「レイガン・ジャップ」

低迷アクション

第1話

 そうして人類は永遠の眠りについた。筈だった…が、薄れゆく意識の中、眼前で繰り広げられる光景に、私こと“マイク・ホー”は声にならない悲鳴を上げる。


分厚い瞬速冬眠カプセルの透明ガラスに、赤黒い爪を立て、大型肉食獣並みの背丈に、小鬼のような醜い形相で這いまわる異形の怪物群…コイツ等は“BEM(侵略者)”


15年前に起きた星間戦争で敵惑星人が使った惑星侵攻兵器…全て滅ぼした筈の存在だが、

仕留め損ねがいたのか?


いや、それとも、人類に星ごと滅ぼされた惑星人が、私達の地球が荒廃するのを待って、仕掛けた時限式の仕掛け?武力では、人間に勝てない彼等の最後のあがき?


警備システムはどうした?誰か起きているモノは?との思いは、すぐに無駄だと悟る。急激すぎる環境破壊と疫病に覆われた地表から逃げるように、カプセルに飛び込んだ私達、人類は、近隣の惑星間における敵対は全て滅ぼしたと自負していた。


このような事態は想定外中の想定外…いや、人類は文明を持った時から、常に

この言葉に運命を左右されていたのかもしれない。


そんな悠長な感慨に浸る時間は既にない。機械に設置された自動休眠工程のおかげで、脳の感覚は痺れ、恐怖の感情ごと、無理やり全身がコールドスリープされていく。


私の耳元で隣のカプセルが砕ける破砕音が響く。凍り始めた目をどうにか動かしてみれば、怪物の1匹が乗っかるカプセルが、奴の自重で砕けた音だという事がわかる。


その透明のガラス片から、滴り、ずり落ちる血と臓物を見て、絶望を確信した。



このままでは、全人類が怪物達の餌…冷凍食品のように好きな時に解凍され、食されるか、おぞましい奴等の繁殖工程に利用されるだろう。


連中の生体を研究し、駆除を指揮した私だからわかる。星の存続、種の保存と言う人類の生き残りをかけた最後の選択が、とんだ地獄の未来予想図…


こんな事なら、私が眠った後に来てくれればよかった。体も動かせない状態で、人類が終わる様をただ、見るだけだとは…全く、何と言うタイミングで来てくれたのだ?


あと、もうちょっと遅く、私が瞬速凍結された後に…!?…


完全に沈黙しかかった思考が急速に閃く。私は頭に取り付けられた、思考操作モジュールに凍結スピードの“最高速”を指示する。


万が一にも、邪な思いを持つ者が、皆が寝た後、起きていないよう、カプセルには、

搭乗者が操作する権限はない。だが、停止は出来ないが、早める操作は可能だ。


慣れない凍結工程に体調を崩すモノや、密閉空間と言う恐怖心から、身体に障がいを残す例もある。それを避けるための瞬間凍結の速度の調節…


これらはカプセルの実験工程でわかった事であり、その中には、いくつかの不具合、バグとも言える事例が確認されていた。


実験時には、ただの自殺行為、または凍結工程として、全く意味を成さないモノだと理解されていたが、このような事態、古い言葉で言えば、一か八か?賭けてみる価値はある。


脳内に“異常”を示すサインが濁流のように刻みこまれるが、構う事はない。カプセルが激しく振動するのを感じる。


異変に気付いた怪物の顔面が、ガラス越しに覗いた刹那、私の意識は、頭を擦り切られるような激痛と共に、何処かへ飛んだ…



 熱帯の虫達は本土とは比べモノにならない程デカい。敵から奪ったトンプソン機関銃の上を這う一匹を払い除け“三田村敏八(みたむらびんぱち)”は、垢としらみの住処となった

自身の体を、草むらの中に埋めた。


敵の居場所は“臭い”でわかる。そりゃ、平時の人間並みとは言えないが、連中は風呂にも

入ってるし、香水に石鹸、タバコ、食い物、コーヒーの匂いと言った、こちらには無いモノ

全てを持っている。


これらを纏い、振りまく奴等の位置はバレバレだ。味方が三田村のように、嗅ぎ分ける事が出来たら、この地上戦の勝敗は、また違ったモノになっていたかもしれない。


全ては終わった事だ。後は戦って…死ぬだけなんて、クソッタレのお国柄を全うする気は毛頭ねぇ。


相手が自身の臭い…いや、位置か?に気づく前に、銃弾をお見舞いする。英語の悲鳴を心地よく、反撃の銃弾を浴びないよう、身軽に位置を替えていく。


想定外だったのは、戦車がいた事だ。シャーマンとか言う名前の鉄車から発せられる油の臭いに気づかないとは…


戦いすぎて、馬鹿になった感覚を呪いたいが、人生こんなモンだろ?と言う、オーストラリア鉄鋼艦大好きのギャングの台詞&人生観を再体現するのも悪くない。


機関銃をしっかり握りしめた銃口と相手方の大砲が向き合う。轟音と共に全身がバラバラになる感覚と一生で感じた事のない痛み…


気が付いた時は空の上だった。


意外だったのは、空の上にも(とゆうよりも空のような空間)敵がいた事だ。無臭で青みがかったフィルムみたいに透けてるが、白人…敵対勢力だ。


手にはしっかり離さなかった敵国性機関銃…向けるは当然。相手は丸腰…航空兵みたいな制服だが、近くに戦闘機はなさそうなのが、幸い…


「待て、撃つな。日本人…君の恰好、旧日本兵だな?と言う事は、ここはWWⅡ?全く、

バグが生み出した工程とは言え、送られる先が想定外すぎるぞ?それとも、私の先祖が、ここに、いや、わからない。とにかく、我々の瞬間冬眠技術が光に近い速さで凍結を進めた結果、搭乗者の遺伝子に含まれた記憶データのある空間に短時間ではあるが、タイムトラベル出来る技術はまだ…」


「オイ、言葉が上手いのは、褒めてやるが、何言ってるかわからねぇぞ、この野郎!とにかく覚悟しな、ヤンキー!こっちはオメー等の敵様であるイエローモンキー、ジャップ野郎!三田村様だ!そして、お前は捕虜確定!どうだ?悔しいか?」


「ミタムラ、君の名前だね?時間がない。聞いてくれ!今から1000年後、人類は滅びの時を迎えようとしている。それを食い止めるため、君の力を借りたい」


「1000年後ぉ?ふざけるな?こちらとら、今のご時世で充分だ?ウン?いや、待て。人類と言ったな?戦争はどうなった?日本は?いや、お前さんの言葉が上手い事からして、


国は残ってそうだな。日本を含めた上での全人類の危機と言う事か?」


「そうなる。説明は省かせてくれ。とにかく、こちらに…手を!私も君も肉体を持たない。その君の意識を、そのまま、私の体に転送できる。理論的には…いや、確証はない」


「そんな事よりよ…」


「?」


「肉体を持たない…てことは、俺、死んだか?」


白人の曇り顔で察せられた。全てが急ピッチで進められている。だが、元々死ぬしかない命…


気にする事もないか?


白人を喜ばせるのは嫌だが、まあ…


「人生…こんなモンだろ?」


それで、全てが決まった…



侵略兵器であるBEMに恐怖と言う感情は今まで無かった。だが、揺れ始めたカプセルに覗く清潔そうな人間の顔が突如、醜く蠢動し、ボロボロの軍帽を被った、汚物と吹き出物

だらけの黄色い顔に変わった瞬間


“理解不能”


と言う不安と足元が竦むモノを覚えた。


慌てて飛び退る怪物の前で、カプセルを叩き割った怪人は、自分達を見回し、獣のような

咆哮を上げると、手にしたレイガン(この時代に実弾を用いる銃器は消滅していたため、

彼等はトンプソン機関銃を光線銃と誤認した)を乱射し、BEM達を次々と葬っていく。


2944年と言う近未来において、忘れ去られた古き良き日本の文化


“憑依”と“転生モノ”


を体現した三田村は、後に


レイガン・ジャップ(BEM達の意思疎通言語で“ジャップ”とは“鬼”や“悪魔”の意)


と言うあだ名で、眠り続ける人類に知られる事なく、誰にも知らない人類の希望として、

怪物達から恐れられていく事になり、総じて、人類はまだまだ滅びそうにない…(終)

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