Le Foxhole magique
美木 大清
Le Foxhole magique①
その日の夕刻、西の空が激しく燃えた。
星々が降ってくる。
その軌跡は赤紫色に光り、美しくも、儚くも見えた。
私は部屋の窓からそれを眺めていると、ついにその時が来たようで、聞こえていた轟音が段々と近づいてきた。
あぁ、なんと素晴らしい日々であったのだろうか。
17年の人生、最後の言葉には皮肉が混じっていた。
「・・・ははっ」
空笑いが出て間もなく、私の意識は世界から切り離された。
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火曜日の朝、もう少しで6時になりそうだという頃、私は緊急用の携帯の着信で目を覚ました。
隣で寝ている妻もそれに起こされたようで、少し不満げにこちらに視線を向けてきている。
「・・・すまない」
「いいのよ」
ありがたいことに国の宇宙に関する研究機関にに奉職している私のもとには、度々このような緊急の電話が掛かってくる。
「黒田です」
「あぁ、黒田さん大変です! 今すぐ来てください!」
「どうしたんだ斎藤君、状況だけでも」
部下の切羽の詰まった声によっぽどの事が起きているのだと察した。
「あまり時間がありません。一刻も早く来てください!」
私はベットから飛び起きると、急いで支度を始めた。
こういった状況は初めてではなかったこともあり、準備にはさほど時間もかからなかった。
10分ほどで家を出ようとした私を妻が追うようにして玄関まで来た。
「お腹すくだろうから、これ」
そう言うと彼女はラップで包まれたおにぎりを二つ渡してくれた。
「助かるよ、いってくる」
「いってらっしゃい」
帰りに土産でも買おうと考えながら私は玄関を出た。
職場は車で15分ほどのところにある。こういった場合もあろうかと妻が職場の近くのマンションを探してくれたのだ。
車に乗りながら耳にイヤホンマイクを繋げると、私は部下に電話を掛けた。
2コールも経たずして彼は電話に出た。
「斎藤君、私だよ。今向かっているところなんだけど、簡単でいいから状況を説明してくれないか」
「わかりました。黒田さん落ち着いて聞いてくださいね」
いつもは簡潔で分かりやすい報告をくれる彼が、今日はやけにもったいぶっている。
「・・・星が降ってきます」
「どういうことだ」
私は彼の言っている内容を理解していた。理解してもなお、その意味を理解するのには困難を要した。
「だから、星が降ってくるんです。つい一時間ほど前に観測衛星が大質量の物体を検知したんです。アラートが鳴ってたまたま夜間勤務中だっ」
「そこまででいい。 それで大質量とはどれくらいの規模なんだ」
私は自分自身の混乱をかき消そうと、彼の言葉を遮ってしまった。
「斎藤君??」
「・・・Mクラスです」
部下の言葉に私は言葉を失った。
Mクラスと言えば地球ほどの規模の惑星である。そんなものが突然として地球軌道の近くに現れるなんてのはありえないことだった。
「黒田さん、とにかくこちらに来てください。所長も国のお偉い方ももうすぐ来られますので、そこで細かい話をしましょう」
「そうだな、あと五分ほどで到着するだろう」
私は車のアクセルをいつもよりも深く踏みながら、自身の職場へと向かった。
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夫の電話の着信で目を覚ました。
こんな朝早くに鳴っているということは緊急用の電話なのだろう。
彼の仕事は誰にでも出来ることではないし、私はそれを充分に理解していた。
ただ朝早くに起こされたとなっては私にも若干の不満はある訳で、その発散の為に彼にわざとらしく視線を当てた。
彼は困ったように謝罪の言葉を発した。
私はその困ったような顔を見れただけで満足だった。
電話を受けた彼は10分ほど職場に向かうし、過去にも同じように呼び出された時にはその日は一日食事もとれなかったと愚痴を聞いたこともある。
前回は確か、小惑星が地球にかすりそうだった時かな?
私は彼のパートナーとして最善の選択をした。
………困らせてしまったお詫びでもあるけれど
私は台所に向かい急いでおにぎりを握る。
作って間もなく彼が玄関に降りた音が聞こえた。
おにぎりを渡すと彼はお礼の言葉を向けてくれた。
私にはこんなことしかできないけれど、少しでも彼の役に立ちたい。
扉を閉めた彼の背中を見ながら、ふと飲み物を渡し忘れたと気が付いた。
まぁ、笑って許してくれるだろう。きっと帰ってきたら
「喉に詰まって死ぬかと思った」
とふざけながら教えてくれるに違いない。
彼を送り出すと私のもとには再び眠気がやってきた。
もう少し寝ても罰は当たらないだろうと、私はベットに戻っていった。
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「黒田さん! こちらです!」
斎藤君は、研究所に到着した私を玄関ロビーで待っていてくれ、そのまま会議室まで誘導してくれた。
会議室には研究所の所長に加え、各セクションの責任者と官僚が3人ほど、既にいた。
どの人も早朝に叩き起こされたと分かる表情をしていた。
「国家安全保障局のサトウと申します。ひとまず状況を整理しましょう」
官僚のうち最も背の高い男が話し始めた。彼の合図に合わせて他の2人が常備されているスクリーンにスライドを投影し少し太った方の男が話し始めた。
「私はサトウの補佐官のスズキと申します。こちらも同じく補佐官でタナカといいます。私から状況を端的に申し上げさせていただくとすると、今朝方5時ごろ、B国の航空宇宙局にてアラートを検知、突如としてMクラスの惑星が地球軌道内に出現したようです。こちらでも同時刻にアラートを検知したと発報がありました。なぜ出現したか、確認できていなかったかは現在調査中でございます。また惑星は移動していることも監視衛星から確認しており、その軌道予想は現在、松代のスーパーコンピューターが行っております」
進展していくスライドを見て私は唖然とした。
かれこれ20年近く宇宙について研究していたが、このような事態は初めてであった。
ただこのようなことが突如として起こり得るというのが、未だ未知の存在である「宇宙」というものなのだ。
「未だに分かっていないことが多すぎるが君たちには、状況を整理し安全かどうかの確認をしていただきたい」
サトウは高級官僚の割には丁寧な口調で我々に語り掛けた。
「なんだか今回の役人さんは優しいですね」
斎藤も同様に彼らの様子を感じ取ったようで、私は小さく頷いた。
「それにしてもサトウさん。情報がこうも少ないと判断のしようが、、、」
それまで黙っていた所長が初めて状況に対して口を開いた。
「・・・無理を承知です」
サトウの目はまっすぐと所長に向けられた。その後ゆっくりと見渡すように会議室に目を配った。
「我が国、、、 いや地球は未だかつてないほどの危機を迎えております。ただ見ているだけでは状況は変わりません。だからこそ、私たちの家族を安心させるためにも皆様方には全力をもって状況に対処していただきたい」
目が覚めるような語り口だった。
会議室内にいた誰もがそれを感じ取ったであろう。
「よし、まずは特定をすすめよう。各セクション総動員でとりかかってくれ」
所長が皆に呼びかけた。
「黒田さん行きましょう」
「・・・あぁ」
私は会議室を出て自分たちのフロアに急いで向かった。
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部屋でオルゴールが鳴っている。物心がついた時には聞いていた音色。
外の木箱は少しくすんでしまったけれど、音色は何時聞いても心地よい。
聞き慣れた名も知らぬ曲に、私はいつも心を落ち着かせていた。
以前、祖母がこのオルゴールについて話してくれたことがある。なんでも昔のお伽噺を歌にしたものらしいが、曲名がどうしても思い出せないのだ。
祖母も亡くなっているし、両親に聞いても「知らない」としか返ってこなかった。
オルゴールが止まる。
私は思春期特有の興味・関心に当てられて、この曲の真相を確かめないとこの気は収まらないのだと感じていた。
とは言ったものの、調べるにもどうすればよいのかは不明であった。
私はこの調査には助手が必要であると確信した。
思い立った私は、連絡先のお気に入りの欄にある”彼”に電話を掛けた。
「・・・もしもし」
「あ、
「どうしたの
電話口から聞こえてきた彼の声は少々眠そうであった。
「ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
「お願い?めんどくさそうなのは嫌だよ」
「お願い―! ちゃんとお礼もするから」
「・・・分かったよ。それでお願いって何?」
気だるさの中に私は若干の優しさを感じ取った。
彼とはかれこれ10年以上の付き合いだ。
いわゆる幼馴染というやつで、田舎ではよくあることだが小学校から高校までずっと一緒だった。
「私のさ、家にあるオルゴールあるじゃん?」
「あぁ、あの朽ちかけた気のやつね」
「・・・年季があるって言ってよ。それでね、私あのオルゴールの事が気になっちゃてさ、一緒に調べてほしんだ」
電話の向こうで彼は無言でいる。きっと10秒ぐらいだったのだろうが、私にはその時間がとても長く感じた。
「報酬は?」
「一週間お昼奢り」
「・・・分かった。とは言っても何をすればいいんだい?」
「それを考えてほしいの。おばあちゃんは知ってるみたいだったけど、もういないし」
向こうでため息が聞こえる。
「写真を送っておいてくれ、あと音も録音しておいて」
どうやら、完全に面倒くさがっているわけでは無さそうで、彼のそういった性格は私は好きだった。
「ありがと、孝幸」
「どういたしまして、昼飯よろしくな」
そう言い残して彼は電話を切った。
Le Foxhole magique 美木 大清 @SontyouY
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