第4話簡単な儲け話


 1時間以上、クッキー売り場の前と手洗い場を往復し、彼は騒がしい客達の退店を願う。政治家の不祥事や銃乱射事件の記事ばかりのアフィリエイトブログが段々と時間潰しに使えなくなっていた。


 大型電子掲示板でよく見かける、友人がいない高校生や大学生のような行動をしている彰の願いは通じたのか、次々と高校生の客が帰り始める。しかし、まだ1人の成人女性らしき客だけ残っていた。

 

 「ちょっと明日、送り迎えお願いしますよ」


 「えっ? 先日もっ」


 黒のステンカラーコートを着た短髪の女性に、専属運転手のような扱いを受けているミナカは、困惑する。そして、良い返事が聞けなかった女性客が声を低くし、短く恫喝した。彰は似たようなやり取りを動画配信サイトで見覚えがある。


 「は?」


 「チーニャ、ステラ貰うために送り迎えするます」


 ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキを持ち帰り用の白い箱に詰め、ミナカは渡しながらふざけた返答を返す。そして、笑顔で彼女が別れの挨拶らしき言葉を告げ、店から出る。


 「Ich denkeいつも immerあなたの事をan想ってdichます


 「すまねぇがロシア語はさっぱりなんだ。それより、また弁当に昆虫食を入れたらお兄ちゃんを引退するからな」


 大した抑止力にならない報復を宣言した彼が、右手で軽く肩を叩いた。いつも色んな女性の都合に振り回されているようだ。


 閉店まで1時間となり、航空帽を被る子犬のゴールデンレトリバーの絵や机にバイクや車の模型が飾られた喫茶スペースへ移動し、ミナカは机を拭き始めた。ようやく、来店してから全く口を開かなかった彰が有名なアダルトゲームの話題を出す。


教育実習生と女子生徒達の交流を描いた作品だが、特異性の強い描写もあり、購入者は自己嫌悪に陥る事もある。傍若無人な彰ですらしばらくそういった感情を抱いていた。影響は睡眠時間の低下にも及ぶ。


 「先生は自分と似た人間にしか心を開いていません。その方が簡単に理解出来るから」


 ミナカが物語に登場した女子生徒のような発言をする。客がいなくなった途端、鬱屈した感情を出す一面に彰は親近感を感じていた。恐らく親しい間柄か表面上の付き合いをしている相手にしか見せない。


 しばらく話していると案の定、ミナカは後払いする予定の2人について訊いた。この時間帯まで来店していない事から彰が説明するも大して驚いていない。どこかこうなる事を予想していたようだ。


 「契約不履行、私の嫌いな言葉です。やっぱり、建て替えた金は払われなかった」


 「あの2人は出禁だね。ついでに極悪かんぴょう子犬連れ客ひじき子連れ客も」

 

 金髪女性と赤子に仕事している様子を見られたいのか、ミナカは2人の処遇に抗議する。必死な様子から、どこか素性を隠しているような振る舞いをするミナカの人間関係が彰は少しだけ分かってしまう。


 1時間後、朝のホームルームが始まる前に忽然と消えた宗太は、ファーストフード店で金髪の男と話している。同じ中学校に通っていたという共通点以外、2人の接点が無い。


 道端で偶然出会った元同級生に大金がすぐ稼げるという話を聞かされ、宗太は興味を示していた。進学も就職もしていない男が違法な方法を勧める事は彼も理解している。机に片足を置き、金髪の男が本題へ入った。


 「馬鹿みたいに働いている連中から強盗してやろうぜ。銀行じゃなきゃ楽勝だべ」


 宗太にとって、コンビニや牛丼屋が標的にされるニュースを見る程度の馴染みが薄い犯罪だ。遊び感覚で行った万引きや置き引き以外、刑法に触れるような行為を行っていない。


 数万円のプリペイドカードを大量に買う事が彼の夢であり、強盗は叶えるための近道だった。しかし、2人で行えば面倒な雑務を相手に押し付けられる可能性が高い。


 「ふむ、2人だと奪った金を逃げる時に落としやすいからもう1人誘ってみてはどうだろうか?」


 「無理。乗ってくれるような奴いねぇし、絶対、金で揉めるだろ」


 楽して大金を得たいと考えている人間は、少しでも不利益を被れば騒ぎ出す。もし、参加人数が増えた場合、必然的に3人目の報酬は安くなってしまう。早速、金髪の男が不平等な取り分を決める。


 「てか、俺とお前は立場違うからモチ俺が9割貰うんでいいんだよな? マジあざーす!」


 「やれやれ、。お前、9割なら捕まった時に1番罪が重くなるぞ?」


 鑑別所や少年院が並の高校より不自由な環境である事を想像してしまった金髪の男はすぐ訂正し、平等な割合にした。他人を平気で裏切るような人間しか選択肢が残っていない。


 彼と違い、表面上、一般的な高校生である宗太は1人だけ加わりそうな人間を思い付く。好きな女性ヴァーチャルライバーへ度々、多額のチプチャを送っていた木下忍だ。


 簡単に大金が入手出来ると誘えばすぐ参加する。現在、インターネット上で彼の本名や通学している学校が流出しており、利用価値はそれなりにあった。


 「俺のクラスメイトにキモいクソ陰キャV豚をボランティアで働かせるから入れようぜ」


 「マジでタダなら入れてやってもいいぞ。もし、文句言ったらお前の分、引くべ」


 強盗で1番人件費を抑えられる方法は、仕事の後に仲間を殺害する。しかし、死体の後処理を1人で行う事が困難だ。そのため、金髪の男は実行しようと考えなかった。


 「言わねぇよ。


 入手する金額さえ減らなければどのような方法を取ろうが、彼は宗太にそれ以上、文句を言わないようだ。成功するか不確かな初めての強盗に人手は重宝する。


 自己顕示欲が高く、他人から相手にされない忍は、強盗を行った後にネット上で犯行報告を間違いなくするため、殺さなければすぐ逮捕され、取調室で全て話してしまう。


 参加人数が決まり、次は場所決めだ。コンビニや牛丼屋が防犯対策を施しており、真っ先に2人の候補から外される。カラーボールを店員に投げられると逃走の際、目立つ。


 更に最近のチェーンの飲食店やコンビニは、セルフレジが普及していた。恐らく店員すら中身を把握していない。まだセルフレジを導入していない店を狙う必要があった。


 「いつも2人しかいない近くのケーキ屋とか簡単に金、奪えそうじゃん。そこにしようぜ」


 宗太は従業員が少なく、平日に客で賑わっていた洋菓子専門店を候補に挙げる。いざという時は、適当な客を人質に出来る利点もあった。この店以上に好条件な場所が見つからず、金髪の男は彼の案を採用する。


 強盗の決行日は参加者の1人が裏切る危険を防ぐため、まだこの場で決めなかった。

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