第7話 レモンとアオのちょっとした日常

 『アヤ、スキー、アヤ、サイコー』


 アヤの周りを飛び回り、肩に乗り、髪を掬い、口にチュッをする。

 レモンもアオも、アヤから離れない。


 「レモン、アオ、今日も可愛いね。大好きだよ。あー、もう可愛いなぁ。」


 2羽に激甘な彩は、首回りをカキカキしてあげたり、おもちゃで遊んであげたり、ひっつきもっつきする2羽に最大級の愛情を注いでくれる。


 《やっぱり、アヤがいいね。肩に乗ると髪からいい匂いがするんだ。僕、アヤ大好き》

 《うんうん、アヤの手好き。カキカキしてもらうのに、俺のツボが分かるんだ。魔法の指だよ》


 「もう、レモンもアオも少し落ち着いて!ほら、お母さんもお父さんもいるんだから、そっちにも行きなさい。」


 一瞬、動作が止まる2羽だったが、もちろん無視だ。

 2羽とも余計に彩にへばりつく。


 「もー、レモンもアオも仕方ないなぁ。」


 言葉とは裏腹に、顔はとても嬉しそう。

 それを眺めていた英介は、


 「おれも仲間に入りてー、彩、父さんも入れてくれ。」

 「じゃぁ、母さんも!」


 彩が笑いながらレモンとアオを肩に乗せ、リビングでくつろいでいた英介と美智子の側に行く。

 

 「レモンはお父さんへ、アオはお母さんへ、ほらっ、行って。」


 それを聞いてアヤにしがみつく2羽。


 「もう、ほらっ、行ってくれたら今日は一緒に寝てあげるから。レモン、アオ、仲良くね。」


 葛藤する2羽。

 アヤと一緒の部屋で寝るってことは、寝るまで遊んでくれるということ。

 なんて魅力的な言葉。

 なんて素敵な一日の終わり。


 《なんで俺がエイスケなんだ》

 《レモンの方が先住インコで、エイスケとは深い仲じゃん》

 《誰が深い仲だって?》

 《それよりどうする、行く?僕としては、アヤのところで寝たいんだけど》

 《俺だってそうだよ、あーもう、じゃ、行くぞ》


 『エイスケ、なに』


 仕方なくレモンは英介の肩にとまる。

 アオは、美智子の手にとまりカキカキしてもらっている。


 (アオ、羨ましい)


 英介が手を伸ばし、どうやら指に乗れと上下に振る。

 肩から指に乗りかえると、英介の目線と合った。


 「いいか、レモン。アヤと遊べるのは今だけなんだぞ。」


 (何を言ってんだ?アヤと俺はずっと一緒だぞ)


 「アヤはな、いずれ結婚してこの家を出て行くんだ。お前でいう、雌インコと出会ってそっちの方が仲良くなるって事だ。だから、いなくなるんだ。今のうちに、俺とレモンの中を良くしておいた方がお互いのためなんだ。」


 諭すようにゆっくり言われたけれど、レモンの中ではアヤがいなくなるあたりから、何も考えられなくなっていた。


 (うそだ、アヤがいなくなる?えっ、えっ、えっ、嫌だよ)


 「お父さん、何言ってるの?そんなのまだまだ先だよ。レモン、アオ、大丈夫だからね!」


 それを聞いて、ちょっとホッとするレモン。


 「あらっ?アヤが大学生になったらやっぱり家を出て行くかもしれないじゃない。レモン、アオ、私とお父さんはずっと一緒だからね。心配いらないわ。」


 《嫌だぁ、アヤがいい》

 《レモン、僕、悲しくなってきたよ》


 『アヤー、しゅきー』


 英介の指に乗りながらも彩の方を向く。

 何だかとても悲しくなってきた。


 「あーもう、お父さんもお母さんも変なこと言わないの!大丈夫よ、レモン、アオ、まだまだ先のことなんだから。私はレモンとアオと一緒にいるよ。」


 慰めるも、一度思い込むといずれやってくる別れのことが頭に浮かぶ。

 アオなど、なにやら惚けた顔をしてあらぬ方を見ていた。


 「だから、俺がいるだろう?とにかく、俺たちはもっと仲良くなるべきなんだ。いいか、レモン、仲良くなる秘訣を今から行う。」


 仰々しく言うも、レモンの頭には入ってこない。

 もう、今までの彩との思い出が繰り返しリピートしている。

 よく分からない内に、いつの間にやら英介の両手に体をがしりと捕まえられ、英介の口あたりに持ち上げられていた。

 アオの声で目を覚ます。


 《レモン、気をつけて!エイスケが何かするよ。ギャ、レモンボケてないでちゃんとしてよ》

 《アオ、俺、どうなってんだ?》


 インコ語での会話はここで途切れた。

 英介が思いっきり息を吐き出すと、レモンの背中を目がけて鼻を押しつけたのだ。


 『ギャギャギャーーー!!』


 レモンの雄叫びが部屋中に響く。


 《レモンー、いやぁー、ギャーーー》


 アオの切ない悲鳴が轟く。

 そして、レモンの背中に埋まった英介の鼻が、今度は思いっきり息を吸い込んだのだ。


 ズォー、ズーズズー!!


 《ギャー、ギャー、気持ち悪い、死ぬ、いやぁー》

 《えーん、えーん、レモン、レモン》

 《アオ、アヤー、助けてー!ギャーー!》

 《えーん、えーん、レモン、お願い死なないでー》


 2羽のインコの叫び声と悲痛な声は、何とも言い表せないくらい酷いものだ。

 そらにも関わらず吸い込み続ける英介。

 さすがに彩も、


 「お父さん、やめて!レモンが嫌がってるじゃない!」


 がっしり掴んだ手を叩くと、ようやく指の力が抜け、英介も顔を上げる。

 普段のレモンなら、すかさず逃げるはずなのに、手の中でブルブル震えていた。

 その時、クロがレモンをガブリとくわえた。


 《ーーーー・・・!!!》


 もう声も出ないアオ。

 クロは彩の手にレモンを渡すと、スタスタと美智子の側に行く。

 彩がそっと抱きかかえ、英介から距離を取ってくれた。

 そして、違う意味でヘロヘロになったアオが彩の肩にとまる。


 《レモン、レモン、死なないでよ。大丈夫?ねぇ、返事して!》

 《アオ〜、オエッ、ゲロッ》


 彩の手のひらに吐き戻してしまった。


 「お父さん、あんまりよ。レモン、めちゃくちゃ体調が悪そうじゃない!もう、レモン、アオおいで。私の部屋に行こう。」


 ケージを彩が握ると、英介が一言。

 

 「いやぁ、インコの匂い、いいなぁ。ずっと思いっきり嗅いでみたかったんだ。レモン、また嗅がせてくれ。アオでもいいぞ。」


 それを聞いたアオは、彩の肩の上で吐き戻していた。

 インコたちは誓ったのだ、もう英介には関わるまいと。

 英介、恐るべき。

 震えるインコたちを尻目に、クロはのんびりと美智子に体を撫でてもらっている。

 

 今日も井上家の日常は賑やかだったねぇ。


 おしまい。


 

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