第5話火の車
金髪の男と連絡交換した後、宗太がファーストフード店を出て、すぐ忍にスマートフォンで勧誘のメッセージを送った。何としても強盗に加えるため、嘘の好条件を提示している。
『今度、俺達2人でケーキ屋の強盗するけど、お前も参加するか? 10万は稼げるぞ』
浪費家の彼も楽して大金を得たい気持ちが強く、1分もしないうちに返信した。儲け話の裏側を全く考えておらず、忍は特殊詐欺に遭いやすい分類の人間だ。
『マジでやるなら俺も行く! 10万もあればまたましろんにチプチャ投げられるな!』
『それなら脅しに使えそうな道具と顔を隠せる目出し帽とか用意しとけよ。やる日はまだ決まってないけどな』
強盗に必要な道具を買う必要があった。しかし、宗太は20円しか持っておらず、目出し帽が買えない。知り合いの店で顔を隠さずに強盗すると目撃者全てを殺す必要が出てしまう。
返り血を浴びて、逃走の際に目立つ危険があり、非効率的だった。強盗の計画から外されないように宗太は目出し帽購入資金を集めなければならない。
翌日、彰が昼食時の教室に手洗い場から戻るといつも使っていた席を男子生徒に占領されている。そして、図々しくスマートフォンの画面を見ながら食事していた。今、彼が食べている握り飯は彰の昼食だ。
コンビニで数百円すら払えない鴨田宗太の貧しい財布事情を知っていた彼は見て見ぬふりをする。いくら諭したところで勝手に荷物を漁って見つけられた握り飯が戻らない。
食事が終わり、また宗太は机の横に吊ってあるスクールバッグを漁った。しかし、彼の求めている物が入っておらず、乱暴に床へ投げ捨てる。昨日と変わらず、彰は財布を所持していなかった。
後払いの件が自然消滅しても尚、返済期日に追われているような宗太の行動に彰は違和感を覚える。早急に金が必要な別の目的が出来たのかもしれない。なるべく彼は面倒事に関わりたくなかった。
学校内の治外法権と化している彰の席から金銭を入手出来なかった宗太は、隣へ目線を移す。不在の女子生徒が戻らないうちに先程と同じくスクールバッグの中身を漁った。
入っていた物は2段構造の黄色の弁当箱だけだ。舌打ちして宗太が開けようとした矢先、肩まで黒髪が伸びている女子生徒に見られてしまう。目尻が下がった双眸で睨み付けている彼女は素早く椅子を引いた。
床に尻を強打し、のたうち回りながら宗太は悲鳴を上げるが、生徒達から通常通り注目されない。その女子生徒が向き直り、今度は彰を睨んだ。彼女の気質が瞳によく表れていた。
「お弁当を盗まれかけているのに止めてくれなかったってあんたの大好きなあいつに言っとくから」
特に高圧的な女子が苦手な彰は蛇に睨まれた蛙だ。まともに目線を合わせられず、席へ座る事しか出来ない。彼の低い対人能力が無視していると見なされ、彼女に軽蔑される。
「
「ケーキ屋の人は大変だね、ケーキ屋のお仕事の人は大変だろうね、〇イジの相手して」
彰の趣味を把握しており、勝気な女子生徒が加減無く、自己完結の世界を否定していた。彼は対等の立場に見られていない事が発言から伝わる。
尻の痛みが少し和らいだ宗太は立ち上がり、彼女の胸倉を掴んで、唐突に慰謝料を請求した。すると短髪の女子生徒が2人の元へ近づき、宗太を非難する。
人望が厚い二田部秋菜に危害を加えた事は、教室中の生徒達への宣戦布告同然だ。分が悪い宗太が舌打ちして胸倉から手を離した。すぐ秋菜は他の女子生徒達から心配される。
「無銭飲食した最低の人間が馴れ馴れしく秋菜に近づかないで」
短髪の女子生徒が宗太の無銭飲食した出来事を知っている現状に、情報元として彰はすぐ疑われてしまう。しかし、世間話するような人間はおらず、わざわざ他人へ言い広める理由もない。
「あんたがツケを踏み倒す方に賭けたから今度、ダッキーにチョコレートケーキ奢って貰える。ホント感謝しかない」
「おい! 二田部! ふざけんなよ!」
賭けに勝った秋菜が教室の生徒達に吹聴したようだ。当面の間、宗太の汚名は晴らせそうになかった。同族の忍が無断欠席しており、教室内で孤立無援だ。そして、ようやく彰は口を開く。
「どうせ、二田部がいない間に財布から
金銭感覚が異常な人間の標的となっていたと知り、秋菜は即座に彼を平手打ちする。乾いた音が響き、また宗太は掴み掛かったが、彼女の手首を曲げ、斜めから軽く放った拳が顎へ直撃し、防がれた。
「地球へようこそ!」
刹那の出来事を撮影している生徒達はおらず、インターネット上で投稿され、秋菜が予期せぬ注目や的外れな意見を受けずに済む。他人の行動すら娯楽として消費される時代だ。
彼女が弁当箱の方に向き直り、片手を伸ばした。生徒達の視線が向けられている中、宗太は油断していそうな秋菜の後頭部を殴ろうとする。すっかり本来の目的を忘れていた。
奇襲を仕掛ける事が見抜かれており、彼女は素早く振り向き、彼の両肩を掴んだ。そこから内回りに勢いよく片足を引っ掛けながら腰を捻る。宗太が右肩甲骨を机の角に叩き付けられ、ゆっくりと床へ崩れた。
「肩が折れたァァァ! 慰謝料よこせェェェ! 〇パ活で稼いだ金よこせェェェ!」
仰向けで情けなく叫んでいる宗太の奇行は生徒達から撮影されている。見下ろしながら無表情の秋菜がしゃがみ、時折、寸止めも入れて執拗に彼の瞼や頬を平手打ちした。周りの生徒達は恐怖のあまり、彼女から距離を取っている。
「
秋菜に反論すると肉体的精神的な苦痛を与えられるため、宗太は黙ってしまう。立ち上がった彼女が彼の横腹へ蹴りを入れてから弁当箱を持ち、教室の扉に向かった。騒動が治まると生徒達の宗太への関心が平常通りに戻る。
短髪の女子生徒もその場から離れ、茫然としている宗太は藁にも縋る思いで隣の彰へ借金を頼み込んだ。だが、2度も所持物を漁った行いに、とうとう彼が他の生徒達のような対応を取っていた。表面上の友情関係が解消される。
「10万円がすぐ貰える簡単なアルバイト見つけたから一緒にやろうぜ。お前も大好きなエロいだけの紙芝居買うために金が必要だろ?」
他人を裏切る人生しか送っていない宗太が好条件な儲け話を持ち掛ける行為は、何かしら企みが潜んでいた。金銭が絡む話を素直に信じてしまうと後で取り返しのつかない事が待っている。
「エロゲがエロいだけの紙芝居だったら、
日課のアフィリエイトサイトの記事を退屈そうな表情で読んでいた彼が独り言のように呟く。昼休み終了の予鈴が鳴るまで教室の中央は、周りの空間から隔離されていた。
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