#32「ハピネス」

 ヒューロとジャイル、二人に課せられた任務はミナタの警邏であった。大都市故にこの街では日々人間の欲望が渦巻いている。毎日何かしらのトラブルが発生が発生するため、勉強も兼ねて騎士見習い達も警邏に参加しているのであった。


「ヒューロ君、だったかな?任務は初めてなんだろう?何か分からないことがあれば聞いてくれ。答えられる範囲でなら答えよう」


 ジャイルは横に並び歩くヒューロを横目にそう促す。


「はい!分かりました。じゃあ、早速なんですけど、警邏って具体的には何をやるんです?」


「そうだな、基本的にはこうやって街を見回って、何かあれば自分達もしくは騎士の皆さんに手伝ってもらって解決するんだ。中には凶悪犯罪の現場に居合わせることもあるからね。用心はしておくんだよ。まあ、日々鍛錬を積んでいる僕たちなら大丈夫さ!」


 自らの力こぶを見せつけるジャイル。しかし、その上腕にはそれほどまで目立った隆起は現れず、ヒューロは苦笑いを浮かべるのであった。


 そんな会話をしている二人の視界に一人のおばあちゃんが映る。そのおばあちゃんは一人で抱えるのには困難な程の荷物を持っており、今にもバランスを崩して倒れそうになっている。


「さあ、行こうかヒューロ君。僕たちの出番だよ」


「はい!」


 二人はすぐさまおばあちゃんの元へ駆け寄る。


「おばあちゃん、手伝いましょうか?」 


 ジャイルは辛そうに顔をしかめるおばあちゃんに確認を取る。


「すまないねえ。手伝ってもらえるかい?」


「もちろんです!」


 ヒューロは荷物を預かりながら元気に答えた。一方のジャイルは転ばぬようにとおばあちゃんの手を引く。


 三人は他愛の無い話をしながらもおばあちゃんの案内を受け、無事に目的地へと辿り着くことができた。


「ありがとねえ。これ良かったら食べて?」


 そう言っておばあちゃんは籠から二つのリンゴを取り出した。


「ありがとうございます!ですが、受け取ることはできません。我々は当然のことをしたまでですから!」


 両手を振ってジャイルは丁重に断る。その様子を見たヒューロは、ちょっと伸ばしかけた手を引っ込めた。


 しかし、おばあちゃんは困ったような顔をしてみせる。


「困ったねえ、何かお礼をしたいのだけれど・・・・・・」


「いえいえ、お礼を貰うためにやっているわけではありません。勇気・知恵・慈愛を持って困難より力なき民を守る。それが私たちの信条ですから!では、おばあちゃんこれからも気を付けて!」


「そうかい、いつもありがとうねえ。これからもミナタを、王国をお願いしますね」


「「はい!」」


 おばあちゃんの切なる願いに二人は軽快に返事をする。そしておばあちゃんに見送られながらその場を後にするのであった。


「さあ、お次はっと・・・・・・」


 街全体を見渡してみると、喧噪の中にも様々なトラブルの火種が伺える。


「ヒューロ君、これから忙しくなるけど頑張るぞ!」


「はい!」


 しかし二人は顔を見合わせ、決意を固めるように頷き合うのであった。






 あれから警邏を続け、様々なトラブルを解決してきた二人。時には食い逃げを捕まえ、時には畑の手伝い等も行ってきた。


 そんなことをしている内に辺りは薄暗くなっていき、ミナタは橙色に染められてきていた。


「いや~いろんなことがありましたね先輩!」


「ああ、そうだね。でも、中々にやりがいのある任務だろう?」


「はい!」


 ヒューロはジャイロの方を見て勢いよく返事をする。すると、彼の肩越しの路地裏に横たわっている人影が見えた。


「あれ?あの男の人、寝てるのかな?」


「ん?ああ、そうだ・・・・・・、いや違う!まずいぞ!」


 何かに気付いた様子でジャイルはその男性に慌てて駆け寄る。ヒューロは突然のことに驚くも、ジャイルの後を付いて行くのだった。


 その男性は細かく痙攣しており、口からは泡を吹いていて、目も白目を剥いていた。そしてその右手には何やら空になったガラスの便を手に持っていた。


「先輩、これは・・・・・・」


「これは『ハピネス』だ!」


「『ハピネス』?」


「そう、最近ここミナタで流行っている危険な薬だ。これを飲むと幸せな気分になれるが、幻覚や幻聴に襲われ、最悪の場合死に至る恐ろしい薬なんだ!」


「どうしてそんなものが・・・・・・」


「分からない、でも今はこの人をなんとかしないと!」


 ジャイルは慌てた様子で周囲を見渡す。しかしここから騎士団の支部まではかなりの距離があることが分かった。


(くそ、ここから支部までの距離を考えると、絶対に間に合わない。どうする?)


「先輩、僕に任せてください・・・・・・!」


 あれこれとジャイルが思考を巡らせていると、ヒューロが何なら神妙な面持ちで男性に近付く。


「何をしているんだ!素人が下手に触ると!」


「でも、直ぐに処置しないとこの人、死んじゃうんですよね?なら任せてください、やってみます。俺、魔法使いなので」


「魔法使い?何をバカなことを・・・・・・」


 制止するジャイルをよそに、ヒューロは男性に両手を向けると、詠唱を始めた。


「彼の体内を脅かす危険な物を全て排出せよ!」


 そう唱えると、ヒューロの両手から淡い光が放たれる。その光は倒れている男性を包み込むと、彼の体内に入り込んでいった。すると、体内で何かが作用しているのか、男性の身体がビクンと大きく弾む。何度か大きな痙攣を起こした後、男性はピクリとも動かなくなった。


「だ、大丈夫なのか?」


「もう少しです」


 その間一瞬たりとも気を抜かず魔力を込めるヒューロ。その額には汗が滲み出ていた。


 男性が動かなくなってしばらく経った後のことであった。いきなり男性が口を大きく開くと、そこから何やら液体が飛び出てきた。


 その液体は空中で渦を巻くと、そのままガラスの便の中に戻って行った。


「んっ!ハアハア・・・・・・。これでよし!」


「なんだったんだ今の?」


 一連の光景を目にしたジャイルは信じられないといった顔をしていた。


 それでもピクリとも動かない男性を案じ、ジャイルはすぐさま男性の胸に耳を当てる。


(心臓は動いてる。顔色も段々と良くなっている。まさか、本当にやったのか?)


「先輩、これでひとまず大丈夫だと思うので、近くの休める場所に運びましょう!」


「あ、ああ」


 二人は男性を担ぎ、歩き始めるのであった。


 スースーと寝息を立てる男を担ぎ、少しすると大きな協会が見えてきた。


「ここで休ませてもらおう」


 ジャイルが提案すると、ヒューロは「はい」と返事をし、二人は教会へと足を向けた。


 教会に到着した二人はコンコンと扉をノックする。すると、すぐさま「はい」と返事が返ってきた。


「グランド神父すみません!少しこの人を休ませてやってくれませんか?」


「どうしたんだ一体!?」


 ドアを開け、坊主頭の神父が心配そうに現れた。神父は眉間に皺を寄せて三人を見る。


「ハピネス使用者です!」


「なんと!分かった、入りなさい。早くベッドに運んで治療を。しかし、ここではまともな処置は・・・・・・」


「症状は治まりました。今はとにかく休ませてくれれば!」


 ヒューロは神父の言葉を遮り、急いだ口調で言う。それに気が付いた神父は「そうか」と言いドアの奥へと招き入れるのであった。

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