ようこそ!摩訶不思議課へ #1

西桜はるう

プロローグ

檜垣咲夜(ひがきさや)は近所の神社の石段に座り、本日何度目かのため息をついた。

「はあ、今日はひどかったな……」

見れば手も足も傷だらけである。痛々しくまだ血を流れている傷口もあった。

「咲夜!」

「成(なり)くん……」

「また、かい?」

「えへへ。うん、ちょっとね」

「あぁ、もう、こんなに傷を作って……。とりあえず手当をするから中においで」

「うん、いつもごめんね」

社務所から出て来た袴姿の青年に連れられて、咲夜は小部屋へと入って行った。

「今日は?だれだったの?」

「うーん。たぶん【髪切り】かな?そんなに悪い妖怪じゃないのに、虫の居所が悪かったのか、『オレの姿が見えるなら髪を切らせろ!』って」

「最近多くない?生傷が絶えなく心配だよ」

『成くん』と呼ばれた青年・成都(なりと)は、救急箱から包帯や絆創膏を取り出し、手際よく咲夜の手当をした。されるがままの咲夜は申し訳なさそうに成都の手元を見つめる。

「はい、できた。危ないから送って行くよ。ちょっと待ってて」

「え、でも成くんは神社の仕事が!」

「そんなこと言って、また襲われたらどうするの?」

成都の真剣な瞳とその雰囲気に押され、咲夜は『はい、お願いします……』としか言いようがなかった。

絆創膏と包帯だらけの手足でよっこしよと立ち上がり、制服のスカートのほこりを払う。赤いリボンが胸の前で揺れ、華奢な体に不釣り合いなジャケットが成都の庇護欲をさらに誘った。

「なんかまた痩せた?」

思わず掴んでしまった手首をごまかすように、成都は怒った風を装って軽く咲夜に詰め寄る。

「そ、そうかな?ちゃんと食べてるよ。大家さんがよく煮物とか持って来てくれるし、自炊も割とマメにしてるしなあ」

確かに咲夜は17歳という年齢の割には身長が148センチとかなり小柄で、成都から見ると強風で吹き飛ばされそうなほど細い。

高校の制服には完全に着られてしまっているし、スカートもベルトを締めなければずり落ちてしまう始末。妖怪に好かれ、同時に妖怪に襲われる少女の面倒をみる身としては、身が持たないほど成都は心配なのである。それは自身も稲荷神社に宿る稲荷神に仕える妖怪だから、余計にだ。

「さ、行くよ」

「うん。ありがとう、成くん」

境内から石段を下りると、夕日はすでに夜の気配を湛えていた。どんどん暗くなっていく時間が迫る。

「【髪切り】って確かにそんなに悪い妖怪じゃない。やっぱり咲夜が自分の姿が見えるのは髪を切らせてくれなかったことに立腹したのか……」

「そうだと思う。おとなしく髪を切らせてあげればよかったかな?髪じゃないところは抵抗しなかったんだけど」

「いや、調子に乗るからそれはやめた方がいいけど……。まあ、虫の居所は悪かったのかもね。妖怪だって一応生きてるし、機嫌が悪いときもあるよ」

「そうだよね。わかってるからそんなに抵抗しなかったんだけど……」

「怪我を負わすのはいくら機嫌が悪いとは言っても間違っている。それは人間側のルールと一緒だよ。抵抗してもよかったんだ」

成都がそう言うと、咲夜は「うーん」と困った表情を浮かべた。

「ん?」

「お前ぐらいだって、言ったの」

「え?」

「お前ぐらいしか、オレたち妖怪のことをちゃんと認識してくれないんだって言って向かってきたから。なんか、ガツンと抵抗しようにも寂しさが勝っちゃって」

『妖怪が見える私は貴重みたい』と咲夜は心細そうに笑った。

昨今のオカルトブームは、妖怪の居場所を侵食していた。インターネットの発達により情報が出回りやすくなったぶん、人々の興味は分散傾向にある。『妖怪の仕業』と思われてきた出来事も、ただの恐怖体験として処理されてしまえば妖怪自身も形無しわけなのである。

「妖怪って人気ジャンル?だとは思うんだけど、私たちが生きる現代に妖怪がまだ存在していると思っている人ってなかなかいないよね。だから妖怪たちも、私が見えて、触れられて、会話ができる人間ってだけで特異だけど貴重なんだろうね。そう思うと、なんだか切なくて。確かに怪我はしちゃったけど、【髪切り】のストレス発散になったのなら、ま、いっかって」

咲夜の言葉に切なくなるのは、今度は成都の番だった。

(そのやさしさがいつか仇にならないといいんだけど……)

「そういえば、稲荷さまは元気?」

「元気だよ。相も変わらず若作りして、夜の街をフラフラ、フラフラ……。困ったもんだよ」

「ふふふ、元気なことはいいこと、いいこと!私は最近、【家鳴り(やなり)】が住む場所がないって言って何人か引っ越してきたよ。そんなに古い家じゃなくても棲みつけるんだね」

「え、【家鳴り】!?うるさくない?」

「ううん。私が家にいるときはおとなしいよ」

「【家鳴り】が静かなんてシンジラレナイ……」

「なんで最後カタコトなの?」

クスクスとおかしそうに笑う咲夜を見て、成都は安堵した。【髪切り】につけられた傷は相当なものだったが、咲夜は決して妖怪を恨まない。悪口も言ったりしなければ、愚痴もこぼさず受け止める。そこを成都は感心しているのだが、ここ最近の怪我のしかたには渋い顔をせざるを得なかった。しかし、それでも咲夜は妖怪を悪く言ったりしない。今回も【髪切り】の勝手きわまりない行動で怪我をしたのにも関わらず、咲夜は笑っている。

「咲夜、前にも言ったけど妖怪のことをこれからも嫌いにならないでほしい」

「成くん?」

いつになく真面目な口調の成都に、咲夜は「え?え?」と戸惑った表情を浮かべた。咲夜の両手をギュッと握り、20センチ以上ある身長差を埋めるように身を屈める。

「僕がなるべく咲夜のことを守るから、これからも妖怪たちのわがままを聞いてあげてほしいんだ」

一陣の風が2人の間を抜け、咲夜の長く黒檀のような髪と成都の金髪を揺らす。夜はそこまで迫っている。百鬼夜行が始まる前に咲夜を家へと送り届けなければいけなかったが、成都は言わずおれなかった。

「うん。大丈夫。妖怪のことを嫌いになったりもしない。これからもずっと、私は妖怪たちの味方だよ」

成都の手をしっかりと握り返し、咲夜はにっこりとした。小さな手に貼られた絆創膏にはまた血が滲んでいる。こんな怪我を負わせた妖怪たちの味方でいてほしいなんて自分はなんって虫がいいんだ。そう思いつつも、成都は咲夜のやさしさを存在が忘れかけられている妖怪たちに分けてやってほしかった。

「行こうか、百鬼夜行が始まってしまうし」

「あ、そうだね!」

百鬼夜行とは夜に行われる妖怪の大行進のことであり、これに咲夜が出会ってしまうと怪我だけでは済まないだろう。ただでさえ妖怪は「見える人間」というものに飢えているのだ。自分たちの存在を認識してくれる貴重な人材は見逃さない。

「今日は晴れだね。きっと月が高いから、妖怪たちも気合を入れて行進すると思う」

成都は空を見上げた。薄くだが綺麗に月が出始めている。

「急ごう」

咲夜はまだ知らない。

これから自分が今よりもっと深く妖怪に関わることになるということに……

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