33「ハンカチ」

 グランド神父によって教会の内部に通された三人は、神父の案内を受け寝室へと向かっていた。


「先輩、グランド神父ってここらへんじゃ有名なんですか?」


「ああ、シセル教の神父でね。ミナタじゃ一番でかい教会の神父様なんだ。みんなの相談役も担ってくれてる。優しい人だよ」


「へえ、そうなんだ」


 先頭を歩くグランドの背中を見ながらヒューロはそう呟く。確かにその広い背中からは信頼感が漂ってきている。今まで沢山の経験をしてきたのであろう、彼から感じる余裕からはそれが伺えた。


「さ、こちらへ」


 寝室のドアを開け三人を招き入れるグランド。その仕草はまるで執事のようであった。

 今もなお気絶している男をベッドの一つに寝せると、ようやく二人にも安寧が訪れた。


「ふう。いやあ神父、ありがとうございました」


 ジャイルは額に溜まった汗を拭いながら感謝した。それに神父は手を振りながら答える。


「いやいや、とんでもない。ところでどうやって治療したんです?ハピネスの副作用はその場じゃ中々治療できないと聞きますが・・・・・・」


「魔法です。俺魔法使いなんです」


 さらりと自らの秘密を言うヒューロ。もうなんの引け目もないのか少々自慢げに答えた。


「魔法?」


「うん!そうだ神父、最近失くした物とかないですか?」


「失くしたもの・・・・・・?そうだな、ハンカチかな」


「ハンカチね、任せて!靴を片方脱いでくれますか?」


「ん、靴かい?構わんが・・・・・・」


 グランドは指示された通り片方の靴を脱いだ。そしてその抜け殻をヒューロが受け取ると、それを地面に置いて手をかざした。

 これから何が始まるのであろう、グランドとジャイルは顔を見合わせてその様子をただただ見守っていた。


「グランド神父の靴よ!忠実なるその意志で失われし仲間を見つけ出せ!」


 ぽうとヒューロの手が淡く輝いたかと思うと、次の瞬間グランド神父の靴が意思を持ったように動き出した。グランド神父にすり寄る姿はまるで犬を彷彿とさせた。


「な、なんと、これは・・・・・・!?」


「すげえ」


「さあ、仲間を探してきて?」


 驚愕する二人をよそにヒューロは意志を持った靴に指示を出す。すると、靴はまるでワンと鳴いたかのような仕草を取り、地面を嗅ぎ始めるのであった。


「失くしたのはいつ頃ですか?」


「ああ、あれはいつだったか。確か一ヵ月前だった気が」


「だって!一か月前の匂いだけど辿れる?」


 ヒューロの問いかけに、靴は振り向きながら頷くような仕草を取る。


「さっきの治療もそうだけど、どうなってるのこれ」


「へへ、魔法です」


 しばらく靴の後を付いて行ってみると、一行は扉の前に辿り着いた。すると扉の前で靴は止まり、一行にここだと告げているように見える。その扉は重厚な鉄でできており、厳重に鍵が掛けられていた。


「どうやらここみたい」


 ヒューロは靴に掛けられた魔法を解きながら二人に告げる。その扉を見たグランドは神妙な面持ちになる。


「ここか・・・・・・。ここから先は暗くて危ないから、君たちはここで待っていてくれたまえ。」


 そう言うとグランドは自らの胸元から鍵を取り出し、扉を開いた。

 その扉の向こうには真っ暗な空間が広がっており、かろうじて下り階段が伸びていることだけが分かった。


「怖いな」


 ジャイルの口からふと感情が零れる。それほどまでに異様な雰囲気が漂っていた。


「では行ってくる」


 グランドは懐から火打石を取り出し、壁に掛けられた松明に火を点ける。それを持ち、グランドは暗がりの中をなんとか照らしながら降りていく。


「大丈夫かな?」


 その背中を見ながらヒューロは心配そうな声を上げる。


「なんもなければいいけどね」


 二人の心配をよそにグランドの背中はどんどん小さくなってしまった。





 グランドが地下に姿を消してから数十分あまりの時間が過ぎた。その間も他愛ない会話を続けていた二人だったが、一向に戻ってこない神父が気になり心配の色を見せ始めていた。


「神父戻ってこないね」


「ああ、そうだね。何かあったのかな?行ってみようか・・・・・・」


 二人が神父の後を追いかけようとしたその時、二人が向かおうとした階段から、コツコツと歩く音が聞こえてきた。そして炎が揺らめき、グランドが階段を上がってきている姿が見えてくる。


「神父!大丈夫でしたか?」


 グランドの姿を見て安心したジャイルは安堵の声を上げる。


「あ、ああ。大丈夫だ」


 神父は口ごもりながら言う。あたかも何かを隠しているようであった。しかし、それに二人は気付くことはなかった。それよりも目を引くもの、ハンカチがあったからだ。


「わあ、綺麗なハンカチ。どこで買ったんですか?」


 ヒューロは目をキラキラさせながらグランド神父を見やる。彼の手には様々な花が刺繍されているハンカチが握られていた。


「ああ、これは・・・・・・、貰い物でね。どこで買ったかは分からないんだ。ただ、この国のものではないことは確かだね」


「本当にきれいですね」


 ジャイルもハンカチを覗き込む。すると、あることに気が付いた。


「あれ?この染み、まるで血みたいな・・・・・・」


「これは以前怪我をしたときに使ってね。その時の染みだよ」


 そう言うとグランドはすぐさまハンカチをしまった。しまうというより隠すの方が合っている気もするが。

 そんな神父の一連の行動を見た二人は、不思議そうに顔を見合わせた。


「ハンカチを見つけてくれてありがとう。ええと名前は・・・・・・」


「ヒューロです!ヒューロ・ヘッツェファー!いえいえ、どういたしまして!」


「ありがとうヒューロ君。お礼をしたいところだが、悪いね、これから夜の礼拝なんだ。辺りも暗くなってきたから君たちも帰りなさい。お礼はまた後日騎士団宛にさせてもらうよ」


「お礼なんてそんな!神父の失くし物が見つかってよかったです!それじゃあ。行きましょう先輩」


「あ、ああ」


 今日一日見てきた先輩の真似をして、ヒューロはグランド神父に別れを告げる。

 神父に見送られながら二人は教会を後にした。神父の姿が見えなくなった後、ジャイルは一人怪訝な顔をする。話をしようと顔を伺ったヒューロはそれに気付いた。


「先輩、どうしたんですか?そんな顔をして」


「ああ、さっきの神父何か怪しくなかったか?」


「怪しいってどこが?」


「俺が血の染みを指摘したとき、慌ててハンカチを隠しただろ?それにあの発言、“以前怪我をしたとき”って言ってたけど、あのハンカチについてた染み、まだ新しかったんだ。それに引っかかって・・・・・・」


「う~ん、確かにそうですね。もしかして実は探しに行くときに怪我したとか?」


「それならわざわざ“以前”なんて言わないだろ?」


 間髪入れずにジャイルが指摘を入れる。それにヒューロは「うっ」と息詰まった声を出した。確かにその通りである。怪我をしたのがその時なら時期を濁すことはないはずだ。ヒューロはそれを受け、思考を巡らす。しかし、出て来るのは優しい神父の笑顔であった。


「悪い人ではないと思うんだけどなあ・・・・・・」


「ああ、俺も神父は疑いたくはない。けど、何か怪しいんだよなあ」


 そのとき、ヒューロの腹部から「ぐう」という音が鳴り響く。どうやらお腹が空いたようだ。それもそのはずである。二人は午後からひっきりなしに街を駆け巡り、様々な問題を解決してきたのだから。空腹はジャイルも感じており、それを聞いた瞬間彼の顔には笑みが零れる。


「まあ、考えてもしょうがないし、とりあえず早く帰って飯でも食おう!」


「はい!」


 こうして二人の疑問は夕日とともに夜に消えていったのであった。

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