第10話 メイドインカオス


 木々の隙間から木漏れ日が差し込み、幻想的な世界を造るのは神霊山の麓の森、通称【隠しの森】遥か昔の人々がこの森の危険性を訴えるために付けられた名だが、今となっては冒険者達の良き狩場となっている。そんな日常の風景を変える事変が起こっていた。



 燃え盛る巨大な肉球。そこから発生した熱波は辺りの草木を容易に消し炭にした。その中心に捉えられたハティルは抵抗することもなく焼き尽くされた。



 「ユキナッ!!」



 私は、その力の根源である子猫の元に駆け寄る。ユキナの放った魔法の威力は凄まじく、ハティルの消滅と共に炎の本体は消え去ったが、轟炎から漏れでた火の粉が周辺の木々に飛び火して、円状に火事を起こしていた。


 呼び掛けると、火の円から黄茶トラ柄の子猫が勢いよく飛び出してきた。



 【カレン!!無事だったのね!怪我はない?】



 「私はこの通り!」



 私はニカッと笑い、両腕で力こぶを作るようなポーズをする。



 その仕草にユキナは胸を撫で下ろす。あくまで姿は猫なので、そんな雰囲気を感じたと言った方が正しいだろう。



 「ユキナこそ、さっきの炎の肉球、とんでもない威力だったけども、おかしな所はない?」



 「無我夢中だったから…うん、私は平気よ」



 ユキナも器用に後ろ足を使い立ち上がり、私と同じ様にポーズを決める。



 そんな私達の様子を今まで後ろで見ていたマーシャが疑問を口にする。

 


 「あの、カレンさん、その子の言葉が分かるんですか?」



 マーシャの疑問に少し考えたが、嘘を付く理由もないので素直に肯定する。



 「あ、えーっと、うん、分かるよ!ユキナは大切な家族だからね」



 「家族…ですか」



 家族、という言葉に反応したのか、マーシャの表情が少し柔らかくなった。

 


 「………あの、もしかしてなんですけど、その子は神獣様ではないですか?」



 「え?いや、猫だよ?普通…ではないけど」



 「ねこ?…それなりに知識は持ってるつもりですが、聞いたことありませんね…しかし、S+のネームドモンスターを易々と消し炭に出来るとしたら……神の寵愛を受けた神獣様でもない限り、有り得ません」



 「ちょっと待って、ここでは常識かもしれないけど、神獣様って?えっと、田舎の村から出てきたからさ!!」



 慌てて取り繕ったが、マーシャは少し驚いた様子を見せたが、すぐに切り替えて話し始める。



 「神獣様とは、神の寵愛を受けて精霊化した獣の総称です。この世界でも十数体しか確認されていません。隔絶した強さを持つため、人々の信仰の対象にもなっています。あと、一部の神獣様は人の姿を取る事もあるとか」



 「な、なるほど…え?さっきの狼の怪物、ネームドモンスターって言ってた?…もしかしてユキナ、使える?」



 アレとは。そう、人化の術である。昨日、竜王ボロス・ムー・ヴァレンシアを撃破したショウが手に入れた時に言っていた条件。それがネームドモンスターの討伐だった。であればユキナも先程の戦闘で、条件を満たしているのである。



 それはユキナの表情から、容易く見て取れた。ステータスを開き、スキルを確認した途端にキラキラした瞳で私を見る。



 期待を隠せないユキナは、すぐさまその術を発動した。私も胸に込み上げるわくわくを堪えられず、鼻息荒く、その様子を見守った。



 【いくよ、人化の術!】



 ユキナの詠唱と共に、ユキナの周囲を煙のようなもやが包み込む。その中でシルエットだけが、小さな猫の姿からシュルシュルと大きく変化した。



 徐々に霧が晴れ、その姿があらわになるに連れ、私とマーシャの静かに息を呑む音が鳴った。



 そして現れた少女は、少し遠慮がちに問うた。



 「…ど、どうかな?カレン」



 「っう…ん…」



 「ん?」



 「んギャわいぃいいいいい!!!」



 「!?」



 人型になったユキナは、少しあどけなさの残る少女然とした見た目でありながら、どこか色っぽい大人の艶やかさを纏っていた。耳の左右に垂れる髪の毛は、所謂いわゆるツインテール。スタイルはシャルのようなモデル体型ではないが、やや控えめな胸がその存在をツンと主張している。


 今にも涙がこぼれそうな程にうるっとした瞳に、私は吸い込まれそうな感覚に陥る。


 人化の術の影響だろうか、ショウの時には気付かなかった被服の件にも、さすがの私も黙っていられなかった。いやいや、さすがに。


 ショウの時は、オーバーサイズのシャツをショートパンツにインしたラフなスタイルだった。だが今のユキナはどこから見ても…



 「メイド服じゃんッ!!」



 それも正統派の綺麗目なモノではなく、沢山のレースとフリルのついた秋◯原で夢を見せてくれるような可愛らしいデザインのものだ。



 「メイド服?………え?ちょっ、なにコレ!?」



 ユキナは自分の身に纏うフリフリとした服に恥ずかしさを堪えきれず、林檎のように赤く染まった顔を両手で覆いしゃがみこんだ。



 「ユキナのメイドさん、めちゃくちゃ可愛い!!隠さないでお姉ちゃんにもっと見せて!」



 「カレンなんか目が恐いぃ」



 「凄いです、本当に神獣様だったなんて…」



 マーシャはユキナに祈りを捧げるように手を合わせる。自分で言うのはなんだけど、カオス状態だった。



 



 


 【なにをやっとるのじゃ?お主達】



 「あ!ムーちゃん!」



 メイド姿のユキナが踞り、そのユキナに私が抱き着き、マーシャが祈りを捧げる。そんな状況を上空から降り立った竜王が呆れたように眺めていた。



 その竜王の背から、の人影が降り立つ。途轍もなく大きな剣を背負った筋骨隆々な大男、健康的な肢体と豊満な胸を携えた美少女、そして―――。



 「ほぇ?」



 「お待たせしましたなの、カレン」



 気だるげに少しタレ目がちで半分程に開いたオッドアイの瞳、幼さを全面的に出した小さなフォルム、透明度の高い白い肌、そしてそれらを包み込むフワフワとした白髪。


 まるで天使のように可愛らしい少女が、ちょこちょこと前に出た。



 「も、もしかしてシャル…なの?」



 「カレン、シャルの《くちぐせ》がうつってるの」



 「天使だ…うちの子達が…」



 これ以上は危険だ!あっ、駄目だ。我慢できない!



 「愛でさせろーーー!!!」



 「目を覚ませー!!」



 ユキナさんのツッコミはサイコーの気付け薬です。


 

 ×××××




 「今回の件、本当にありがとう、君達に援護してもらわなければ、娘共々この世には居なかっただろう。私達に出来る事なら何でもする。言ってくれ」



 一段落ついた所で、ガルドが謝辞と共に深く頭を下げる。それに続いて、マーシャも頭を下げた。



 「あっ、頭を上げてください!私達は無事ですし、緊急事態でしたから!」



 あたふたするカレンの肩に、幼女ムーが手をポンと置いた。



 「あ奴等の言う通りじゃ、感謝の言葉は素直に受け取るべきじゃぞ?」



 カレンは今一度、ガルドとマーシャを見る。良く見なくても分かる真剣な表情だ。



 「ん……、ムーちゃんの言う通りだね、そんじゃまぁ、どういたしまして?」



 「ハハハッ!とても変わったお嬢さんだ!報酬に望みはあるか?なんでも、とは言わないが出来るだけ期待には答えよう」



 「それだったら…私達、帝国に行きたいんだけど、口利きをしてもらえるかな?ほら、私達ちょっと変わってるから、帝国の人に受け入れてもらえるか心配で!」



 「その様なことであれば、造作もありません。これでも帝国では名の知れた身、説得力はありませんが」



 がッはッは、と豪快な笑いを飛ばすガルド。その横からひょこっと顔を出したマーシャ。



 「でも、その格好では確かに怪しいですね」



 「な、なんか変かな?」



 「帝国に、耳と尻尾の付いた人間はおりませんから」



 「そうなの!?ドラゴンがいるファンタジー世界なのに!?」



 「ファンタジー?」



 「あ、いや!なんでもないです…」



 しまったと口を閉じたカレン。そのカレンに近寄り、制服の裾をちょこんと引っ張ったのはシャルだった。



 「耳と尻尾があると、悪いこなの?」



 「悪いわけがない!!無いんだけど…」



 「それなら消せばいいの」



 「シャル!?は、早まらないで!」



 「げんわくまほー!その1」



 ポポポん。



 え?一瞬の事で、私は何度も瞬きをする。だが既にシャルの頭とお尻からは猫を猫たらしめている耳と尻尾が無くなっていた。


 それどころか、ユキナ、ショウくんも完全に一般人と変わらない、只の美少女になっていた。



 「これで帝国にはいれる、なの?」



 もう驚きはないよ。なんでもありなんだよ…うちの子達は。




 取り敢えず、もう一回抱き着いとこ。



 

  



 



 



 


 



 



 

 

 


 

 



 

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私の愛する飼い猫達が異世界を無双してます。 呑ン兵 @nyantagista

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