第44話 森の変化
「嘘だろ……」
「なんでこんな綺麗さっぱり……」
「何が起きているんだ?」
異常さが分かる者は口々に驚きを表現する。だが、事情を知らぬ者からすれば、目の前には他と何も変わらない森が広がっており、何が異常なのかなど分かるはずもなかった。
「なあ、さっきから何がおかしいって言ってんだよ」
ラダが苛立ちながら、俺に掴みかかる。
「ああ、そっか。三人は状況が分からないよな」
「ここには、迷いの森っていう侵入者が絶対に抜け出す事のできない、厄介なトラップが張り巡らされていたんです」
「絶対に出られない?」
「そう。ある方法以外な」
「それで今回の任務は、その迷いの森が消失したっていう報告があったので、状況確認にここまでやってきたって流れだったんですが……」
俺達七人は、ヨルダから入った報告を確かめるため、エルフの森へと向かったのだ。なお、ガザルさんは王都の件で詳細な報告を行うため別行動をしている。
「それでリーナさん、何か分かりましたか?」
「現時点では何も言えないわね。多分コレっていうのは浮かんでいるんだけど」
「原因が分からない以上、いつまた迷いの森が復活して巻き込まれるか分かりませんし、ハク達を呼ぶのが最善な気がします」
「分かった。ちょっと呼んでみるわ」
「ちょい待ち!ハク達って何?」
ラダが再び遮る。
「ラダの言う通りだ。お前達はもう少し、俺達三人に説明してから行動するべきだと俺は思うぞ」
「私も出来れば教えておいて欲しいです」
ライガと、ルオも続いた。
「きちんと教えた上で判断するべきでしたね。少し立ち止まって話をしましょうか」
座れる場所を見つけて、輪になって座り込む。
「それで、ハク達って?」
「鬼馬の親子だよ。その子供がハクでユニコーンなんだけど、俺達の友達なんだ」
「すまない。聞いた結果、理解が追いつかないという異常事態に陥っている。確認だが、お前達の言う鬼馬ってのは、大型の馬の魔物で合っているか?」
「うん」
「
「そうそう。出産を助けた事で仲良くなったんだ」
「頭が痛くなりそうだ……それで、迷いの森とそのハク達がどう関係しているんだ?」
こめかみを指で押さえて頭痛を訴える。
ライガの反応は普通であり、鬼馬は森で遭遇したらまず逃げろと言われているほど強力な魔物である。出会えば死を意味するほど、恐怖の象徴として知られている。
「ハク達なら迷いの森を迷わずに抜けられるんだ。だから、一緒に行動した方が安心だなって」
「そういう事か。まだ色々と聞きたい事はあるが、鬼馬が懐いている姿は見てみたい。呼んだら来るのか?」
「森にはいるはずだから来てくれるとは思うよ。ちょっと呼んでみる」
すると、急に突風が吹き抜けたと思ったら、顔に温かさを感じた。目の前に突然現れたハクが顔を擦り付けていた。どうやら舐め回す癖は直ったようだ。
「久しぶりだなあ。俺も会いたかったよ」
俺もハクの顔を優しく撫で回す。目を細めて気持ちよさそうだ。
「か……可愛い…………」
ルオが羨ましそうに俺を見る。
ぶるるると鳴らしながらマツカゼとノルンが現れた。親子仲良く暮らしているらしい。よく見ると、ハクの方が僅かに身体が大きい。
「白い鬼馬……いや、ユニコーンだったか。驚く事ばかりだが、本当にあの鬼馬が心を許しているんだな。背に乗ったりは出来るのか?」
「俺はハクなら乗せてくれるよ。マツカゼ達は力を認めてくれれば乗せてくれると思う」
「そういうものか。それで、目的の場所までどのくらいで着くんだ?」
「あの大きな木が見えるだろう?あの木の根元だから、今日中には着くよ」
七人に三頭が加わってエルフ達の元へと進んでいく。
ハク達の気配で他の魔物達は一斉に逃げ出し、余計な戦闘にならなかったのもあり、陽が沈む前にエルフの村へと到着した。
「おお、待っていたぞ。随分と早かったな」
村の入り口には、ヨルダが仁王立ちして待っていた。
その姿を見た途端、リーナが走り出した。
「随分と早かったな、じゃ無いわよッ!」
飛び蹴りが綺麗に決まり、ヨルダは吹き飛ぶ。
「痛いじゃないか。俺への愛情表現にしては少し行き過ぎていないか?」
「ふざけている場合じゃない事くらい分かってるでしょ!」
襟を掴み揺らしまくる。
「姫、その辺にしてあげてください。国王代理もやれる事はやっていたのです」
横に付き添っていた、ネルがリーナを制止する。
「お初にお目に掛かります。新しく王直に加わりました、ライガと申します。以後お見知り置きを」
ライガが獣人軍式の礼をする。
「話はアブディラハムから聞いているよ。君は父親に似て勇猛そうだな。あとは、ラダとルオだったか。面と向かって話すのは初めてだが、俺はヨルダ。今はフリーデ合衆国の国王代理なんてのもやっている」
「はい。存じ上げております。若輩者ですがよろしくお願いします」
ラダが丁寧な言葉で挨拶する。
礼儀作法は王直に入ってから学んだらしいが、情報屋家業の時にも役人から情報を聞く際などには、必要だったようで、それほど苦労せずに習得したそうだ。
ルオは会釈するに留めた。
「ネル、あなたの口から状況を教えてちょうだい」
リーナがキリッとした態度でネルに命令する。
「かしこまりました。異変に気付いたのは十日ほど前です。それまで、迷いの森から魔物が出てくるといった被害は無かったのですが、この日は違いました。村の入り口にバーサクベアーが襲ってきたのです。それが、同時に三頭も」
「バーサクベアーってあれだよな?迷いの森でガザルさんが斬ったやつ」
「そうだね。ガザルさんが、かなり強いって言ってたと思う」
「ゴホン。話を戻しますが、バーサクベアー自体が珍しいという訳ではなく、問題なのは迷いの森方向からバーサクベアーが複数現れたと言う事なのです。それで、調査隊を派遣した結果、迷いの森が綺麗さっぱり無くなっていたと言うことが分かりまして」
「それで、迷いの森に彷徨ったことのあるマコくん達を呼んで状況を見てもらおうって事だったのね」
「ええ」
「原因なんて一つしかないわよ。それはネルも分かってるはずでしょ?」
「そうですが、我々では判断を下せませんので」
「ちょっと待ってください。原因が分かってるんですか?」
マコトが口を挟む。
「ええ。ほぼ間違いなく原因はアレなのですが、我々だとそれを判断する資格がないのです。あるとすれば、巫女であるリーナ姫だけです」
「ああ、状況が分かりました。前に一度聞いた話ですね。当時の記録に書いてありました」
マコトが開いたノートを見ながら大老樹を見上げる。
「―そう。大老樹の寿命よ」
俺達は皆、大地に力強く聳え立つ巨大な木を見上げた
「寿命って言ったって、どう見ても立派な木で枯れそうにもないんだけど」
「見た目上はそうね。でも、蓄えられていた魔力がもうほとんど残ってないの。元々、迷いの森は大老樹が作り出した、いわば防御装置のようなものだったのだけれど、急速に魔力を消費した影響で維持できなくなったのよ」
「俺はエルフの事情に詳しくないけど、それってかなり不味くないか?」
ラダが顎に手を当てながら問う。
「その通りよ。魔物は勿論だけど、敵意を持つ侵入者も簡単にここまで侵入できるわ」
「つまり、帝国軍がもしも攻めて来たら」
「一巻の終わりね……」
「このタイミングで僕達、というよりもリーナさんを呼び寄せたのは何か理由があるからですよね?」
「マコくん大正解!エルフ達は大老樹の元で暮らしたい。でも大老樹は寿命で枯れてしまうし、危険だからここには居続けられない。つまり、大老樹を別の場所で育ててそこに移り住めば問題ないってことよ」
「その判断が、大老樹の巫女であるリーナさんにしか出来なかった。と、言う事ですよね?」
「ハイ。その通りです」
ビシッとマコトに指をさす。
「あの……大老樹ってこの大きな木ですよね?どうやって動かすんですか?」
ルオが顔を引き攣らせながら大老樹を見上げる。
「それは見てのお楽しみって事で。ネル、早速取り掛かるわよ。お父さんは、村のみんなに移住を急がせて」
「既に進めておるから安心しろ」
「王直の皆さんはこちらへどうぞ。食事を用意しますから、寛いでください」
ネルに客室へ案内される。
色とりどりの野菜がふんだんに使われたきのこ鍋と、鳥を使った釜飯が盛り付けられていた。
きのこ鍋と釜飯の豊かな香りが食欲を掻き立てる。素材の味がしっかり引き立てられており、とても繊細な味わいだった。マコトは久しぶりの米に大喜びで、まるで森の小動物達のように口いっぱいに頬張った。マコトの普段の様子とはかけ離れた姿に、ラダとライガが大笑いしていた。
仲間達との絆が深まっていくような、そんな暖かさを感じる一幕だったのは言うまでもないだろう。
落ち着いたら、全員で"水鳥の湖畔"に行って宴会をしたいと思うのだった。
にぎやかな食事を終えて暫くすると、ネルが現れ準備が整った事を知らせた。
外に出ると辺りは真っ暗で、松明の明かりがなければ足元すら見えないほどだ。思った以上に食事で時間が過ぎていたようだ。
ふと脇を見ると、ハク達親子が飼葉を口にしていた。青々としている事から、暑い時期に収穫して乾燥させずに保管しておいたものなのだろう。時期外れの青草に大喜びで三頭はありついてた。
ネルの案内するまま後ろをついて行くと、大老樹の周りにには、四本の大きな松明の上に、めらめらと燃え上がる大きな炎。大老樹の幹を一周ぐるりと回した、白く細い布が風で揺らいでいる。辺りは静まりかえり、松明の炎から出るパチパチという音が響いている。
まるで、この場所だけが別の空間であるような、そんな不思議な感覚を覚える。
そこに一人の白い服を羽織った人が座っている。
その人がリーナである事は疑いようがないはずなのに、纏っている雰囲気が普段のソレとは全く別のものであるように感じた。
シャン……シャン……シャン……シャン
音を鳴らしながら、大老樹の幹の周りを舞う。ゆったりとした動きから、祈るような仕草をし、艶やかに舞い踊る。
呼吸の音すら聴こえてきそうなほどの静寂の中、リーナの周りにふわふわと漂う、四つの何かが現れる。生物の持つ気配を感じる事が出来ないが、生きているような動きを取っている。
リーナがピタッと静止した瞬間、四つの松明の炎が同時にゴオッと激しく燃え上がって消えた。
大老樹の上の方から、苗木がリーナの手元にゆっくりと降りてくる。
「ふう。無事に終わったわよ」
「リーナさん、凄く綺麗でした!」
ユノが興奮気味に声を張る。
「神秘的で思わず魅入っていまいましたよ。それで、その手にあるのが?」
マコトが苗木を指差す。
「そう、これが大老樹の苗よ。これを新しい土地に植えればおしまい」
「リーナ、早速で悪いんだが、明日朝一番で新居住地に行って植えてくれないか」
「分かってるわよ。それがあたしの役目なんだし」
俺達は、大老樹の苗を首都まで運び、もう間もなく完成するエルフ達の居住区の真ん中に、大老樹の苗を植えることにした。
苗を植えるときにはどこから聞きつけたのか、首都の人々が周囲に大勢集まった。獣人とエルフが並び、互いに平和を願って祈りを捧げる。
その時、大老樹の苗がポワッと光り、光の粒が辺りに浮かび上がった。
「大老樹の祝福ね。この土地の繁栄をもたらす光なのよ」
獣人とエルフが共に歩み出したこの光景を、集まった者達は皆、心に深く刻み込んだ――
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