#34「異変」

 ヒューロ達が会場を移動していると、試験会場とはまた別の場所に人集りができているのが見えた。


「あっちにも人が集まってるけど、何かあるの?」


 ヒューロはコンラントに問いかける。するとコンラントは指を顎に当て考えた。


「いや、今日は編入試験以外特に何もないはずだけど…」

「人気の屋台とかですかね?」


 オリビアが目をキラキラと輝かせ、両手を顔の前で組みながら人集りを見つめる。


「とにかく行ってみましょうか」


 レルナの提案に三人は「うん」と返事をし、それぞれ歩き始めた。

 まるで波のような人混みをかき分け、人だかりの中心にたどり着く。すると丁度そこに担架を持った二人組の騎士が通りかかった。

「どいたどいた!見せ物じゃないぞ!」

 先頭を歩いていた騎士が、それを眺める群衆に向かって大声で叫ぶ。


「これじゃ進めませんね」


 もう一人の騎士がそう言うと、先頭の騎士は

「ああ、全くだ。ったく、何でこんな時に…」とぼやいた。

 群衆は全く散る気配が見られない。なぜなら二人の騎士が持っている担架の上に注目が集まっているからである。もちろんそれは四人の目にも映り込んでいた。

 担架の上に横たわっていたのは男の死体であった。


「うそ…だ…」


 ヒューロが思わず口にするのも無理はない。その男は先日ヒューロ自身が魔法によって治療したはずの男であった。

 そんな、間違っていたのか?じゃああの時吐き出させたのは?ぐるぐると様々な考えが頭をよぎる。頭と共に目を泳がせていると、視界の隅にとある人物が映り込む。先輩騎士見習いのジャイルだ。ジャイルは口元に手を当て、何か思案している様子で柱にもたれ掛かっていた。

 ジャイルはふと顔を上げると、自らを見つめるヒューロに気が付く。そして群衆の間をするすると通り抜けると、四人の元へとやってきた。


「今の見たかヒューロ。あれって……」

「先輩、俺……」


 肩を震わせて俯くヒューロは、まるで弱りかけの雛のようであった。

 そんなヒューロを見たジャイルは心配そうにその小さな肩に手を置く。かける言葉は見当たらなかった。


「何かあったんですか?」


 事情を知らないコンラントたち三人は、二人のただならぬ雰囲気に充てられ、神妙な面持ちで尋ねる。


「君たちは……、ヒューロ君の友達か。見たところ同じ騎士見習いらしいね。じゃあ話しても問題ないだろう。実は……」


 ジャイルはコンラントたちに昨日の出来事を説明する。三人はそれぞれ相槌を打ちながらジャイルの話に耳を傾けた。


「なるほど……。ハピネス、噂には聞いていたけれど、こんな身近にあるなんて……」


 レルナは口元に手を当て、地面を見つめながら呟く。


「その……グランド神父さん?怪しいですね」


 オリビアは真剣な面持ちで訝しむ。普段の元気いっぱいな彼女からは想像がつかない表情に、コンラントもつられて口から零す。


「確かに、神父は怪しいな。でもその血の付いたハンカチと今回の事件、何の関係があるんです?」

「分からない。でも、あの時の神父の態度、何かを隠している気がするんだ」


 ジャイルは目を瞑り、神父の様子を思い出していた。表情や喋り方、仕草など細かいところまで思い出そうとするが、中々そうはいかない。そのまま数十秒の沈黙が流れる。流石に気まずいと感じたジャイルは、「ごめん。やっぱり今ある情報ではあんまり深くまで断定できないね」と三人に告げる。

 その時であった。


「グランド神父だ!」


 民衆の一人がそう叫んだ。それを聞いた四人の心臓は一気に跳ね上がる。そしてそれぞれは視線を声のした方へ向ける。すると、そこにいたのは、傷を負ったのか包帯を頭に巻き、弱々しく歩くグランドであった。彼の隣には一人のシスターが肩を預けられ付き添っていた。時折転びそうになる神父を彼女は支え歩く。

 そんな神父をみたジャイルとヒューロは思わず駆け寄る。


「グランド神父!その怪我どうされたんですか?」


 ジャイルは今一度グランドの全身を目でなぞりながら確認し、問いかける。


「ああ、これは昨夜侵入した男にやられてね……」


「男?」


 まさかの登場人物にヒューロは訪ねる。


「さきほど、昨日君たちが連れてきた男性が運ばれてきただろう……。彼は、ハピネスをもう一度盛られたらしくてね。中毒を起こして死んでいたんだ。昨夜見回りをしていたら、窓が一つ空いてるのを見つけてね。まさかと思って駆けつけてみたら、黒いローブの男が彼の側に立っていたんだ。そしていきなりその男が襲い掛かってきたから応戦したんだよ。でもこの有様だ。もうダメだと思って大声を出したら逃げていったんだ。そしてすぐに彼の安否を確認したが、もう手遅れだった。そして、彼の近くにはハピネスと書かれた瓶が転がってたんだ」

「その時の大声で駆けつけたのが私です」


 隣にいたシスターがそう付け加える。二人の表情や声音、その他判断材料を加味した結果、ジャイルは嘘をついていない、そう直感した。


「そうだったのですか…。そうだ、顔、犯人の顔は見ましたか?」


「顔…そうだな。あの男、仮面を被っていたな。だから、残念ながら見ていないんだ」


「なんで男って分かったの?」


 ヒューロは納得のいかない部分を突っ込んだ。それに神父は顎に手をやり考え込むような仕草を取り、それから少ししてから口を開く。


「歩き方や肩幅からそうじゃないかと思ったんだ。それに、対峙してるからね。あの力の強さは男かなと思ったんだよ。つまりは勘だ。すまないね、具体的な要素がなくて」


「ちょっと気になっただけだから大丈夫だよ!」


 ヒューロはぶんぶんと手を振りながら大丈夫と告げた。

 一連の報告を頭の中で整理し、ジャイルは更なる情報を求め口を開く。


「他に変わったことはございませんか?」

「うーむ。何かあったかな?」


 グランドは隣のシスターに問いかける。シスターは少しの思案の後、何かを思い出したように、小さく「あっ」と声を上げた。


「何かありましたか?」


「そういえば、今朝からシスターシープの姿を見ていないですね」

「シスターシープ?そういえばそうですね。彼女は朝一番に起きて掃除やお祈りをしていたのに、今朝は見かけませんでしたね」

「シスターがいない?昨夜の事件と何か関係が……」

「それも含めて騎士団に調査して頂こうと思います」

「それはいい!是非、我々にお任せを!」


 ジャイルは胸を張ってそう言った。


「では、我々はこれで」


 グランドは軽い会釈をしてその場を去ろうとする。それを受けたジャイルは「最後にもう一ついいですか?」と付け加える。グランドはその場に足を止めて振り返った。


「なんでしょう?」

「昨日のハンカチに付いていた血。やっぱり気になるんです。あの時の神父は昔のものだって言ってましたが、明らかに新しいものでしたよね?」

「ああ、やはりそこを突かれますか……」


 グランドは少し困った顔をした。そしてため息を吐き、重々しく口を開いた。


「実は、ハンカチを拾いにいったとき、ネズミの死体がハンカチの側に転がっていましてね。その血がハンカチに付いてしまっていたんです。あんまり心地の良い話ではないでしょう。だからあえて話さなかったんです」

「そうだったんですね」

「納得していただけましたか?」


 グランドはタハハと自らの光る後頭部を撫でる。そこに誤魔化す様子は見られない。

 ジャイルは腕を組み、グランドの言葉を咀嚼する。


「なるほど、そういうことだったんですね。分かりました。ありがとうございます」

「では、私たちはこれで」


 そう言ってグランドたちはその場を去っていった。これから騎士団に調査の申請をしに行くのだろう。

 二人を見送ったジャイルは、ヒューロに向き直った。


「今の話を聞く限り、ヒューロ君、君の責任じゃないよ」

「そうみたいだね。でも、人が一人死んじゃったことは変わらない。絶対犯人を捕まえなくちゃ!」


 ヒューロはホッとした反面、犯人を捕まえなくてはという焦りを抱えていた。

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