第9話 私達に出来ること


 カレンが龍王の背から飛び降りた、そのすぐ後。ベンガル猫のユキナは戸惑っていた。さっきまで一緒になって震えていたのに、なんでそんなに簡単に…。



 どうして、いつもこうなんだろう。私のご主人様は、いつも誰かが助けを求めている時、ひとつの迷いもない。全身全霊で、飛び込むのだ。



 それはきっと、勇敢であり称賛に値する素晴らしい行為なのだろう。世間一般から見たら美徳なのだろう。だけど私からしたら、後先を考えない大馬鹿者だ。





 その選択を繰り返した結果、…カレンは一度死んでしまった。





 カレンが家に帰って来なかった日。


 

 シャルとショウと一緒に、いつもの時間に玄関へ迎えに行った。今日はどんなことをして遊ぼうか?なんて、皆で他愛のない会話をするだけで心が踊った。



 今日はお祝いらしい。なんの事か分からなかったけど、カレンがいつもに増して明るい笑顔で行ってきますと出ていった。ニシシと何か企むようなイタズラな笑顔で。だから私も、皆も楽しみにしてたんだ。




 でも、その日は何時まで経っても帰ってこなかった。



 怖かった。脳裏をよぎったのは、昔の記憶。



 

 私とカレンの出会いは、私が生まれて間もない頃。その当時の事はうろ覚えだけれど、私は生まれてすぐに親元から離され、棄てられてしまった。



 覚えているのは、お腹がずっと空いていたこと。寒かったこと、寂しかったこと。



 ぬくもりを求めて、心ばかしに入れられた毛布の入った茶色い紙の容器を脱け出してひたすらに歩いていた。



 そのうちに雨が降ってきて、身体はどんどん冷えていって、でも歩き続けた。



 道行く人間達。誰も薄汚れた私を見ようとしなかった。でも、そんなのどうでもよかった。



 私の頭の中は、一つの思いでいっぱいだった。



 お母さん、会いたい。私を、助けて。



 数度、母親のおっぱいを飲んだ。私は一緒に生まれた兄弟達とそれを取り合って、喧嘩も沢山した。



 だけど、お母さんだけは優しくて、暖かくて、一緒に居られるだけで、幸せだった。



 そんな淡い幸せの記憶にすがり、求め、歩き続けた。




 だけど、そんなことが長く続く筈もなく。ふらついた足で、道を踏み外して―――




 川に落ちてしまった。




 吹き付ける雨に、水圧が上がり、流れが速くて。私はどんどん流され―――



 いたいよ


 

 くるしいよ



 たす…け…て…















 



 「大丈夫、絶対助ける!!」





 その一言で震えが、止まった。



 だれ?にんげん?わたしをすてた?


 

 そう思った瞬間、憎しみが浮かんだ。



 私は力を振り絞って、抵抗した。



 だけど、その人は笑っていて、力強く私を抱きしめてくれて。


 

 ずっと求めていた、ぬくもりに溢れていた。





 それからずっと、愛情をくれた。愛される、喜びを教えてくれた。



 

 いやだ!!もう…もう、絶対に失いたくない!!




 私は神様に願った。カレンを、私のカレンを還して―――






 奇跡は、起きた。



 愛するご主人様を、取り戻した。



 歓喜した。同時に恐怖した。カレンの話を聞いて、悲しくなった。



 だから、約束した。


 二度と、いなくならないでと。



 でも、彼女の生き方は変わらない。それが主人である、篠森カレンの生き方、人間性なのだろう。




 嫌だ、置いていかないで。約束、したでしょ?















 【【ユキナ!!!】】




 龍王ボロスの背の上で、二匹の猫達の声が重なる。




 【【カレンを、頼んだ!!頼むなの】】




 大切な、家族の言葉で我に返る。



 そうだ、カレンは笑っていた。



 手を伸ばしてくれた。



 一緒に行こうと、言ってくれた。



 置いていかれて、泣きべそをかいていたのは私。カレンはずっと、ずっと手を差しのべてくれていた。



 違う、大馬鹿者なのは、この私だ!!置いていかれるのが嫌なら、追いかけて、隣に並んで、一緒に歩めば良かったんだ。



 カレンが、誰かを助けるため、守るために闘うなら、私が、カレンを守る最強の盾になればいい。




 【二人とも、ありがとう…】



 【ははっ、ユキナが素直だと、調子狂うよ】



 【バカ!そんなんじゃないわよ!!】



 【ユキナ、いつもの感じに戻ったの、よかったなの】



 【うっ…シャル、それ以上はやめて…】



 【よく分からんのじゃが、カレンなら大丈夫じゃろう、こっちは妾に任せて、安心して行ってくるのじゃ】



 【…頼りにしてるわ、ムー、二人をお願い】



 私は大きく深呼吸をして、ムーの背から飛び降りた。


 待ってて、カレン。あなたを一人にはしない。



 


 ×××××





 ユキナがカレンの元に発ってから、もうひとつの戦場の上空でシャルは考えていた。



 彼女も、過去にカレンに助けられて、共に歩んできた。その胸に抱える想いは、ユキナと一緒だ。



 シャルも、カレンの為にいっぱい頑張るの!



 ふんす!と鼻息を漏らし、決意する。



 【ショウくん、ムーちゃん、あそこの敵はシャルにまかせてほしいなの!】

 


 【シャル一人でやるのか?危険じゃないか?】



 【ショウくんにだけは言われたくないの、一人でムーちゃんに挑んでたの】



 【いや、あれは不可抗力というか、なぁ?ムー】



 【うむ、急に手を出した妾に責任があるのじゃ…いや、しかし普通は妾の姿を見たら逃げると思うのじゃが…】



 【いやー、なんか行けるかなって】



 【行けるかな、で済まさないで欲しいのじゃ…実際行けたのじゃが…出来れば思い出させないで欲しいのじゃ】



 【シャルもいっぱい考えた、イケるの!!】



 【そっかー、イケちゃうかー。いやー、でもなー】



 ショウくんが疑うような眼で見てくるの。とっても失礼なの。シャルにはひみつへいきがあるから平気なの!



 【あの大男、中々善戦しておるようじゃ、しかし…このままではジリ貧じゃな。あやつ…アリアとか言ったかのう、かなりの物理耐性を持っとるようじゃ、殆どダメージを負っておらん】



 【いそがないと大変なの!ノーキンのショウくんじゃやっぱり相性がわるいの!シャルの必殺技でぼこぼこにするの!】



 【必殺技あんの!?どこで覚えたん?】



 【シャルはたたかえるの!だからムーちゃん、よろしくおねがいしますなの!】



 【意思は固いようじゃな、よし!妾も援護するから、安心してぶちのめしてみるのじゃ!】



 ムーは大きく息を吸って、咆哮する。満身創痍の大男と、暴食のアリアが同時に振り向く。



 【シャルのかいしんげきがはじまるの!!】



 ムーがアリアに接近するために、急降下をかける。そして、人化の術で美少女の、姿になったショウがシャルの身体を高く掲げる。




 【ひっさつ!!シャルタイフーン!!!】




 アリアが龍王の接近に飛び退いた所に、シャルの超位魔法、高密度の水と周囲を切り裂く暴風を纏ったハリケーンが、怪物を捉えた。



 その豪風により、まるでウォーターカッターの様に巻き上げられた水が、アリアの巨体を切り刻んでいく。



 「ギャギャギぃィイイイ!!?」



 鋼鉄の針のような体毛は切り裂かれ、刃物のようなその体毛が暴風に巻き込まれ、アリア自身に襲い掛かる。獲物を捉えたまま周囲まで巻き込み急成長する竜巻。



 その光景を見届けつつ旋回して、ムーは大地に身を下ろした。



 【うわぁ、エグいな…シャルタイフーン…】



 【う、うむ。想像以上の破壊力じゃな。あやつには憐れみすら感じるのじゃ…】



 次第に膨れ上がった竜巻は上昇していき、上空で弾け飛んだ。後に残ったのは、灰のような残滓ざんしだけだった。





 男はその一部始終を、ただ呆然と見ていた。



 これは終末か?


 

 怪物達の圧倒的すぎる力を目の前にして、先程までの激しい戦闘の余韻もなく、膝から崩れ落ちた。



  ショウが男に歩み寄り手を差し伸べる。



 【大丈夫か?…いっぱい怪我をしてるな…】



 その圧倒的な美しさ、現実離れした光景に、男は一つの結論を出す。



 「女神だ…」



 【へ?】



 ショウが、すっとんきょうな声を出す。



 「おぉ、女神よ…私はガルドと申します。我が命お救い頂き、ありがとうございます!」



 片膝を付き、深々と頭を下げるガルド。



 【ちょっと待って…僕は只の猫だよ…】



 「ねこ?…とは、申し訳ありません、知識不足に恥ずべきばかりで…。女神様、この命、お救いいただいた上に無礼を承知でお願い申します!!娘を…娘のマーシャを…どうか、お救いください!!」



 【にゃー!!!だから違うって!!ってかそのなら大丈夫だよ!僕のご主人様が助けに行ったから!】



 手をブンブン振って否定するショウ。



 「なんと!!誠に、誠に、感謝致します!!」



 【ショウくん、女神様に進化したなの】



 【妾達、完全に蚊帳の外じゃのう…女神ショウよ】



 猫のシャルと、人化の術で幼女の姿になったムーが、他人事の様に呟いた。




  【もーー!ふたりとも!!笑ってないで助けてよー!!】



 


 ショウのステータスに、救済の女神、という称号が追加されたのを、この時の彼女は知る由もなかった。




 







 



 



 



 


 


 



 

 

 




 

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