第4話
「でもさぁ。確か『ゆきと』って初恋の話を振られても言わないよね」
「そうそう! のらりくらりとかわすっていうか、ごまかすよね」
そんな昔の事を思い出していると、ふいに同級生たちの声が聞こえ、私は思わず「ふーん」と思った。
――話さないんだ。
私は普段あまりテレビなどは見ないため、そういった情報はあまり知らない。
昔の有紀人は確かに彼女たちが言うとおり「言いたくない事」や「話したくない事」に関しては上手くごまかすか……黙る。
――あの時の何とも言えない「圧」を感じる表情がなぁ。
正直、怒った大人たちよりも怖かったのを良く覚えている。
「……」
――でもまぁ結局。
小学校を卒業してすぐに親の転勤に付いて行く事になり、有紀人と別れる事になってしまった。ただ、なんだかんだで昔と違って今は簡単に連絡を取る事は出来る。
――現に高校に入ったばかりの頃はそれなりに連絡を取り合っていたし。
しかし、ある時を境に連絡はめっきりと減り、今に至っている。
――まぁ、その時期と今の人気を考えると……何となく察しはつくんだけど。
そう、それは「有紀人がメディアによく取り上げられ始めたタイミング」と合う。
――でもまぁ。
心のどこかで「いつかはそうなるのではないか」と思っていた。それくらい、有紀人の容姿は整っていたのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
帰り道、多分「有紀人が初恋」という人は結構いるのではないだろうか。ふと、私はそんな事を思った。
「……あっという間に卒業か」
ふと上に視線を向けると、そこには花がつぼみを付けている。
――それにしても、当の本人は「言いたくない」って……笑える。
「ん?」
そんな時、視線を前に向けると……そこにはフードを被りマスクを付けた人がいた。
――え、もう花粉症? いや、でも花粉症ならフードを被る必要は……。
そう思っていると、ふいにその人はフードを脱いだ。
「え」
私は目の前に現れた人物に目を疑った。なぜなら、その人は昼休み。同級生たちが話題に出していた『有紀人』だったからである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なっ、なんで……え? 今、忙しいんじゃ……」
「うん、ごめんね。連絡出来なくて」
申し訳なさそうにそう言って苦笑いで答える有紀人は、確かに身長も大きくなって私なんて当に追いこしている。
――でも、その表情は……あんまり変わらない。
実はこうして会って話すのも小学校以来だった。
「いや、それは全然気にしていない……けど」
「そっか。それはそれで少し寂しいな」
正直「こんなところを誰かに見られたら」とか「ここにいる事を誰かに伝えてあるの」とか言いたい事はたくさんあるのに、上手く言葉が出て来ない。
――でも、昔と違って今の有紀人は有名人だし。
本当にこの状況は非常に良くない。逆に申し訳なくなってしまう。
「……香里ちゃん。これからもずっと僕と仲良くしてくれる? って昔に聞いたの覚えている?」
「うっ、うん」
「あの時、香里ちゃんは『当たり前でしょ!』って言ったんだよ?」
有紀人は「覚えている?」と言って、さらに「ふふ」と笑う。
「え、あ……」
――そう……だったかな。
「僕はそれがとっても嬉しかった。だって、僕は……香里ちゃんが好きだったから」
「……え? でも、初恋の話はした事がないって」
「うん。だって、下手に探られたくないからね」
「あ、そう」
その顔は穏やかなのに、まとっている雰囲気は全然穏やかじゃない。
「僕としては結構アプローチをしていたつもりだったんだけど、なかなか気がついてくれそうになかったから……」
「だっ、だからって来ちゃダメでしょ」
悲しいかな、昔の癖なのか。この時の私は「嬉しい」とか、ましてや「私も……」なんて言葉は出て来なかった。
しかし、有紀人も私のこの反応に慣れたモノで「うん、僕もそう思う」と笑いながら答える。
「でも、これから一緒な大学に通う事になるから……どうしても直接伝えたくて」
「……え? 一緒の、大学?」
「うん、そう。だから、これからよろしくね、香里ちゃん」
そう言って手を差し出す有紀人は、確かに最初に出会った『天使』の様な笑顔だったけれど……。
――えー、マジか。
「よっ、よろしく」
私は差し出された手を握りかえしながら、だれにも言わずに終わったはずの『初恋』がこれから「リスタート」する様な……ドタバタな日常が始まるような予感がしていた。
でも「不思議と嫌な感じはしない」と思いながら私は「ふふ」と笑ってしまった。
初恋リスタート 黒い猫 @kuroineko
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