最終話決行


 身元を隠すために必要な目出し帽を購入する目途が立たない宗太は、半透明のビニール袋で代用品を製作する。報道番組で取り上げられるようなバイクのヘルメットを被った強盗集団と比べ、威圧感が足りない。


 翌日の夕方、自室のベッドで横たわっている彼の元へ集合を知らせるメッセージが届く。まだ右肩甲骨の痛みが引いておらず、左手で包丁を持つしかなかった。


 大金を手にする機会がようやく訪れ、高揚感を抱いていた彼はもう1人の仲間に連絡する。急いで集合場所に行かなければ延期となってしまう。しかし、仲間の忍はそのような事情を全く考えていなかった。


 『いや、8時からましろんのライブ配信あるから無理。てか、強盗はいつでも出来るだろ』


 「今日、参加しなかったらケーキ店でましろんファンを名乗ってやるからな」


 女性ヴァーチャルライバーの活動休止に追い込むような脅迫を使い、宗太は無理やり参加させようとする。忍の口封じまでが強盗の計画だった。予想通り、彼は不満ながらも参加する意思を伝える。


 通話が終わり、場に相応しい服装を知らない宗太は普段着のまま、必要な道具が入ったビニール袋を持ち、家から出る。集合場所のコンビニは洋菓子専門店からやや距離が離れていた。


 数分後、宗太はコンビニの前に到着し、すぐ目立たない服装の忍と黒いフルフェイスヘルメットを被った金髪の男が集まる。このまま入店した場合、間違いなく強盗だと気づかれてしまう


 2人の意欲が感じられない服装を見た彼は苦言を呈する。金髪の男だけ黒い革ジャケットを羽織り、威圧的な格好だった。唐突に荷台が少し上がっている自転車のカゴから自動拳銃のガスガンを出し、近くの軽自動車の窓へ試し撃ちする。


 「お前らのどっちかが店の外で見張る係な。マジでさっさと決めろよ」


 1番楽な役割を宗太に譲り、忍が白いマスクを着けた。顔見知りの店へ強盗する人間らしからぬ杜撰な変装に金髪の男は彼の顔にガスガンの銃口を向け、強制的に見張り担当を決める。


 3つの穴が開いているビニール袋を被った宗太を先頭にして、3人は洋菓子専門店へ向かう。すれ違う通行人が奇妙な格好の彼らをこれから強盗する集団と見抜く事は困難だ。


 自転車を店の脇へ停め、それぞれが脅迫に使う道具を用意した。見張り担当の忍は、刃渡りが短い錆びかけたフルーツナイフしか持って来ておらず、安易な考えで武装強盗に加わっている。


 包丁を持った宗太と金髪の男が店内へ入り、待つだけの忍は尿意を催してしまい、自転車でどこかに行く。施錠されていない2台の自転車が取り残されてしまう。


 「ましろんファン強盗だ! 大人しく金を出せ!」


 茶色の三角頭巾を被った女性従業員と、精悍な顔立ちの男性店長は、宗太の脅迫に硬直した。しかし、笑いそうになるのか、彼が被っていたビニール袋から目線を逸らしている。


 隣の喫茶スペースでチョコレートケーキを食べていた秋菜と、赤子を抱いている女性は手洗い場へ駆け込んだ。そして、施錠がされ、ベージュのチェスターコートを着た中性的な容姿の青年とベビーカーが残される。


 『神様が左足で描いた様な顔している癖に図々しいわ。狭いから早く出て行きなさいよ』


 『あ? うち、これでも前髪クソダサパッツンアラサーよりマシな面してんだけど?』


 1人用の手洗い場から罵り合う声と赤子の泣き声が聞こえ、金髪の男は静かにさせるため、扉を数発撃つが全く収まらない。客の青年が、近くの机を横に寝かせ、後ろへ隠れた。


 「僕はのけ者に怒っているジャックの心です」


 「大変だわ! 可哀想なダッキーが孤立無援になっているじゃない!」


 女性従業員に心配されている彼は、『ファイトクラブ』のエドワード・ノートンのナレーションを真似する気力がまだ残っているようだ。片手を伸ばし、チョコレートケーキを載せた皿とフォークを取る。

 

 抵抗する素振りを見せず男性店長は、彼らの指示に従い、レジスターから現金を出す。その様子を外から見えた人物が強盗に遭っていると気づき、強盗の自転車から鍵を盗んで立ち去った。見張り担当はまだ戻っていない。


 カルトンに置かれた多くの現金を忙しなく2人がズボンやジャケットのポケットに入れた。回収し終わり、金髪の男は女性従業員に近づき、銃口を向けた矢先、忍が勢いよく扉を開け、店内へ入る。


 「ヤバい! 鴨田達の自転車の鍵が盗られた!」


 平常心を失っており、顔見知りが強盗に入っている状況を明かしてしまう。警察に指名手配される事が確定した宗太は、手洗い場の方へ行き、何度も扉を突き刺す。赤子を奪って、逃走する腹積もりだ。


 解錠した扉を前蹴りで開けられ、彼は怯んでしまう。出て来た秋菜は両手に棒付きたわしを持ち、顔の横に構えている。間合いを詰め、左右から袈裟斬りのような動きでたわしを力強く何度も叩き付けた。


 更に跳びながら一回転し、宙で変えた軸足で着地して宗太の左顔面に振り落とす。清掃用具から繰り出される剣術のような動きで、すっかり威勢を失ってしまった彼が後ろへ下がる。


 「怖いなぁ、絶対、秋菜を怒らせないでおこう」


 机を遮蔽物にして隠れていた青年は、立ち上がってから椅子の脚を前に向けて構え、宗太の背後へ突進する。脚が彼の肩甲骨へ直撃し、叫びつつ包丁を落としてしまった。そして、素早く届かない場所へ凶器は蹴り飛ばされる。


 金髪の男が一瞬後ろを向いた隙に女性従業員は、彼の右手首を手前へ引っ張りながら捻じる。体勢を崩された彼がショーケースに頭を何度も強くぶつけ、反動で何とか解いた。


 床に現金を落としながら宗太が金髪の男の元へ寄り、逃走する方法を訊く。追跡されないために使う人質が確保出来ず、絶望的な状況だった。


 「クソボケの自転車のケツにお前が乗れば何とかなるべ。さっさと出ろ」


 床に落ちている包丁を両手で拾い上げ、宗太は向き直って忍に近づく。何か他の役割を任せられると思っているのか、全く警戒する様子が見られない。次の瞬間、体重を掛けながら彼の下腹部に突き刺す。


 包丁の柄から手を離し、驚きながら立ち崩れる忍に背を向け、2人は店の外へ出た。強盗犯の追跡より怪我人の応急処置が優先されるため、しばらく時間稼ぎが可能だ。彼らの成功を祝うように空が夕日で赤く染まっていた。


 自転車の荷台に宗太が乗り、金髪の男はフルフェイスヘルメットとガスガンをカゴに入れて、漕ぎ始める。先程のコンビニの前を通り掛かると駐車場に数台の警察車両が停まっていた。ガスガンの試し撃ちを見た誰かが通報したようだ。


 バイクの空吹かしのように鈴を鳴らす自転車が後ろから近づき、宗太は舌打ちし、振り向く。運転している人物は、後払いを踏み倒したばかりのミナカだった。カゴにガスボンベに似た容器が入っている。


 「お前、それ、俺の自転車じゃねぇかよ! 窃チャリしやがったな!」


 「さあ? 何かそういったデータあるんですか?」


 金髪の男の自転車を盗んだ満面の笑みのミナカが並走し、荷台から宗太を蹴り落とす。ズボンのポケットに入っていた現金がまた落ちてしまい、彼自身は左腕を強打し、叫びながら蹲る。


 自転車の事しか考えていない金髪の男が、怪我人の宗太を見捨てて、必死に追いかけ、後ろ姿は見えなくなってしまう。偶然、赤毛の秋田犬の散歩をしている女性が通り掛かり、宗太は助けを求める。


 しかし、無視され、不審者にしか見えないビニール袋を被った男の横で散乱している現金を女性が拾い、秋田犬に放尿されてしまう。


 「それ、俺の金だぞ」


 宗太は女性の足首を掴もうとして、牙を剥き出した熊のような風貌の犬に唸られる。圧倒され、それ以上、彼の手は伸びなくなり、巻いている白い尻尾が遠ざかる様子を見る事しか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エソラごと ギリゼ @girize

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ