第30話 エピローグその2

「いらっしゃいませー」


 エマの声が店内に響く。

 喫茶アーカムのドアを開けた場所に立っていたのは、ゴスロリの少女と30代の妙齢な女性。


 俺、いやはその少女をよく知っていた。


 ヘンリー・ダイアー改めヘンリエッタ・ダイア―。

 世界有数の金持ちであり、よくわからない神様の手先というか友人でもある。

 ちなみに、この店のスポンサーでもある。

 正当な理由で受け取っているので、決して引け目があるわけではないが、私たちの事情を知っている数少ない人間でもある。


 二人してカウンターに腰かける。



「しばらく日本にいるの?」

 コーヒーをドリップしつつ、ヘンリエッタに声をかける。

「ああ、一週間くらいかな」

 冷蔵庫からガトーショコラを取り出して皿に盛りつける。

 生クリームを少しとベリーソースでアクセントをつける。


 エマがそれを取り、二人にサーブする。


「で、今日は? 昔話をしに来たわけじゃないわよね」

「もちろんだ。護衛を頼みたい。三日間」

「相手は?」

の連中だ。いろいろとうるさくてね」


 機関か……。この世界の日の当たる側を守っている団体だ。

 政府機関や聖職者たちを中心に結成された団体。

 さまざまな怪異を封印する使命を帯びている。


 ちなみにヘンリエッタ率いるを目の敵にしている。


 もちろん結社の敵は機関だけでなく、有識者たちのなんてのもある。

 こっちは利害関係で敵にも味方にもなるので、そのあたりはいろいろだ。

 なんていう、星の使途たちの団体もあるので、新聞やネットニュースに載らない裏側は本当に今日もにぎやかだ。


 ただ、一つ分かっているのは、あのショッピングセンターみたいなではないということ。


 現実は、常に善悪二元論ですまされることなく、複雑に絡み合う。


「そちらの女性は?」

「護衛じゃないよ。彼女も護衛対象だ」

 女性はにこりと笑った。

 黒髪だが彫りの深い大陸系の顔立ち。

 ただ、その特徴は瞳にあった。

 猫のような縦型の瞳。


 にこりと笑った。

 その笑みは、まさに猫のような。


 私は何も言うのはやめた。


 この世の中には、触れない方がいいことが多々ある。

 それに、私たちも、まあ似たようなものだからだ。


「エマ。明日からヘンリエッタの仕事。お店閉めるわよ」

「はーい。ここのところ、しばらくは開けておけたのになあ」


 エマは笑って答えた。

 エマも、だいぶ荒事にも慣れてきてしまった。

 それがいいのか、悪いのか。

 いや、あまりよくない。


 とは言え、いかにもな護衛の人間たちを出し抜かれた時、私たちが最後の盾となる。

 この姿は、そういう時にとても便利だった。


「ふむ。だいぶ味も香りもよくなったな。あと、このケーキも素晴らしい。お土産に持って帰れないか」

 ヘンリエッタは、外見に引きずられたのか、ここに来るたびにケーキを持って帰る。


「いいわよ。箱に詰めておくね」

「そうしてくれ。しかし、だいぶ飲食業らしくなってきたな」

「ありがとう。褒めても何も出ないけどね」


「とても美味しいわ」


 猫のような女性は、日本語でそう言った。


「行き先はどこ? 都内?」

「いや、佐賀県。知っているか」

「九州だね。割と田舎で、ヘンリエッタが興味があるものなんて……」


 連れの女性で思い立った。

 ああ、鍋島か。


 女性がこっちを見た。

 口に指を当てて笑っている。


「お墓参りに行きたいの」


 にこりと笑った。


「わかりました。他のボディーガードたちも動くのよね」

「ああ。動くのはいつものチームだ。連携を頼む」

「承知しました」


 仕事の話はそこで終わった。

 ゆったりとした時間が流れる。


 からんとドアベルの音。

 二人組の客が入ってきた。


 エマが出迎え、「いらっしゃいませ」と声をかける。

 コーヒーの穏やかな香りが店を包む。


 喫茶アーカムは秋葉原のメイド喫茶だ。

 店長はいるのだが、めったに顔を見せず、もっぱらアルバイトの少女二人が切り盛りしている。


 そんな喫茶店だった。

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TS少女がメイド服着て化け物たちと戦ったりするお話。 阿月 @azk_azk

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