#35「未来ある若者へ」

 グランド神父との一件が終わった後、ヒューロたち四人は騎士見習い編入試験の観戦に向かっていた。


「さっき、何話してたんだ?」


 コンラントは他二人の代わりにヒューロに尋ねる。

 ヒューロは昨夜のグランド神父に起こった出来事をは話した。


「ここにきて謎の男か……。これで神父が犯人の線はかなり薄くなったな」

「それに、あなたのミスではないと分かったわ。落ち込まないで」


 レルナはヒューロの肩に手を置いた。


「うん。もう落ち込まないよ。けど、早く犯人探さなくちゃ」

「そうですよ!危ないお薬をばら撒いてるやつを一刻も早く見つけて捕まえなくちゃ!」


 オリビアは熱くそう語る。

 市民の間で長く噂されていたハピネスの問題。早々に解決しなければ騎士団のメンツに関わる事態であった。実際、ヒューロたちがこうして歩いている間も、民衆から不安の声が時々聞こえてきていた。


「おい聞いたか?またハピネスの犠牲者が出たんだってよ」

「本当なの?もう五人目よ?早く犯人捕まえて欲しいわ」

「騎士団の連中は何をしとるんじゃ!」


 ヒソヒソと話す者もいれば、声を大にして不満を露わにする者もいた。

 肩身の狭い思いをするヒューロたち。そんな四人の前に、巨大な人物が立ち塞がる。


「何、心配するなである」

「ドーガー先生」


 ドーガーは四人の前に立ち、それぞれの頭を撫でながら言った。


「お主たちはまだまだ見習いの立場、引け目を感じる必要はないのである。だから堂々と胸を張って歩くである!未来ある若者がそんな腰折れた老人のように歩く必要はないのである!」


 ドーガーの言葉を受けた四人は心なしか明るい表情に戻る。しかし、それでもコンラントの中に溜まった不安は図らずも飛び出した。


「じゃあ、騎士の人たちはどうするんですか?あんなに頑張っているのに、これじゃ救われないじゃないですか!」

「……我々は救いを求めて働いているのではない。民のため、国のため、己が身を粉にしてでも闘う。その覚悟を持って日々の任務に努めているのである。それでも民から不満が出るのであれば、何かを変えねばならんな……。おっと、小難しい話はまだ君たちには早いな」


 ドーガーはガハハと笑い再びコンラントの頭を撫でた。


「さあ話はもうおしまいである。行きなさい!君たちのお友達も出るのであろう?応援を待っているはずだよ」

「「はい!」」


 四人は元気よく返事をして会場へと向かうのであった。





 四人が会場に着くと、丁度試験が開始されるところであった。

 グラウンドには参加者であろう人集りができている。その中心にある壇にイルヘイムが上がってその集団を見下ろしていた。


「よ〜し、集まったな。それではこれより試験を開始する。開会に差し当たり、ロークバルト王国現国王、セプティマイオス様よりお言葉を頂戴します。では、王」


 イルヘイムは壇から降り、注目の的から外れる。そして群衆の視線はすぐに一人の男に集まった。セプティマイオスは一人の騎士を連れ、壇の上へ上がる。一度参加者を見下ろすと、懐から蛇腹折りにされた紙を取り出し、まるでアコーディオンのように広げた。そして再び参加者を見据えると、ニッコリと笑って口を開いた。


「未来ある若者よ!此度はよくぞ集まってくれた!皆の顔つき、誠に偉観であるぞ!まさにこれからの国を託すには相応しい面々だと思う。しかし……」


 セプティマイオスが言葉を途切れさせたその時、参加者の頭上を何かが王目掛けて飛んで行った。それを確認した護衛の騎士が、すぐさま抜剣して飛翔物を切り落とす。あまりの一瞬の出来事に、開場の空気は一瞬固まってしまった。

 数秒の間の後、場内にいた何者かが声を上げる。


「矢だ!矢が王めがけて飛んできたぞ!」


 その知らせが会場内に広がった瞬間、波のように群衆がどよめきだした。その波は次第に大きくなり、大人しくなる様子をみせない。それを見かねたセプティマイオスは小さくため息を吐いた後、大きな声で叫ぶ。


「静まれえええええい!」


 あまりにも大きな声に、群衆は一斉に息を呑んで王を再び見つめる。


「しかし、だ。このように不測の事態にも完璧に対処できる最強の騎士をこの国は求めている。このアレク・グラドレアスのようにな!」


 セプティマイオスは護衛の騎士の名を手を広げて叫んだ。それに対しアレクは微動だにせず元の場所で待機していた。


「あれが、アレク・グラドレアス……。ロークバルト最強と名高い……」

「あのフーレンス帝国との戦争で一軍隊を1人で圧倒したと噂の騎士ね」

「速いです……。甲冑を着てあのスピード……」


 コンラントたちはアレクの圧倒的な武を目の前にして、思わず息を呑んだ。


「す、凄い……。あれが、あれが最強……!」


 ヒューロもアレクに圧倒されていた。しかし、同時に彼は心のどこかに火を灯していた。

 それはモーリスも同じであった。


「ぜってぇ超えてやる……」


 そう口の端をニッと上げて彼は呟いた。





 ハプニングに見舞われながらも、挨拶を無事終わらせたセプティマイオスはアレクを連れ帰路についていた。

 馬車に揺られながら、離れゆくミナタの街を眺めるセプティマイオス。そんな彼に御者台からアレクが話しかける。


「王、先程の矢、仕込むのならば事前におっしゃってください。万が一のことがあっては危険ですので」

「何、君の腕を信じているからね。群衆にはあれほどの出来事を見せてやった方が君の株も上がる。それに参加者の士気を上げる手助けにもなったはずだ」


「はあ……」

「で、どうかな?君のお眼鏡にかなう者はいたかね?」


 馬を走らせ、アレクは少しの間考え込む。


「そうですね。一人だけあれから目付きというか、何かが変わった者が……」

「なんだ、一人か!今年もダメかな……」


 それから数回ほど馬の蹄が鳴った後、アレクは付け加える。


「いえ、やはりもう一人いました。参加者ではありませんでしたが」

「ほう!もう一人いたか!これで十年連続一人の記録は打ち破られたな!これは面白いことになりそうだ」


 セプティマイオスはニッコリと笑い、今はもう見えないミナタの街を見据えた。

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空白の断片~世界初の魔法使い~ @kagime1234

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