第2話
翌日、いつもより少し早めに家を出た。まだ周囲は真っ暗なので懐中電灯を持って出た。あとはと野球のバット。トカゲの宇宙人が襲ってきたときの護身用だ。
山のふもとに着くと昨日と同じ角度で流れ星が走った。
――急がないと最後の部品が到着してしまう。
急ぎ足で山を登る。遠くの空が明るくなりつつあるが足元はまだ暗い。途中まで懐中電灯で足元を照らしたが、彼らに見つかるわけには行かないので途中で消した。
頂上に到着すると、前日と同じように二人の男がゲート前で話していた。
「さあ、最後の仕事だ」
「ああ、エネルギーコアだな」
二人は森の奧に消えて行った。ヒロトには気付がついていない。
――地球最後の日か。
頭は冴えて冷静だった。数か月、引きこもっていたヒロトは通常の感覚を失っていた。街が破壊される様子を想像すると心がざわついた。
男たちは数分後に戻ってきた。一人の男が金属製の箱を両手に抱えていた。
「気を付けろ。それは高価なモノだ」
「オレら給料を一万年分、払っても買えねえぞ」
「その上、壊れやすい」
「貴重な宝石にエネルギーを封入しているんだろ。でも、壊れやすいものをゲートに取り付けて大丈夫か?」
「はめてしまえば、エネルギーコアはゲートに吸収される。そうすりゃ破壊はできない」
二人は金属の箱を開けて、ゆっくりとエネルギーコアを取り出した。真っ赤な球状の宝石。両手で持てるサイズだ。
「ハシゴをゲートに掛けてくれ。オレが取り付ける」
一人の男がゲートにハシゴを掛けてしっかり支えた。そして、もう一人の男が片手で赤い宝石を持ち、もう片手でハシゴを持ってゆっくりと登り始めた。
「これで、この星も終わりだな」
ハシゴを登りながら、薄ら笑いを浮かべて男がつぶやいた。
――宝石が取り付けられ、ゲートが開くと全てが終わる……。
終わる、終わる、終わる……ヒロトの頭の中にその言葉がこだました。
「うわあーーーーーー」
気が付くとヒロトは大声を上げて茂みから飛び出していた。まっすぐにゲートに突進してハシゴを支える男に体当たりをした。不意を突かれた男はバランスを崩す。同時にハシゴはゲートから外れた。宝石を持つ男はハシゴから落下した。
宝石は転がって……偶然、ヒロトの足元にたどり着いた。
「こ、小僧、貴様ああーーっ!!」
二人は立ちあがった。長い舌、細い目だけでなく、顔にトカゲのウロコが表れていた。怒りで人間の形が保てなくなっているようだった。
「うわあーーーーーー」
ヒロトは再び叫び声を上げると、バットを振り上げ宝石に思いっきり叩きつけた。少しヒビが入ったように見えた。ヒロトは間髪入れず、バットを振り下ろした。
「やめろ!!」
トカゲの宇宙人の一人が凄まじいスピードで走り寄ってきた。まずいと思ったヒロトは茂みへ走ったが、すぐに後ろから首元をつかまれた。凄まじい力だ。
「小僧、生きて帰れると思うな」
振り返ることすらできない。もう終わりだと思った。
「おい、小僧は放っておけ! コアが壊れる! こっちの対処が先決だ」
もう一人の男の声がすると、ヒロトは強い力で茂みに投げ飛ばされた。体は宙を舞い、低い茂みに落下した。茂みから体を起こすと、エネルギーコアの亀裂から光が放たれているのが見えた。
「凝固剤! 凝固剤を持って来い!」
「ここには、ねえよ!」
「取って来い!」
「間に合わん!」
二人は取り乱している。光はどんどんと強くなり、周囲は昼間のように明るく照らす。
大気がドンと揺れた。その直後に体が引っ張られた。エネルギーコアの方だ!
「くそ、吸い込まれる!!」
トカゲの宇宙人は、エネルギーコアに引き込まれようとしている腕を剝がそうとした。木々が大きく揺れる。エネルギーコアは稲光を上げて凄まじい力で周囲の物を吸い込み始める。
ヒロトは近くの木の幹を両腕で掴んだ。足が宙に浮いて引っ張られる。
今度こそ終わりだ――そう思ったとき、ヒロトの体は地面に落ちた。
周囲は嘘のように静かになっていた。吸い込まれたのは十数秒だったが、もっと長く感じられた。
立ち上がったヒロトが目にしたのは大きな穴だった。直径は3メートルほどの穴が出来ていた。ゲートは跡形も無く消え、宇宙人も見当たらなかった。エネルギーコアに吸い込まれたようだ。
「地球人をなめるな! トカゲ野郎!」
ヒロトは穴に向かって叫んだ。
――あれ? ここに来た趣旨、間違ってないか?
冷静になったヒロトは、山に来る前のことを思い出していた。宇宙人の侵略を物陰で見届けるはずだった。
『この星も終わりだな』
その言葉を聞いた瞬間のことを思い出す。あの時、両親の顔が浮かんだ。高校の友達、中学校、小学校の友達の顔も……。そのあとは、よく覚えていない。気がつけばバットを振り下ろしていた。
頂上から街を見下ろすと、すっかり上がった太陽が街を照らしていた。時計を見ると朝五時半。当初の目的とは違った結果だが、清々しい気分だった。
ヒロトは何かを思い立った様子で、ポケットからスマホを取り出した。メッセージアプリを開く。『早く学校に来い! 待っているぞ』二カ月前に来たソラからのメッセージ。
『今日、学校に行く』
スマホを操作して返信メッセージを打ち込んだ。
送信ボタンを押そうとするが躊躇して指が止まる。
――オレは世界を救ったんだぞ。学校くらい……。
思い切って、送信ボタンを押した。そして、スマホをポケットに入れた。
帰ろうかと思ったとき、ポケットの中でスマホが震えた。
『来るって、終業式からかよ!!』
ソラからの返事だ。こんな早朝に見てくれたのか!
『このまま夏休みに入ると足が遠のく オレは行くぞ』
素早く打ち込み返信した。
『了解 首を洗って待っててやる!』
首を洗って……っていうのはこっちのセリフだろ。ヒロトは笑みを浮かべてスマホをしまった。
山を下りる前に大穴を覗き込んだ。やはり、何の変哲もないただの穴。
――オレが地球を救ったって言っても、誰も信じないな。
トカゲの宇宙人は地球まで一万年かかると言っていた。次の連中を送り込んでも到着は一万年後。それまでは平和だ。一万年後に何が起こるか分からないが、未来のことは未来の人に任せよう。
ヒロトは山道を下り始めた。それでも、この話を誰にも信じてもらえないのはやっぱり惜しい気がした。何か手はないか? 思いを巡らせた。
そうだ、こうしよう。将来、結婚して子供ができたらここに散歩に来るのだ。大穴を見せてここで起きたことを語ろう。子供の心は無垢なのできっと信じてくれるはず。
『パパが世界を救ったの? カッコいい!』
そう言ってくれるだろう。
オレがヒーローだってことは、その時までの秘密だ。
(了)
ヒーローは、引きこもり 松本タケル @matu3980454
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