#31「先輩」

 早朝、ミナタの街はうっすらと漂う霧に覆われていた。それは騎士団南方支部も同じであった。


 騎士見習いであるヒューロは全体の起床時間よりも早くに目が覚めてしまった。そのため、なにか暇を潰そうと思い、朝の空気を吸おうと外へと出かけようとする。


 相部屋の仲間達を起こさぬようゆっくりと音を立てずに部屋を出るヒューロ。そっとドアを閉じ、廊下に出る。するとまだそこは真っ暗で廊下に灯された蝋燭が微かに道を照らしているだけであった。


 部屋から外まではそう遠くない。約一分ほど歩けばすぐに宿舎の外へ出れるようになっている。


 階段を降り、いよいよ外へ出ようかとしたその時、ドアの前に誰かが立っているのが見えた。その人物はヒューロに気が付くと、にっこりと微笑んだ。


「あら、ヒューロ君。早いわねえ。お散歩かしら?」


「ポーラさん!おはようございます。そうです!外の空気が吸いたくて」


 そう挨拶してきたのは、騎士団の雑用係兼宿舎の寮母であるポーラであった。


「あら、そうなの?いってらっしゃい。気を付けてね~」


 おっとりとした口調でヒューロを見送るポーラ。そんな彼女に挨拶をし、ヒューロはドアを開け放つのであった。





 早朝の散歩を満喫していたヒューロ。しばらくの時間が経ち、そろそろ宿舎に戻ろうと建物正面の広場に差し掛かったとき、隅に置いてあるベンチに座っている男が目に入った。その者は居眠りをしているようで、頭をカクカクとさせ舟をこいでいる。そんな様子を見ていたヒューロだったが、あることに気が付く。


「あれ?あの子って・・・」


 薄っすらと半透明の身体をした少女が、その男の後ろに立っていた。よくよく目を凝らすと、その少女は以前見かけた幽霊であることが分かった。その少女は遠目からでも分かるような悲しみの表情を浮かべていた。


「ジャイル!」


 どこからか男の声が響き渡る。その声を聞いてか、少女の霊はゆっくりと姿を消していき、眠っていた男、ジャイルは目を覚ました。


「ん?ああ、エメリオか。おはよう」


「ま~たこんなところで居眠りして、風邪ひくぞ?」


「ああ、すまないね」


 よっこらしょとジャイルは勢いをつけベンチから立ち上がった。そして二人は何やら話しながら宿舎へと戻って行った。


 それを見たヒューロも、散歩を終え宿舎に戻ることにしたのであった。





 日課である稽古を終え、ヒューロとコンラント、レルナとオリビアのいつもの四人は木陰に座り、疲れを労いながら他愛もない話をしていた。


「そういえば、明日編入試験の日だよな?ヒューロも観に行くのか?」


「うん、モーリスも出るって言ってたしね」


「あら?モーリスも出るの?」


「え!?もしかしてモーリスお兄ちゃんと一緒に訓練出来るってこと?」


「まだ決まった訳じゃないけどね」


「ええ~!つまんないの・・・・・・」


 オリビアは年相応の反応を見せる。それを見た他の三人は笑い合うのであった。


 そんな四人に一人の男が近付いてきた。男は甲冑を着込んでおり、カチャカチャと音を鳴らしながら歩いてくる。


「ヒューロ・ヘッツェファーだな?イルヘイム上官がお呼びだ。至急部屋に行くように」


「あ、はーい!」


 ヒューロは返事をすると立ち上がり、ズボンをパッパと払った。


「じゃあ、行ってくるね!」


「おう」


「ええ」


「はーい!」


 三人に別れを告げると、ヒューロは南部支部へと向かって行った。


 目的の部屋の前に辿り着いたヒューロはドアを三度ノックした。乾いた音が響く。


「すみません!ヒューロです!」


 大きな声で名乗りを上げるヒューロ。すると、ドアの向こうから、気だるげな声で「入りなさーい」という声が返って来る。


「失礼します」


 ヒューロはドアを優しく開け中に入る。するとそこでは、騎士でありヒューロ達の担任である、イルヘイム・ジャッカーソンが爪にヤスリを掛けながら待っていた。


「ヒューロ君待っていたよ。まあ、座り給え」


 イルヘイムはそう言うと、目線でソファへの着席を促した。ヒューロはそれに応じる。ソファはヒューロの体重を受けると、それに呼応し適度に沈んだ。


「あの、お話って?」


「うん、君も先輩騎士の任務に同行するという制度は知っているね?君は先月の途中から編入したからまだ決まっていなかったが、今月からはそれをしてもらおうと思ってね。そしてランキングにも参加してもらう。いいね?」


 イルヘイムは爪にふっと息を吹きかけ、そう告げる。


「はい。分かりました!」


「よろしい。では、早速だが任務に同行してもらう。入ってきたまえ」


 イルヘイムがそう合図をすると、ドアの外からノックの音が聞こえて来る。その後ドアがガチャリと開けられ、一人の青年が入ってきた。


「ジャイル・アルガーノン君だ。これから彼の任務に付き添ってもらう。いいね?」


「あ、朝の・・・・・・」


 入ってきたのは早朝ヒューロが見かけた居眠りしていた男であった。


「朝?」


「いえ、何でも。ヒューロ・ヘッツェファーです!よろしくお願いします!」


「うん、よろしく・・・・・・」


 覇気のないジャイルはボサボサの頭をボリボリと掻きながら反対の手でヒューロに握手を求める。


「よろしくお願いします!」


 ヒューロは元気に挨拶に応じた。


「では、挨拶も終えたところで、早速二人には任務に向かってもらう。いいね?」


「「はい」」


 こうして知り合ったばかりの二人は、運命共同体として任務に向かうのであった。

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