少し軽くて切れ味の良い剣が良さそうだ。おい、ツンツン頭のボウズ、お前の剣貸してみろ」

言われた通り剣を差し出す。


 「よく使い込まれている良い剣だ。おっと、コイツはすげえ魔力の通りが桁違いだ。だが、持ち主の実力が伴ってねぇ。刃毀れさせるなんてのは、半端モンの証拠だぜ」


 「ちょっと待ってくれ。魔力の通りが良いってなんだ?」


 「ああ?てめぇ、そんな事も知らねえでコイツを振り回してたのか?」


 俺はガザルさんに助けを求めたが、どうやらガザルさんさえも知らないようだ。


 「つまり、この剣は魔法剣なんですね?オデッサさんの言葉通りなら、魔力を流しながら使えば何かしら変化が起こるってところですかね?」

マコトが助け舟を出してくれた。


 「そういうこった。ツンツンボウズはワシと同じ火属性だろう?だったら剣に魔力を流してみろ」


 俺は剣を受け取り集中する。火魔法を使う時のように、剣を握る手に向かって魔力を放出してみる。


 「あちちち!」

ブワッと剣から勢いよく火が出たので、思わず剣を落とした。手から離れた瞬間、火が消えたので魔力を流せているのだろう。


 「出来るじゃねえか。流す魔力を薄くしていけば、火属性なら切れ味が上がるし、斬られた奴は込めた魔力により火傷を負わせる事ができるぜ。ついでに刃毀れも綺麗にしておいてやるから、一晩ワシに預けろ」


 「それで、ガザルそっくりのボウズは剣か?」


 「ああ。俺の剣はこれだ」

そう言って、二振の剣を差し出す。


 「おいおい、そういう事かよ。とりあえず降ってみろ」

ライガも型通りの動きで剣を振る。


 「てめえも剣に振られてるな。ただ、調整はしねえ。てめえの努力で剣を振れるようになってみろ。この二振はワシの打った剣史上、最高の出来だ。文句は言わせねえ!」

あっさりライガがガザルさんの息子だと見抜かれた。ライガも言われた事に納得しているようだ。


 「ああ……喉が渇いてきたな」

チラチラと何かをねだるように呟いた。


 「忘れてたわ。ほらよ」

ガザルさんが、酒の入った壺を渡す。


 「気が利くじゃねえか!」

栓を抜いて、勢いよく中身を煽っていく。ぷはぁと、酒臭い息を吐き出しながら、満足そうな表情を浮かべる。


 「私専用のナイフを作っていただけませんか?」

ルオが至近距離まで一気に近づき、オデッサの手を両手で掴む。少し頬が緩んだように見えた。


 「お……おう。ひとまず、嬢ちゃんの持ってる武器を見せてくれ」


 ルオは机の上に一本ずつ並べていく。

並べていく。並べて……


 「多いわ!投げナイフばっかり何本持ってんだよ!」


 「四十八本です」

何か?と言わんばかりに真面目な顔をして、オデッサを見つめる。


 「嬢ちゃん、さては投げるのヘタクソだな?ナイフに使用した痕跡がねえ」


ルオは目を逸らした。


 「投げナイフなんてのは小手先の技だ。頼らずに戦えるなら、そっちの方が断然良いに決まっている。いっその事、持たないっていう選択をしても良いんじゃねえか?身軽な方が持ち味を活かせるぜ。話を戻すが、嬢ちゃんが求めるナイフってのはどんな物だ?」


 「これです」

ルオは丁寧に書き記した一枚の紙を広げる。


 「こりゃあ、ナイフというより中途半端な長さの剣ってところか。嬢ちゃんの筋力で考えれば、切れ味重視でとにかく軽い方が良さそうだな。分かった、任せておけ。んで、最後はそっちの長い髪の嬢ちゃんか」


 「わ、私ですか?」


 「嬢ちゃんは……剣は握りそうにもねえな。何が得意なんだ?」


 「お料理と、水魔法くらいだと思います」


 「ああ、それでか。さっきから気にはなってたんだが、その石、魔宝石だよな?」


 「魔宝石?」


 「その髪留めの石だ。しかし、よく自分の適性と合致する魔宝石が手に入ったな。魔宝石は、同一属性のものを身に付けると淡く発光するんだが、その状態で魔法を使うと魔法の効力が上がるってシロモノだ。ワシらドワーフは、ハンマーに埋め込んだりするがな」


ふと、"水鳥の湖畔"であの爺さんが置いて行った石を思い出す。


 「なあ、これって魔宝石だったりするか?」

俺は小物入れをひっくり返し、ジャラジャラと色々なものが流れ出る。


 「え……なんでトウマが!?」

思ってもいない所から声が挙がる。マコトが傍から手を出すと、あの爺さんが置いて行った硬貨のようなものを摘み上げる。一瞬、隣接していたあの石が鈍く光ったような気がした。


 「これ!どこで手に入れたの!?」

銀貨のようなものを俺に向けて突き出す。


 「俺の剣をくれた爺さんが、その銀貨みたいな物とこの石を置いて行ったんだ」

そう言って俺は、あの黒い石を摘みあげた。


 「ほう。見た事ない色をしておるが、確かに魔宝石のようだ。しかし、何の属性だ?」


 「今はそんな事よりこっちです!そのお爺さんは何処にいるか知らないの?」

俺の両肩を掴み、必死の形相で問いただす。


 「わりぃ。名前すら知らないんだ」


 「ねえ、これ貰ってもいい?」


 「その銀貨みたいなのはいったいなんなんだ?」


 「僕の故郷の通貨なんだ。五百円玉って言うんだけどさ」


 「マコトは持ってなかったのか?」


 「うん。これ、僕がお金を使うようになってからは流通してないんだよ。新しい硬貨に変わってさ」


 「なるほど。オデッサさんが苛立ってるから、とりあえずその話は後にしようぜ」


 「ごめんなさい」

マコトはオデッサに謝った。


 「その魔宝石、ワシの見間違いじゃなければボウズが触れた時に一瞬光ってたぞ。持ってみろ」


 「え、僕?僕の属性って特殊なはずだけど……」

そう言いながらも、黒い魔宝石を手に取ったその瞬間、ブワッと黒い靄のようなものが辺りに広がっていき、身震いするほどの恐怖を感じた。


 「なんじゃ!?こんな反応をする魔宝石も、黒い属性もワシは見たことがない!間違いなくボウズの属性と同じ物だろう。ボウズが持てば、より強力な効果が得られるに違いないぞ!」

それを聞いた俺は、マコトに銀貨のようなものと石を譲ることにした。



 「今ので一気に疲れたわ。それぞれきちんとやっておくから、今日は引き上げてくれい。出来上がり次第、ガザルに知らせるからよ」




工房を出た俺達は、すぐ裏の"水鳥の湖畔"へ入った。



 「いらっしゃい。あら、皆さんお揃いで。ささ、こちらへどうぞ」

リアンが六人でも余裕で座れる卓へと案内してくれる。


 「お昼のおすすめはサンドイッチです」


 「サンドイッチってどんな料理だ?」

ガザルさんが不思議そうにリアンに聞く。


 「パンに様々な具材を挟んだ軽食よ。ちなみに、料理の発案者はマコトさんです」


 「まさか、ハウリさんに話したサンドイッチがメニューに並んでいるとは……」


 「お父さんは創作料理が得意ですから。で、何にします?」


 「じゃあ、人数分サンドイッチとやらで。飲み物は酒以外のそれに合う物をくれ」

ガザルさんが懐からお金を出す。全員分払ってくれるのだろう。


 「はーい」

リアンさんはお金を受け取ると、厨房へと消えた。


 「マコトがさっき必死になってた話って、結局どういう意味だったんだ?」

さっきはオデッサに切られて聞き逃したのだろう。ライガが真っ先に口を開いた。


 「これ、僕の国の通貨なんですが、フリーデ合衆国は勿論この世界のどこに行っても手に入らないはずの物なんです」


 「どこへ行っても?それはおかしいだろう。それだとマコトの国はこの世界に無いという事になるじゃないか」


 「その通りです。なにせ、僕はこの世界とは別の世界にある、日本という国から来た異世界人ですから」


 「異世界人……」

ライガは眉間に皺寄せ、難しそうな顔をする。


 「でも、なぜそのお金がこの世界で見つかるのでしょう。それは、マコトさんが持ち込んだものでは無いんですよね?」

ユノが難しそうな顔をして聞く。


 「僕はこの世界に来た時に、お金を持っていませんでした。もっと言えば、僕がお金に触れる歳になった時点でこの硬貨は既に使われなくなったはずなんですよ」


 「マコトよりも前に他の誰かが持ち込み、どこかで落としたものを、トウマが会った爺さんが拾ったって事か」

ライガが話をまとめる。


 「ええ、おそらくそうです。一年掛かりましたが、ようやく手掛かりが見つかりました。まずは、トウマの会ったお爺さんに聞いてみます」



 「お待たせしました。サンドイッチです」

リアンが両手いっぱいに皿を持ってくる。


 「なるほど、パンに具材が挟まってるのか」

新鮮な葉物野菜と、タレに絡めた肉がはみ出すほど押し込められていた。


 手に取り口に入れると、普段出してくれているフカフカのパンよりも少し歯応えのある硬めの食感に、野菜や甘辛い肉が合わさり一つの料理として完成している味だった。


 「バゲットサンドですね。うん、美味しい!」

マコトもご満悦のようだ


 「どうだ?お前さんの言ってたサンドイッチってやつを、俺なりに工夫して作ってみたんだ」

厨房からハウリさんが出てきた。


 「とても美味しいですよ。やっぱりハウリさんの作る料理は美味しくて斬新です。まさか、バゲットを開発してうまく食感を調整するとは」


 「その言い方だと、サンドイッチ用のパンは別の物って事か」

ハウリが残念そうな顔をする。


 「そうですね、どちらかといえば四角に焼いたパンの角を全部落として、柔らかい部分だけで作る物が一般的ですね。女性は柔らかいパンの方が好みかもしれません」


 「やっぱりか。このサンドイッチを食べた客からパンが硬いからもう少し柔らかいと良いなって声があがってたんだわ。改良の余地があるってのは面白くて良いな。まあ、ゆっくりしていってくれや」

そう言って厨房へと戻っていく


 「マコトさん本当にありがとう。お陰で売上が伸びてお店の設備を新しく出来たの」


 「いえ、お二人の努力した結果ですよ。僕はこうして食べたい料理を作ってもらえるだけで嬉しいんですから」


 「では、ゆっくりしていってくださいね」

ぺこりとお辞儀しながら、リアンが離れる。



軽く話をしながら食事を終えた俺達は、その場で解散したのだった――






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る