13.守るのより攻めることに興味がある

 国の王と世継ぎの来場を告げるファンファーレが響く。

 喧噪の真ん中で馬車は止まり、フィリベールは座席から立ち上がる。それから、隣の席に見向いた。

「父上」

 フィリベールが呼びかけると、奥の座席に座ったままの老いた王もまた、ゆっくりと顔を向けてきた。


「閲兵、だったか……」

「そうです。日々訓練に励んでいる兵士たちを労るのです」

「うむ」


 王は、頷きはしたものの、立ち上がる気配を見せない。

 フィリベールは溜め息を吐いた。


「さあ、行きますよ」


 ミューニック伯爵によって整えられた閲兵の場は、結局、フィリベールだけでなく国王その人も参加することになった。


 左手を掴んで、彼を立たせた。そして、御者が開いた扉から外へと引き出す。

 今日は一人で歩くことさえ覚束ない国王。従者や女官たちから訝しげな視線を向けられていることにさえ気づけないでいる父。

 フィリベールはうっすらと笑みを貼り付けて、その手を引き続けた。

 郊外とはいえ、これだけの兵がどこにいたというのだろう。その歓声と、喇叭の音が続く。旗を翻す風さえも鳴り止まない。

 王と王太子が揃って城壁の上へと登れば、整列した彼らは一斉に背筋を伸ばす。


 縁に両手をついた状態で立っている王の耳元で囁く。

「お手を振って差し上げてください」

 おお、と返事があって、クレマン4世はおもむろに手を上げた。

 再び歓声が上がる。


 これがベルテール王国を守る国軍だ。大きな戦乱も災害もなく過ごしてきた平和な国の、お飾りの軍隊。


 白髪に大きな外套マントの国王の隣で、笑顔を貼り付けて手を振っていると。

「励ましをありがとうございます」

 声をかけられた。


 振り返る。

 背は高い方に入るフィリベールでも見上げるほどの長身。ついでに、肩もがっしりと広く、その後ろに別の人がすっぽりと隠れられそうだ。

 その体に纏っているのは、国軍の藍色の制服。肩や胸にはいくつもの飾りがきらめく。

 じっと、髭に覆われた顔を見つめてから。

「ご苦労様です、ミュラン将軍」

 笑いを向けた。


 ミュラン宰相の甥――ジェラルディーヌ王妃の従兄にあたる男。厳つい顔のロドルフ・ミュランは豪快に笑った。


「どうぞ、ロドルフとお呼びください。有名人と同じ家の出というのは、呼び名に困ります」

 宰相が姓で呼ばれるからか、と頷いて。

「では…… ロドルフ将軍」

 フィリベールは相手に向き直った。


「改めて。いつもご苦労様です」

「勿体ないお言葉。

 ここに集まっているのは、王国のために命をかける覚悟のある者ばかりです。有事に備えておくのは当然のこと。ですが、その労りが次への活力となるのも事実。殿下からのお話は後ほど、下級の兵までしっかりと伝えるようにいたします」


 二人頷き合った横で。

「フィリベール」

 細い声が上がる。クレマン4世だ。

「如何なさいましたか、父上」

「もう疲れた」

 落ちくぼんだ眼に見つめられて、眉が寄る。

「戻りたい」

「今すこし、ご辛抱ください。誰か、父上に椅子を持ってきてくれ」

 言えば、ロドルフの後ろの兵が動く。


 一段高くなった場所、城壁の下を楽に見渡せるところにゆったりと腰掛けた王は、そのまま目を閉じた。

 フィリベールはゆっくりと目を逸らす。だから、将軍がわずかに頬を引き攣らせた様子が見えた。

 だが、ロドルフは何も言わない。どっしりとした体を伸ばし、視線を城壁の向こうへと投げただけ。

 だから、同じように見下ろしながら。

「訓練をどのように行っているのか、是非、私に教えてくれないか」

 フィリベールは問いかけた。


 ふむ、とロドルフは顎を擦った。

「これというものはございませんが、まあ、攻めることを考えるほうが皆楽しいようでしてね」

「攻める……」

「前に進む動きを考えることが多くございます」

 成程、と頷く。

 その中で、木工細工と呼ぶにはあまりに大きすぎるものを見つけた。


「あれはなんだ」

投石機カタパルトです」


 ロドルフはあっさりと答えた。


「あの真ん中のを利用してですね、石や砂利の詰まった袋を敵陣へ投げ込むんです。本体が大きければ大きいほど、投げられる物も大きくできますので、あのようになりました。ちょうど四人乗りの馬車と同じくらいの大きさです。

 馬車と同じように車輪を取り付けることで、遠い戦場へも運んでいけるようになっています」


 フィリベールが頷くと、将軍は首を傾げた。


「ご興味がおありなら、もっと近くでお見せしましょう。それと、専門の工兵部隊がおりますが、部隊長にお会いになりますか?」


 応も否もないうちに、伝令が走って行く。

 すぐに小柄な男が息を切らしてやってきた。


「ど、どうも、はじめまして」


 肩で息をし、膝に手を置いたまま。彼は顔をだけをフィリベールに向けてきた。


「ジョス=マザランです」


 日に焼けた顔で、白い歯が光る。ふわふわと赤毛を揺らしている彼に、ロドルフ将軍は「王太子殿下の質問に答えよ」と言った。


「くれぐれも発言に気をつけるように」

「はいはい、自信はないですけどね」


 ロドルフはぐっと唇を曲げ、それ以上は言わずに踵を返す。

 二人残されたところで。

「フィリベール王太子殿下で」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、ジョスは言った。


「まだお若いんですねぇ」

「おまえもだろう」

「もう二十五ですよ、これでも」


 くりくりとした瞳だけ見れば、二十一歳のフィリベールよりも幼く見えそうだが。頬や顎に広がる無精髭はなるほど、大人の男と呼べるかもしれない。


 その彼の息が整うのを待って。

「あの投石機とやらは、おまえの作なのか?」

 問いかけると、笑い返された。


「平和なこの御時世に言うのは憚られますけど。正直、守るのより攻めることに興味があるんですよ。投石機カタパルトとか。バリスタとか」


 ジョスの瞳がキラキラと輝く。


「今軍にある攻城兵器のほとんどを俺が設計しました。作る時は、部下をき使いましたけどね」

「今も何か作っているのか?」

「ええ。最近は大砲が気になって、いろいろ試作してるんですけどね……」


 そこでジョスは息を切り、また肩を落とした。

「火薬がねー。足りません」

 フィリベールは瞬いた。


「東洋から渡ってきていると聞くが」

「武器にするのに有効な材料はやっぱり、きな臭い場所に流れていくんですよね。ベルテールは一番最後ですよ」

「何処に流通しているかは知っているか?」

「やっぱりハルシュタットですかねえ? あそこはやばいですよ。国王に従わない貴族が多過ぎなんですよ」


 そうか、と頷いた横でジョスはまだ喋り続ける。


「思うように兵器が作れないから、最近は、ビーズ作りに嵌まってるんです。ちなみに実益も兼ねてます。売れば金になりますから」


 目を丸くしてみせる。ジョスはますます瞳を輝かせた。


「例えば、王子が今、指にはめてらっしゃるやつ。そういうのも作れますよ」


 眉を寄せて、フィリベールは己の右手を見た。

 中指に付けた指輪。ベルテールの王族として装うために、久しぶりに出してきた逸品だ。

「これは上等な紅玉ルビーだ。ガラス玉とは違う」

「本質はね。見た目はどこまでも寄せられますよ」

 ふふふ、と工兵は笑う。

模倣品イミテーションを作ってお見せしたら、納得してくださいます?」

「どうかな……」


 ふっと息を吐いてから、瞬いた。

 ゆっくり視線を巡らせる。その先で父王はまだ椅子に腰掛けたまま、船を漕いでいた。

 肘掛けにかけられた右手では鳩の血ピジョン・ブラッドが輝いている。


 ふと、悪戯心が沸き上がった。どうしてかは分からない。ただ、この陽気に喋る男を試してみたくなったのかもしれない。


 ――味方は誰だ。


「どうせなら、王家の至宝を模して見せろ」

「本気ですか!?」


 ジョスが身を乗り出す。フィリベールは淡々と続けた。

「父王はあそこにいらっしゃる。あの手に付けていらっしゃるのが、我が王家の至宝で国王の証である指輪だ」

 指先で示すのは止めない。

 ジョスは、ほー、と息を吐いた。


「こんな近くて拝見できるとは感激! 感激っすよ」

「ここから見えるのか?」

「ええ! ここからでも十分見えます!」

「目が良いんだな……」

「見れば覚えられますからね! 必ずお作りして見せますよ」


 本気か、と目を丸くする。だが、今更発言を撤回できるはずもない。

「完成の際はよろしくお願いします」

 ジョスの笑顔は眩しすぎる。

「出来映え次第だ」

 フィリベールは苦笑いするしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る