第三章

第43話 三章 プロローグ




 この世界に来て、もう少しで一年になるだろう。


 正確な日数は分からないが、この世界に来た日から、日記のようなものを書いており、昨日で300日を超えたのだった。とは言っても、途中でノートの余白は無くなってしまい、迷いの森で過ごしていた半年は紙が手に入らなかったので、途中に空白の期間があるのだが。

 森での生活中にやっていた、この世界の文字の学習では、地面という無限に書けるノートを使っていたので困ることはなかったけど。


 本来だったら高校受験をして、今頃は新しい学校に通い、新しい友達と楽しい高校生活を送っていただろう。

部活動は多分しなかったな。運動苦手だったし。それよりも、大学受験のための塾通いが待っていたはずだ。


 話は逸れたが、元の世界に戻るための手掛かりを探しながら、この一年間弱を駆け抜けてきたものの、何一つとして手掛かりを得る事は出来なかった。


 過去や今現在において、同じ世界から来た人の痕跡が見つかれば……なんて思っていたが、本当に何一つとして見つからないのだ。



 アブディラハムが使っていたティーセットを見て、 紅茶を飲むんですか? なんて聞いてしまったのがきっかけで、気に入られる事になるとは思いもしなかった。まあ、このティーセットもアブディラハムが自分で思い付いて職人に作らせたと知った時は落胆したが。


 だが、最近になってふと思う。本当に僕は元の世界に帰りたいのだろうかと。確かに元の世界には両親がいて、大好きなゲームや小説に、何よりも命の危険とは縁遠い、安全な生活がある。


 でも、この世界のように、共に死線を越えて絆のようなものを感じる事ができる仲間達なんて、向こうの世界では一生かかっても手に入らないだろう。この世界は刺激に溢れている。


 最初はゲームをしているみたいな感覚だった。でも、いつの間にか僕もゲームの中の登場人物になっていたのだ。安全な所でコントローラーを握り、何度でもリセットの効くゲームとは違う。目の前には今を生きている人達がいて、明日の平和や幸せを掴み取るために必死に戦っているのだ。そして、僕もそのうちの一人。





 それでも僕は、本当に戻りたいのだろうか――







 併合宣言を終え、王都に住む人達へのフォローを終えた後、俺たちは首都へと戻る事を決めた。



 現状、帝国軍との戦争は一時的に休戦状態にあるという事が判明したからだ。どうやら、十数年間小さな戦闘は有ったものの、最近まで大きな動きは無いらしい。それも、どうやらラスカルがアルス帝国皇帝へ献上物を定期的に贈ることで、かりそめの平和を保っていたようだ。ラスカルの私室から帝国皇帝宛の文書と思われるものが幾つか見つかった。


 だが、いずれ帝国と戦う事になるのは変わらない。フリーデ合衆国としては、いつでも戦えるだけの準備をして構えておくという方針で意見が一致したのだった。


 王都と首都を繋ぐ街道の整備が発案され、可決したことにより推し進められる事になった。王都でもめっきり仕事が減ってしまい、困っていた職人達が喜んでいた。また、王都の兵士達は、アブディラハムが叩き直す事にしたようだ。


 結果的に、ガルシアとアブディラハムが王都に残り、俺達王直は首都へと戻る事になった。目的としては、エルフ達の移民計画と魔法遊撃部隊の強化である。



 そして現在、森の中。王直にライガが加わって、八人で森を進んでいた。シェラさんの意向でライガが王直に加わったのだ。「四人ずつの二小隊編成が出来るでしょう?」と半ば強引に決められてしまったらしい。俺としては大歓迎だが、ガザルさんとライガはまだ打ち解けていないようで、微妙な空気が漂っていた。


 出発してから半日が過ぎようとしている。もうすぐ陽が傾き始める頃だろう。

色付いた葉たちは地面に落ち、綺麗な色の絨毯が出来上がっている。これからの時期は急に冷え込むだけでなく、獲物の行動が少なくなるため狩りが難しくなる。八人分の食糧を確保しようと思うと尚更だ。


 だが、俺達にはマコトがいる。

隠れている獲物を見つける事など造作もないのだ。あっという間に獲物を仕留め、野草や木の実が集まる。


 「お前達っていつもこんな感じなのか?」

ライガが呆れ混じりに目を細める。


 「こんな感じって?」


 「はっきり言ってお前達は異常だ。普通、軍の行動中に現地で食糧確保したりはしないし、やろうとしてもここまでの成果は出ない」

ライガの言葉にガザルさんが大笑いする。


 「確かにな。軍でこんな事してる部隊はおかしいよな。俺達は今でこそ王直属作戦部隊なんて名前で活動しているが、俺以外は軍と関わりのない民間人だったんだ。ほぼ全員従軍経験が無いんだよ。だから、軍行動の常識なんて知らない。俺としては良い部隊だと思うがな。水や食糧は最低限持てば行動が取れるってのが、この部隊の強みだ」


 「食糧は分かったけど水はどうするんだ?」


 「こうするんですよ。"水よ"ウォーターボール」

手のひらから水球が現れ、ユノの指示通り四つに分かれて、水筒へと収まる。ユノもいつの間にか詠唱短縮できるようになっていた。


 「驚いた……魔法って便利なんだな」


 「水は無理だけど、光ならキミも使えるよ。でも光なんて珍しいね。獣人には多いのかしら」

深い緑の瞳がぼんやりと光を灯す。魔力眼を使っているのだろう。


 「本当か!?光ってどんな事ができるんだ?」

とても嬉しそうにリーナに詰め寄る。


 「それは俺が後々教えるよ。陽が落ちる前に野営の支度もしないといけないしさ」


 リーナが土魔法で作り上げた土鍋を使い、手に入れた食材をまとめて煮込む。肉は串に刺して遠火で焼いた。

そうして出来上がった食事を八人はペロリと平らげるのだった。食後、一息つく前に軍用テントを広げて野営の準備を済ませる。ここでもライガは見張りを立てない事やユノの魔法による水浴びに、驚きの連続だったようだ。



 皆んなが寝静まる頃、ライガに声を掛けられた。


 俺とライガはテントから少し離れ、転がっている倒木の上に少し距離をあけて腰掛けた。


 「今日一日、一緒に行動してみてどうだった?」


 「何というか驚きの連続だった。でも、歳の近い奴と一緒に行動する事なんて無かったから、凄く楽しかったよ」


 「それは良かった。ところで、ガザルさんと話は出来たのか?」


 「いや……どう話したら良いのかわからなくてな」


 「嫌ってるわけじゃないんだろ?」


 「ああ。どちらかと言えば尊敬していた。母さんから聞かされた"疾風"の話は、どれも強くてカッコいい姿だけだったからな。実際、対峙してみて分かったよ。ああ、俺の父さんは本当に強かったんだって」


 「剣を習うのが仲良くなる近道だと思うぜ」


 「やっぱりそうか。明日の朝にでも頼んでみるよ」


 「おう!俺としてもライガ達、親子が仲良くしてくれた方が嬉しいからな」


 「トウマは親とどうなんだ?」


 「俺はちょっと複雑だから説明が難しいけど、育ててくれた両親は一年前に死んだよ。本当の両親だったら、父親は生きてた。仲は良いと思う」


 「お前の父親って事は、相当強いんだろうな」


 「全然。剣を握らせたらライガにも余裕で負けるよ。というより、既に会ってるじゃん」


 「会ってる?俺が?」


 「俺さ、ガルシア王の息子なんだ」


 「もうこれ以上驚く事なんて無いと思ってたが、今日一番驚いたよ。言われてみれば確かに似ているな」

ライガはそう言いながらも、薄く笑っていた。


 「さて、明日も早いしそろそろ寝るか」

俺はグッと伸びをしてから、テントへと向かおうとする。


 「なあ……俺もお前達親子みたいに仲良くなれると思うか?」


 「なれるさ」


 俺は振り返らずに、その場を後にした。

先ほどまで曇っていた夜空には、星々が煌々としている。まるでライガの心を映したような空だった。





 翌日も朝から、首都を目指して移動を続けた。

特にトラブルもなく順調に進み、出発から三日目の昼過ぎには、首都が遠目に見えてきたのだった。


 どうやら、ライガはガザルさんと打ち解けることができたらしい。今朝早くから、やたら意欲的に剣を振っていた。



 数日ぶりの首都にどこか懐かしさを感じるのだった








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