第10話


「『聖光アーク』




ミカエラの手から放たれた光が悪魔に向かって進んでいく。しかし、直前で明後日の方向に飛んでいってしまう。




「ああ!」




続けてもう1発。今度は手前に着弾して悪魔の前進を止める。




「あと少し!」




しかし、そんな奮闘するミカエラを嘲笑うかのように悪魔は縦横無尽に動き回る。




「ドウシタ?当ててミロ!」


「くっ!」




黄金の翼の能力に目覚めたからといってすぐに自在に扱えるわけではなかった。動き回る悪魔に対して当てられるほどの技量は今のミカエラにはなかった。




「ホォレ!」


「きゃあ!」




悪魔が無造作に振った腕の一撃で、ミカエラの身にまとった光が掻き消される。


すぐに光をまとおうとするが




「あれ?なんで・・・?」




翼の光がどんどん弱まっていき、ついには消えてしまった。同時にミカエラの体を凄まじい疲労感が襲う。




「ま、魔力が・・はぁっはぁっ」




その隙を悪魔は見逃さなかった。


好機とみるやいなや、地を履いながらミカエラに迫る。




「キシャアアアア!!」


「!!」




そのとき、何かがミカエラと悪魔の間に割って入った。あまりの出来事に両者の動きが一瞬止まる。


その一瞬が明暗を分けた。




ドスッ




鈍い音を立てて地面に落ちたのはおぞましい悪魔の腕。中程から千切飛ばされる形で地面に転がる。


ミカエラは一瞬何が起こったのかわからなかった。自分に襲いかかった悪魔の腕が切り飛ばされ、自分は今誰かに抱き抱えられている。力強く、でも優しく、自分を守ろうとする意志を感じる感触はミカエラに心地良さを与えた。




「ラスト・・・!」


「悪いミカ、遅くなった」




ラストが意識を取り戻し、間一髪ミカエラを救ったのだ。




「良かった・・」


「安心するのはまだ早い。ちょっと待っててな」




ラストはそう言ってミカエラを背に庇う。その背中には以前と異なる銀色の鋼の翼。そして圧倒的な魔力が吹き上がっていた。ラストが翼に魔力を漲らせ、悪魔に向かい凄まじい速度で迫った。



「ごの死にぞこないがあ!?」




その速度は悪魔にすら感知できず一瞬で懐に入り、胴体に渾身の一撃を叩き込む。




「があああ!」




悪魔が腕を振るう。しかし、もうそこにラストの姿はなかった。




「奴はどこに!?」




悪魔は完全にラストの姿を見失っていた。その無防備な後頭部にラストは足蹴りを叩き込む。その威力は悪魔の首が捻れ地面に叩きつけられる程だった。




「凄い・・・」




離れて見ているからこそ、ミカエラにはラストの動きが辛うじて見えた。




「ラストが・・飛んでる」




全くと言っていい程飛べなかった幼馴染。苦しみ藻掻く姿が目に焼き付いていた分今の姿にかなり困惑していた。


まずはその加速力。いかに飛行に優れた者でも飛び立つまで、つまり初速は遅い。何度か羽ばたき空中で体勢を維持しないとまともに飛ぶこともできない。しかしラストはただ1度の羽ばたきで恐ろしい程の速度に到達していた。普通そんな急加速をすれば身体がついていかない。だがラストはその強靭な肉体で加速に耐え、凄まじい運動性能を発揮していた。急加速により肉薄し、その勢いのまま拳や蹴りを叩き込むというシンプルな攻撃。しかし、その速度と威力は並の魔法を遥かに上回るものだった。




「ちょごまがと五月蝿い羽虫がぁ!」




悪魔が残った片腕や尻尾を振り回し、ラストを近づけさせまいとする。


だが当たらない。急加速急停止、バック、旋回、低空で高速で移動するラストには掠りもしなかった。




(・・・これがみんなの見てた景色か)




翼を羽ばたかせる度に自身の身体が宙を舞い、視界が二転三転する。足で踏ん張り、翼に力を込め方向転換する。急な加速に身体が振り回されないよう体幹に力を込め姿勢を保つ。慣れない動作に戸惑いを感じながらもラストは己に流れる血が、翼がようやく本来の働きができるようになった喜びで満ち溢れているのを感じた。心臓の鼓動が速まるその度にラストは己の意識が速くなるのを感じる。




(もっと速く!)




そこからはもう手がつけられなかった。振り回される腕や尻尾を掻い潜り、頭や胴体に一撃を加え離れる。それを目にも止まらぬ速さで繰り返す。


最早悪魔はラストの動きに全くと言っていいほどついていけなかった。




「クソがああ!」




気づいたらそこにいて次の瞬間凄まじい衝撃と痛みを残して消える。今まで殺してきた人間にこんな奴はいなかった。皆一様に腕を振るうだけで潰れる正に虫けらのような存在でしかなかった。時折魔法で反撃されるが彼らの魔法は悪魔には通じなかった。


悪魔にとって人間は貧弱な羽虫でしかなかった。細い手足、脆い身体、叩けば潰れる。しかし、目の前の人間は違う。誰もが恐れる悪魔である自分に立ち向かい、挙動も普通の人間とは異なる。叩いても叩いても立ち上がり、急に復活したかと思えば目にも止まらぬ速さで飛び回り、ただの拳や蹴りで致命的な打撃を与えてくる。悪魔にとって目の前のラストは不可解な存在以外の何者でもなかった。




「しぃっ!」


「があ!」




拳の先から足の先から伝わってくる打撃の感触にラストは確かな手応えを感じていた。一発一発に相手の身体が壊れるのが伝わってくる。




(あと少し、あと少しでこの悪魔を!)




仕留められる。そう感じた次の瞬間




「びぎゃああああああ!!」




悪魔が叫んだ。凄まじい音の衝撃にラストの身体が一瞬竦む。




「ぐわっ!?」


「かはははは!バカめ!」




悪魔がその隙をついて尻尾を伸ばす。先程ラストの身体を貫いた凶悪な一撃をミカエラに向けて放つ。




「え!?」


「ぜめでぇ!お前だけでもぉ!」




凶刃がミカエラに迫る。しかし、




「させねぇよ」



最後の知恵を振り絞った作戦を破られ悪魔が動揺する。そしてその愚かな行動はラストの怒りにさらに油を注ぐだけだった。




「てめぇ!」


「ぐ・・」




最早悪魔の取る行動はひとつだけだった。ラストに背を向け自身の翼を羽ばたかせる。そう、逃走だ。




「クソ羽虫ガあ!次はお前らを皆殺しにジデやる!」




片腕を無くし、全身殴られ蹴られ所々が歪み黒い血を流しながらも悪魔は凄まじい速度で飛び立っていく。




「ラスト!」


「大丈夫。すぐに終わらせる!」




ラストは翼に魔力を込める。込め続け、一気に解き放つ。




「!!」




魔力の爆発的な放出により、ロケットのような勢いで飛び出したラストは一瞬で悪魔に迫る。




「これで終わりだ!」




再び翼に魔力を込め、爆発させ加速する。その加速度は今までの比ではなかった。一瞬で悪魔に追いつき、鋭い鋼の翼で悪魔の身体を引き裂いた。先程悪魔の腕を千切飛ばしたのもこの翼の一撃によるものだった。




「ギィアアアアア!!!」




文字通り断末魔の叫び声をあげ悪魔は落下していく。




「・・・・ふう」


「ラストー!」




ミカエラがなけなしの魔力を振り絞って力無く飛んでくる。




「ミカ、大丈夫か?」


「私は平気。それよりラストの方が心配だよ」




ぎゅうっと空中でしがみついてくる。幼馴染の急な変化に戸惑いばかりだったがそこでようやくミカエラは安堵しかかのように息をつく。




「お前のおかげだよ」


「ふぇ?」


「お前の力で俺の翼は目覚めたんだ。黄金の翼ってのはなんでもできるんだな」




くしゃくしゃとミカエラの金髪を撫でる。柔らかな指通りの金髪・・・のはずがやけにベタついている。




「ミカ、お前の髪なんかベトついてないかあとなんか生臭いギャア!・・」


「・・・うるさい」




余計なことを言うラストの顔面に1発叩き込み、その胸元に顔を埋める。




(そういえば確かミカ、悪魔に喰われかけてたんだよな)




その様子を思い出し、余計な事を言ってしまったと内心反省しながら自分の胸元に顔を埋めるミカエラを抱き締める。




「本当に無事で良かった」


「・・・・ありがとう、ラスト」




お互いの無事を改めて確認するよう抱き合い、ゆっくりと地上に降りる2人だった。




一方地上では






「あ・・げ・・・ぎぎぎ!」




胴体を大きく切り裂かれた悪魔が身悶えていた。


悪魔たる自分が人間にいいようにやられておめおめ逃げ帰ることになるとは思ってもいなかった。その怒りが身を震わせる。




「あああ!!イマイマじい!こんなことがあっでだまるか!こんな・・・ごんな・・」


「お前が報告にあった悪魔だな」


「!!」




そこにいたのは大勢の武装した人間だった。


その中から2人が悪魔の前に出てくる。


鮮やかな赤色と黄色の翼を持った2人の男。




「緑のジジイが焦って連絡よこすもんだからどんな奴かと思えば『下級悪魔』じゃねえか。しかも死にかけ」


「とはいえ、俺達が留守の間に仕掛けてくるなど、随分頭が回るようだな流石悪魔!」




赤い翼の男が快活に笑う。しかし、その目は明らかな殺意を悪魔に対し向けていた。




「よし!ここで始末しよう!」




そういって男は両手に火球を顕現させる。拳大の火球だがそこから発せられる熱量は周りの兵士がたじろぐ程だった。




「あほか!大事な敵の証拠と実験サンプルを灰にする気か!俺がジジイと姉さんに殺されるわ!ここは俺がやる!」




黄色い翼の男が赤い翼の男を抑え前にでる。




「このクソ羽虫共が!どいつもこいつも俺をみぐだじてんじゃねえええ!!」




そのとき悪魔が身を起こし、男に襲いかかろうとする。




「き、『黄翼様』!」




周りの兵士がどよめく。しかし『黄翼』と呼ばれた男は少しも慌てず襲いかかる悪魔に対し指を向け




「寝てろ」




その瞬間バチィっと何かが弾けるような音と共に悪魔の全身がビクッと痙攣し、動かなくなる。




「はい、終わり。お前ら、すぐに拘束しろ!」


「「はっ」」



すぐに周りの兵士達が悪魔に鎖を巻き付け拘束にかかる。




「相変わらず見事な魔法だな」


「いや、誰かは知らねぇがここまで弱らせてくれたおかげだ。下級とはいえ悪魔をここまで弱らせる奴なんて聞いた事もねぇけど・・・お?」




そこで『黄翼』は空から降りてくるラストとミカエラに気づく。世にも珍しい『聖女』しか持たないと言われる黄金の翼を持った少女と、こちらは見たことも聞いた事すらない鋼色の翼を持った少年。お互いに顔を見合わせ戸惑ったような表情を浮かべる。




「お前ら一体・・」


「あんた達は・・」




「俺は『赤翼』!こっちは『黄翼』!イズモの調査に行っていたのだが!緑翼殿の報告を受け舞い戻ってきたのだ!見たところ通りすがりというわけではあるまい!少年達はこの悪魔と何か関係がありそうだな!是非話を聞かせてもらいたい!いいかな!?」




「「・・・・はい」」




あまりの声量と迫力に腰が引けつつ、無事に2人は保護されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

LASTWING~僕達は天使だった~ @zxkn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ