夏の海ー紫陽花日記ー

若菜紫

第1話 夏の海ー紫陽花日記ー

変はらじの挿頭となりし紫陽花の言葉を今より「愛」と定めん


定めなき世に確かめる希ひこそ萩を照らせる月明かりなれ


紫陽花に今こそ訪はむ常夏の海の青さとその波音を


鎌倉の名残の雨に落ちて咲き留まらんとす紫陽花の挿頭


「Rちゃんの笑顔のよう」と贈られしピンクの薔薇の名前決まらず


彦星と別れ来し夜の身は流れ星と変わりて空に抱かるる


願い事叶える代わりに流れ星さっき別れたあなたのもとへ


アガパンサス水を替えればこぼれゆく紫の星流るるように


密会の時刻を報らせグラジオラスためらいがちに黄色く灯る


夢のように雨通り過ぎ秋桜とミニ向日葵をほうと眺める


ハルシャギクアガパンサスとフロックス庭を守りし猫模様の紙


あんず飴を幼き日に求めし君と惹かれし我が逢うすもも祭


今朝まで一緒に居たかった贈られし茗荷の香る味噌汁を煮る


「ブラックベリー酒来月飲み頃だよ」贈りし君も受け取る我も


坂の下角に赤き花携えて立つ人のあり我風となる


百日紅吹雪となりて逢いたしと夏空映しほの紫に


逢ひ見てのひととせ照らすグラジオラス炎となりてこの瞬きを


少年の君が一瞬坂道に憧れともる灯を見つめつつ


君を待つ夜の店先百日紅思えば逢えたのも夢なのか


「ちょっとだけ待っていてね」と君が去る「百日紅だよ?分かっているの?」


君と飲むために求めし缶ビール「夏の気まぐれ」気まぐれならず


「Rちゃんに逢いに行くためここいつも通る」改札君の住む街


パンを片手に並び居る窓越しに改札通る君の幻


店先に西瓜簾に糸瓜あり夏の恋満つ品川の宿


気まぐれに君と牡蠣食めば風鈴の音と紙細工涼やかなりき


恋の宿い出て黒南風頬に受けひととせ前の海を想いぬ


露草の儚き青を溶かしたるような夏空ただ眺めたり


「保護者会だから逢えない」グラジオラス履けずにしまった赤い靴の色


蝉時雨残る小径よ我が元に届かず枯れた向日葵想う


贈られし花また贈られざりし花再会記念を彩る小径


「逢える日を楽しみに」咲きし彼岸花散らぬは白き想いなりけり


秋の風千々に乱るる木犀の香りのゆくえ一つならまし


金木犀秋の陽と咲き匂えども嵐招きし夏の日想う


栗祭りはしゃいだ夏の夢誘う君が腕(かいな)も一炊の夢


贈られし金木犀を生け居れば番い縺るるアオスジアゲハ


掌に溢るるほどの月眺め君からのメール読み返し居り


「スイドリーム」忍ばせていた頃の風甘きキャンパス街のある駅


ホトトギス咲きつる方を眺むれどただ人波の寄せては返す


「永遠に貴方のもの」と意を秘めしホトトギス受け取る逢瀬短し


恋しさを慰めて薔薇開けども君に逢いたき年の瀬の夜


ジャスミン茶手に取りし日はジャスミンに我を喩ふる君を想へり


爪先に乗せたるラメのばらつきを「朝露みたい」と言い訳をせり


街の灯に紛るも光る星月夜求むるように口づけ想う


蝉時雨に送られてゆく帰り道祭りのあとの残り火に似て


いつの世から我を待つらむ境内に赤く灯れる鬼灯(ほおずき)ひとつ


ブルーハワイいちごもすもももかき氷に夕立曇る境内想う


ひととせを遅れ届きし向日葵が今日も迎える夏のルフラン


彼岸花泣きつつ摘めば「夢なり」と報せる朝の光嬉しき


夕暮れに名残惜しみし忘れじの花の通い路今日もふたたび


恍惚(エクスタシー)夏の夕べを生き急ぐ蝉時雨浴び今朝を想へり


疎ましき雨なれど閨のカーテンのごとく二人を人と隔てる


鈴虫となりて現に我を留む明けぬれば逢うものと知りつつ


秋の日の短きを咲く花々を迎ふる我も身を飾るなり


秋の夜に物をこそ想へ彼岸花花火のごとく飛びて行かましと


逢ひ見てより時は経てども向日葵よ彼の想ひの蕾咲きけり


覚めやらぬ夢振り切りて汝が触れし薄衣を解くことこそ惜しけれ


夏の雨激しき夜の千日紅色褪せぬ恋を道端に咲く


秋雨の中を枯れゆくホトトギス夏の想ひは燃えぬるものを


木犀の散り敷く小径行き過ぎて心咎むる今日の終わりも


時来たらば便りをせむと我が庭の檸檬積みたる秋の夕暮れ


暮れゆけば明くるものとは知りながらなほも淋しき秋の夕暮れ


バッタ追う子を追ひつつも別れ来し人を想へる秋の夕暮れ


紅く塗りし爪先を子に見られじと慌てて履きしルームソックス


遠き日に生まれし光届け来る星に想ひし恋の道のり


雨雪の中に聖樹を巡る日は温もり嬉し傘の内かな


年の瀬の鐘遥かなる三年前マフラー贈りし人を想へり


冬薔薇の香り遥かに想いつつ赤き実の行方憂ふ今日なり


赤き実を守りて凍てし冬薔薇に想ひを運ぶ沖の春風


チューリップ萌えいづる芽の翼もて我が元へ発つ春も間近し


冬の日の「山路の露」を呼び起こす紅仄かなる茉利花の蕾


庭の薔薇離れがたしと彼の人の元に留まりぬ我が形代に


桜狩り夢多かりし我なりし我を探せる春の夕暮れ


甘き花込めし便りを我がものとせよ恋人の薔薇咲かせたくば


二十年想いし薔薇を恋咲きし若葉の中に蘇らせよ


葛城の峰より眺む雪のごと変わらぬ想ひ込めし鐘の音


「逢ひ引きは午後四時」と告げるグラジオラス独り抱きしめる「一時間前」


はめられぬ日こそ指輪をはめたくてそっと心の小箱を開ける


黒南風の町を彷徨い紫の薔薇を想へる夏の夕暮れ


逢える日を待ちわびつつも長雨にしおるる花の我が身なりけり


長雨に蜂の通い路阻まれてあやなく燃ゆる夜の花房


井の頭公園より届けられし傘カルミアとなり何処に咲くらむ


長雨にあはれ萎るる夢の花夏の一日(ひとひ)を永遠(とわ)にこそ咲け


旅路なる人の世なれば雲の身も恋の想いに漂ふ夏空


向日葵を贈られ「あなただけを見る」向日葵に今日変身す我


夢うつつ抱かれし夜は我が家の真紅の薔薇の咲きしとぞ知る


らんちうの看板見ゆる交差点「金魚姫」読みし日々を想へり


秋の園に引きわづらふな薔薇の花長雨の谷の深き想ひを


夏の陽に深まる秋の恋心彼岸花そして向日葵のブーケ












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