青春ロボ・アオハルと鉄の女

尾八原ジュージ

青春ロボ・アオハルと鉄の女

 アオハルはある日突然、わたしたちの二年一組にやってきた。

「アオハルは見ての通りロボットです。私たちの学校生活を補助してくれます」

 先生にそう紹介されたアオハルは、『よろしくお願いします!』と明るい声で挨拶をした。電子音だけどよく通って聞きやすい、中性的な声だった。

 つるっとした顔に平坦な体つきをしていて、単体では男女がよくわからない。ただ「アオハル」という名前はどちらかといえば男っぽいし、男子の制服を着せられているから、きっと男よりの性別なんだろうな、と思った。もっとも、ロボットに性別があればの話だけど。

 アオハルはすぐにクラスに溶け込んだ。なんでも、そういうAIを搭載しているらしい。力持ちのロボットらしく、机を運んだり、掃除をしたりしてくれるけれど、どうやらアオハルの本来の役目はそういうものではないらしかった。

 たとえば退屈な授業の途中でわざとバカみたいな質問をしたり、軽く故障したふりをして、散漫になったみんなの注意をひいてくれる。学園祭の出し物を決める話し合いが滞ったときには、流れを作るような発言をしてくれる。休み時間に楽しそうなことが起これば、飛び込んでいってもっと盛り上げるし、孤立している子がいたらそっと寄り添った。そういうことがごく自然に行われるので、私たちは次第にアオハルがロボットであることを忘れがちになった。

「どっちかっていうと、遠野ちゃんの方がアオハルよりロボ感あるよね」

 わたしは、自分がそんなふうに噂されてる現場に鉢合わせてしまったことがある。しゃべっていた女子は半笑いの顔をこっちに向けて、「あ……」と何かしら言いかけた。

 自分が無表情でリアクションに乏しいことは、わたしが一番よく知っている。さっさとすれ違った後、わたしの背中に女の子の声がぎりぎり届いた。

「さすが鉄の女」

 わたしは無視した。鉄の女呼ばわりは小学生の頃からで、今更何とも思わない。アオハルよりもよっぽどロボっぽい人間、それがわたしなのだ。


 アオハルはあらゆる雑用をこなしてくれる。たとえば校外学習の資料をまとめてホチキスでとじるとか、そういう地味な仕事だ。学級委員のわたしと放課後ふたりでプリントを並べながら、アオハルは『遠野さんは帰ってもいいよ。後はぼくがやっとくから』と言った。

 わたしは机に並べたプリントと、アオハルののっぺりとした顔を見比べて答えた。

「――いいよ、一緒にやろ。元々学級委員の仕事だし、なんていうか、こういうことやるのも経験だと思うし」

 素直に「アオハルひとりにやらせてるの、あんまり好きじゃないんだよね」とは言い損ねた。

 だってアオハルはロボットなのに、わたしがそんなふうに気を遣うなんておかしい。人間の生徒がひとりぼっちで雑用をさせられていたらかわいそうだけど、機械がひとりで働いていたって別に気の毒でもなんでもない。だけど、アオハルひとりが雑用しているのを横目に下校するのは、なんとなく嫌だった。

 アオハルはたぶん「生徒の自主性を尊重しろ」とでもインプットされているのだろう。わたしがそう言うとしつこく食い下がることはなく、『じゃ、ふたりでちゃちゃっとやっちゃおうか!』と言って、のっぺりとした顔でにこっと笑った。


 アオハルに告白をしてふられた女子がいる、という噂が流れた。

「あのアオハルに?」という人と、「気持ちはわかる」という人に別れた。私は「あのアオハルに?」派だった。少なくともみんなの前ではそういう風に振舞っていた。

 だってアオハルはどう転んでもロボットだ。告白したとしても、彼氏彼女の間柄になんかなれっこない。もしもその噂が本当だったとしたら、その子はどういうつもりでアオハルに告白したんだろう。アオハルと恋人同士になれたら、何をしたかったんだろう。

 わたしは相変わらず学級委員で、ほかの子たちよりも若干アオハルと過ごす時間が長い。ちょっとした雑用をアオハルと一緒にやるのは楽しかった。気を遣わなくていいし、なにしろアオハルは優秀だ。彼が人間だったら、本当に好きになっていたかもしれない。恋していたのかもしれない、と思わなくもない。

 人間だったら。


「アオハル、さぼっちゃおうか」

 ある日の放課後、ふと魔が差して、わたしはアオハルを誘った。

 学園祭の準備中だった。わたしたちは応援旗を作っていて、それ以外の子たちは劇の練習をしに体育館に向かった。体育館について行ったってよかったのに、アオハルはわたしと一緒に大きな布を絵の具で塗る作業を選んだ。

 水色の絵の具をべたべた布にくっつけながら、わたしはアオハルにそう声をかけた。アオハル、さぼっちゃおうか。

 アオハルが、なんて答えるのか知りたかった。

『――おー、びっくりした。遠野さん、そういうこと言うんだ』

 アオハルは人間みたいに笑った。のっぺりしたロボットの顔で、ちょっと戸惑いの混じった微妙な笑顔を見事に再現していた。

「おかしい?」

『いや、そうじゃないけど。でも遠野さんって、引き受けたことはビシッと片付けたい感じのひとじゃん』

 まぁ、そうだな、と思う。自分で「やる」と答えたことなんだから、めんどくさくたって、楽しくなくなって、それはちゃんとやり遂げるのが筋ってものだ。ふだんのわたしだったらそうする。でも、

「――そうじゃない気分のときだってあるよ」

 わたしは段ボールで作った急ごしらえのパレットに、絵の具まみれの筆をぽいっと投げ出す。「人間だもん。鉄の女だけど」

『なるほど』とアオハルはうなずいた。

『人間だもんね』


 アオハルのAIは、「わたしと一緒に旗作りをさぼる」ことを選択した。

 アオハルは誰にも会わないルートを計算して、わたしと一緒に校外に出た。たぶんこの行動もアオハルの中に記録されていて、後で先生にもどうせばれるだろう。わたしは今、あくまでアオハルの判断によって、彼の掌の上で管理されているに過ぎない。

 それでも中学校から少し歩いたところにある公園の自販機で買って、公園のベンチで飲んだコーラは、今まで飲んだことがない味がした。

『見つかったら叱られるよね』

 そう言いながら、アオハルもわたしと同じコーラのペットボトルを傾けている。あのコーラはどこに入っていくのだろう? なんだか不思議な感じがした。

「アオハルも叱られること、あるの?」

 尋ねると、アオハルは首を捻った。

『あるんじゃないかなぁ、たぶん。まぁ、まだ叱られたことないけど。ロボットだからね。遠野さんは?』

「わたしも、たぶん」

 そういえば、先生に叱られるようなことってしてこなかったな、と思う。

『遠野さんってめっちゃ真面目だよね。優しいし』

「なんで?」

『応援旗づくりとか、ぶっちゃけ面倒なだけじゃん。そういう仕事を率先してやるから、きっとすごい真面目で優しいんだなって』

 アオハルのAIは、よく他人を褒めようとする。わたしは首を振った。

「うーん……そうじゃなくてさ」

 そういうことをやるのは、わたしが真面目で優しい性格だから、ではない。自分のためだ。

 教科も体育も成績がいいに越したことはないし、内申点だってもらえるものはもらいたい。わたしたちはいつまでも中学二年生じゃない。来年は受験生で、その次はたぶん高校生で、また受験生になったり就活したり、進学したり就職したり――まだ自分がどうなるかわからないし、将来の夢とかなりたい職業とかも全然わからないけど、とにかく選択肢は多い方がいい、と思う。だから、自分の評価点を上げておくに越したことはない。

 わたしが優等生なのはわたしのためだ。優しいからとか、真面目だからとか、そういうことじゃない。わたしが自分のことしか考えていないからだ。

 ということを、わたしはアオハルに洗いざらい話してしまった。非日常感に酔っていたせいだ。

「――みたいなこと。まだ誰にも話したことないけど」

『ぼくだけ?』

 そう言って、アオハルはわたしを見る。わたしの打ち明けたことをいいとも悪いとも判断せず、ただそれだけ確認しようとする。

「そうね」

『そっかぁ。なんか嬉しいな』

 アオハルは、わたしにニッと笑いかける。ふと、心に何かがひっかかるような違和感を覚えた。わたしは、アオハルに告ったという女の子の噂を思い出す。

(気持ちは、わかる。なんて)

 そう思う方が、たぶんどうかしている。

(アオハル、もしきみが人間だったら)

 なんて。

 そんなことを考えるわたしは、間違っているだろうか。


 アオハルとこっそり学校に戻った。並んで歩きながらふと、手をつないでみたいと思ったのは内緒だ。

 結局、サボりと無断外出について、誰かに叱られることはなかった。


 学園祭が終わって、いつもの日常が戻ってきた頃、アオハルは突然みんなの前から姿を消した。

 どこかの中学校で、アオハルと同じ型のロボットが問題を起こしたらしい。それでリコールの対象になったのだ。

「もう戻ってこないって本当ですか?」

「それひどくない? アオハルが何かしたわけじゃないのに」

 ホームルームは収集がつかないほどの騒ぎになった。わたしは黙って椅子に座ったまま、アオハルのことを思い出していた。こんなとき、アオハルがいたらどうしただろう。景気良くおならみたいな異音を立てて、みんなの注意を引いたりしたかな。あいつ、優しいからな。ロボットだけど。

 胸に引っかかった違和感のようなものが疼く。この気持ちはなんだろう。ふと、コーラを飲みながらわたしのことを優しいと褒めたアオハルのことを思い出した。

 急に涙がぼたぼたっとこぼれて、ぎょっとした。隣の席の子がわたしを見て目を見開いた。

「遠野ちゃん、大丈夫!?」

 よっぽどびっくりしたんだろう。大きな声にクラス中がわたしの方を向いた。わかる。わたしだってびっくりしている。こんなこと初めてだ。

 隣の子はわたしの背中をなでてくれた。わたしは涙腺が壊れてしまったみたいに、しばらく小さな子供みたいにしゃくりあげながら泣いた。


 アオハルは結局戻ってこなかった。

 もしもわたしがアオハルに「好きだよ」って言ったら、アオハルはなんて答えただろう。彼のAIはわたしの告白をどう処理するのだろう。

 わたしは今でも時々、そんなことを考えてみる。

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